第732話 ど男騎士さんと呉越同舟

【前回のあらすじ】


「我らで同盟を結びたい。いや、小野コマシスターズを除く全ての船団と一時的に共闘する。このレース最大の障害となりうる彼女たちをまず一致団結して叩くのだ」


 男騎士、謎の大陸商人X、そして勝映倫太郎。


 東の島国の首脳陣の一角ムッツリーニ。その野望を打ち砕くため、まずはGTRに参加しているその手先――小野コマシスターズことからくり艦隊これくしょんを倒すことを決めた男騎士たち。

 彼らは今、チームの垣根を越えて一つの目的の元に決起した。


 そんな彼らの最初のミッションは――ロングレンジの攻撃範囲を持つ七人の最初の原器『ホウショウ』を基にしたからくり娘の打倒であった。


 彼女らの操る魔導飛翔体が出払った隙を狙い、からくり侍と青年騎士がその身を強襲。攻撃手段を持たない『赤城』と『加賀』を、彼らは一刀の元に斬り捨てたのだった。


 いよいよ反撃ののろしを上げる男騎士たち。

 はたして彼らは小野コマシスターズことからくり艦隊これくしょんに勝利することができるのだろうか――。


◇ ◇ ◇ ◇


 一騎当千とはまさにこのこと。

 モッリ水軍の船上に展開したからくり娘たちを、たった一人で殲滅してみせた男騎士。まさしく鬼と見まごうばかりの無双を見せつけた彼は、ガラクタと化した娘たちの上に立ち、ふぅと気だるげに息を吐き出した。


 既にからくり艦隊これくしょんの面々は、モッリ水軍から撤退している。


 彼女たちの襲撃を免れたモッリ水軍の兵たちは、男騎士の嘆息を目の当たりにして、ようやく戦いが終わったことを察した。ある者は、緊張の糸が切れたのか、その場に膝を折ってへたりこんだ。またあるものは、立ったままむせび泣いた。


 北海のあらくれども――北海傭兵団の危機を救った時にも見た光景だ。

 それほどにからくり艦隊これくしょんの猛威は凄まじかった。


 もし、今少し、『ホウショウ』から造られたからくり娘たちがモッリ水軍に仕掛けるのが遅くなっていたならば、全滅もかくやという状況であった。

 だからこそ――。


「すまない、助けるのが遅くなってしまい」


 男騎士の口から出たのはまず謝罪の言葉であった。


 彼の前に立つのはモッリ水軍を率いる頭領たち。

 あわや自爆に巻き込まれ、爆発四散するかと思われた一の頭領である長男は気絶している。代わりに、その補佐として脇を固めている次男と三男がその言葉を受けることとなった。

 まずは揃って渋面を造る。


 なぜ謝られたのか、どうしてこのような仕儀になったのか。

 わざわざ男騎士の口から語られずとも分かる。


 しかし、その渋面の先にある感情はまた違うものだった。


「謝らないでくれ。我ら、囮にされたこと恨んではおらぬ」


「頭領の兄者の命、また、多くの仲間の命を救って貰っておいて、いまさらなんの文句があるというのか。すべて、俺たちの力不足によるもの」


 頭を下げられる言われはない。

 彼らもまた高潔な兵であった。


 ならば、自分の力不足により陥った窮地と、それを利用されたことは自分たちの落ち度である。それについて謝られることはお門違いというものであった。


 しかし。

 それで納得するならば、男騎士はこのような場所まで旅をしていない。


 すまないと頭を下げる彼に、海賊集の副頭領二人は目を剥いた。

 血気盛んな次男が握りこぶしを手に振りかぶろうとしたその時。


「やめないか」


 その腕を背後から止める者があった。

 先ほどまで気を失っていた、モッリ水軍頭領の長男である。

 彼は、まだどこか本調子ではない感じにかぶりを振って、それから弟たちの間を割って男騎士の前へと歩み出た。


 再び頭を下げる男騎士。

 それに合わせたように――。


「いや、こちらこそすまない。命を救って貰っておきながらこの言いよう。どのように出られても、救われた我々は何も言えないというのに食い下がってしまって。こいつらはどうにも喧嘩っ早くっていけない。水軍の血が濃すぎる」


「……いや、しかし」


「お心遣い痛み入り申す。しかし、大切なのはこれからのことでしょう、パイ〇ーツ・マルミエヤン・ドットコムの頭領どの」


 流石に荒くれたちをまとめ上げる頭領の長男。

 彼は、気を取り戻して間もないというのに状況を正しく把握していた。


 なぜ男騎士たちが自分たちを助けたのか。

 囮にした事実の先と、謝罪の意味からすべてを察したのだ。


 戦闘狂の気が強い、次男三男との決定的な気質の差と言っていい。

 あらくれの海賊集をまとめるのに必要なのは、どうやら、東西南北どこの海においてもしっかりとした知性らしい。

 そんなことを男騎士に思わせた。


 さて。

 察しが良いのならばこちらも話が早い。

 男騎士は謝罪に区切りをつけると、本題をモッリ水軍に切り出した。


「モッリ水軍の頭領ヒデタカ殿。お願いがあります。我ら、まずは一旦レースのことは忘れて、一致団結して小野コマシスターズの打倒を目指しませんか」


「……まぁ、そのような話だろうとは思ったよ」


「彼女たちは小野コマシスターズと名乗っているが、実際は明恥政府の走狗に他ならない。この多くの商船が参加するGTRを利用して、名のある紅海の商人たちに打撃を与えるのが目的だ。そのような非道なやり口を俺は黙って見過ごせない」


 今こそ団結をと男騎士が呼びかける。

 ここで、策士ならば一つ回答を保留するものだろう。


 このレースはあくまで駆虎呑狼のデスゲームである。

 殺し殺され合うのがルールとして認められている以上、小競り合いもまた避けては通れないレースの要素。そのために協力するにしても、自分たちにとって有利な条件となるよう考えるものだろう。


 しかし――。


「分かり申した。このモッリ水軍頭領の名において、その話を受けましょう」


「本当ですか」


「どのみち、あなた方に救われなければ危うかった命ですから。小野コマシスターズを打倒するまで呉越同舟。まずは、力を合わせてこの危難を乗り切りましょう」


 思いがけず、即答にてモッリ水軍頭領こと長男坊はそれを受けた。

 戦上手の弟たちと違って策士と思っていただけに、頭の痛いやり取りをすることになるのではないかと思っていた男騎士が目を瞬かせる。


 そんな彼に。


 どこか、生き方が不器用な彼と同じ臭いを感じさせる笑顔を向けて、長男坊は口を開いた。


「何か勘違いをされておられるようですが、俺は謀略だの駆け引きだのは苦手でしてね。人の好さだけで生きているような人間なんですよ」


「……はぁ」


「なので分かるんですよ。自分と同じような人間が。貴方は信頼できる人間だ。俺と同じで不器用な人だ」


 そう言って、長男坊が手を差し出す。

 命を救われたからか、それとも本当にそれが分かるのか。

 思った以上に彼は、男騎士のことについて理解しているようだった。


 そしてそれは男騎士も同じ。

 自分と同じ、生き方の不器用さをその仕草から感じ取った彼は、その差し出された手をそっと握り返すのだった。

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