第733話 ど男騎士さんと超神造遺物

【前回のあらすじ】


 モッリ水軍の危機を救った男騎士。

 いつも通りの俺TUEEEを見せつけて、からくり艦隊これくしょんの面々を追い払った彼は、助けたモッリ水軍に助力を申し出た。


「モッリ水軍の頭領ヒデタカ殿。お願いがあります。我ら、まずは一旦レースのことは忘れて、一致団結して小野コマシスターズの打倒を目指しませんか」


 はたしてこれに笑顔で応えたのは頭領にして長男坊。

 どうやら彼は、男騎士の生きざまに自分と同じモノを見出したらしく、一も二もなくその申し出を快諾したのだった。


 かくして、モッリ水軍との呉越同舟がここに成立した――。


◇ ◇ ◇ ◇


 男騎士とモッリ水軍頭領が握手を交わしたその瞬間であった。


 波濤の中から紅色のそれは突然頭を飛び出した。


 何か。


 判別するよりも早く、男騎士は普段使わぬ左の手で魔剣を抜き放つと、右手に掴んだ長男坊を放り投げた。

 来る。一直線に向かってくる。

 海の中から自分めがけて飛ぶそれを、視界にとらえるや否や、彼は剣先がそれを捉えるよりも早い段階で斬撃を繰り出した。


 大性郷との修行により強化されたバイスラッシュ。

 その裂帛の一撃は、空気を裂いて衝撃波を生み出す。ただの空気の振動に非ず。かまいたちか身を切り裂くほどの猛々しいその剣風が生み出す奔流は、飛び込んでくる緋色の飛翔体をその衝撃により真っ二つに割った。


 途端。

 視界が爆ぜる。


「ティト殿!!」


「ヒデ兄!!」


「……大丈夫だ!! それより、どうやらまだ新手のようだ!!」


 昨日、剣を交えたからくり娘たち。

 その面影のある者たちは大方追い払った。

 なので、戦いは終わったと勝手に判断していたが、どうやらそれは早計だったらしい。


 黒煙の中に、こちらを睨み据えるような視線を感じて男騎士は戦慄する。


 彼女たちはこの乱戦の中にあって、確かに男騎士の居場所を把握しているようだった。


 黒煙が裂ける。

 飛び出してきたのは、身の丈はあろうかという長刀を担いだ女剣士。彼女は体全体を発条のようにしならせると、下段からの切り上げを見舞って来た。

 重力を受けて重たいはずのその斬撃が、驚くほどに軽やかなのは、彼女の身体がからくり仕掛けだから、それとも何かしらの術利がそこに存在するのか。


 なんにしても、歴戦の兵である男騎士の意表を突く斬撃。

 半歩後ろに下がってそれを躱した男騎士であったが、すぐに返す刀で襲い掛かる太刀に自分の愛剣を合わせた。


 未だに燻る黒煙の中、こちらを睨み透ける瑪瑙の瞳。

 長い黒髪を揺らして、その女からくりは冷たい瞳を男騎士に向けていた。


「見事。人間にしては鮮やかなる手前。無窮の鍛錬により得た境地と見る」


「……よもや神が造りし兵器に褒められるとはな」


「ちっ、ヤバいぜティト、こいつは強敵だ!! しかも、純粋な冒険者じゃねえ!! おそらく【隠し技能】持ちだ!!」


 魔剣エロスが助言を放つより早く、からくり娘が自分の懐に手を入れている。

 白妙の中から抜き出したるは、黒光りする匕首が四つ。

 器用に指先でそれらを絡め取った彼女は、それを男騎士の無防備な脾腹に向かって投げつけた。


 躱す間もない。


「くはっ!!」


 男騎士の肋骨の隙間を縫うように打ち込まれた匕首。

 至近距離から投げ、遠心力も充分に乗っていないはずのそれが、どうして深々と彼の肺腑へと突き刺さる。

 最小にして最短の動作で技を繰り出すからこそ生み出せる一撃に他ならない。

 いわんや、彼女はその技を極限まで研ぎ澄ましていた。


 黒髪を振り乱して爆炎を払う。

 二つの影と共に現れたのは、黒いセーラー服の戦士。灼眼を燃やす彼女は、こぉという深い息と共に、その清んだ声を海上に鳴らした。


「破壊神ライダーン様が造りし七人の最初の原器がその一体にして、神造遺物の中でも随一と言われた戦闘の妙技ご披露仕る」


「……七人の最初の原器」


「コンゴウより聞き及んでいるだろう。我こそは、七機の内で最も速く、最も鋭き神の刃。人に死をもたらす者として生み出された超兵器――『クマ』なり」


 参る。

 言葉よりも早く剣閃が舞う。男騎士をして防ぐことができない斬撃の嵐が吹き起ったかと思えば、はけた爆炎の代わりに血煙が船上に漂った。


 もはやモッリ水軍頭領たちは、その成り行きを見守ることしかできない。

 次々にその身を削がれていく恩人の姿に喉を鳴らしたその時――。


「……まただ、海の底から何かが迫っている」


「おかしら!! あぶねぇ!!」


 三兄弟を守るように、海賊衆の年寄りがその身の前に立ちふさがる。

 飛んでくるのは男騎士を襲った例の赤い飛翔物体。

 海を泳いでやってきたそれは、まるで生き物の如く水面から飛び出すと、三兄弟に向かって飛び出したのだ。


 肉の壁となって立ち塞がる海賊衆。

 男騎士の前で巻き起こった爆炎の後、その場に現れたのは消し炭と化したかつて人であったものだった。


「……なんだ、これは」


「敵の襲撃は終わったのではなかったのか」


「この攻撃はいったい」


 恐慌がモッリ水軍の船上に漂う。

 そんな中、魔剣エロスが叫んだ。


「ティト、間違いねえ、こいつ――【殺人技能】持ちだ!! 対人戦闘に特化した、暗殺者だ!! このでたらめな強さ、それで証明できる!!」


「さ、【殺人技能】、だと――!?」


「居るんだよ、そういう奴が!! 人を殺めるための剣筋だけを極めきっちまったはぐれモノが!! くっそ、厄介だぞ――【戦士技能】でも拮抗できるか!!」


「できぬさ。それ故の隠し技能」


 ずぶり男騎士の喉仏を、長身の刀が貫く。

 ごふという音共に血を吐き出した男騎士。


 しかし、くすまぬ瞳の色に、ほうとクマが拍子抜けるような言葉を発した。


「……【殺人技能】か。では、殺しても、殺しきれぬ我が身とは相性が悪かろう」


「……呪い持ちか、なるほど、面白い」


「久しぶりに借りるぞ!! その力!! 顕現せよ――我が身に宿りし鬼の呪い!! 汝の名は赫星鬼アンガユイヌ!!」


 男騎士の貫かれた体が一瞬にして再生され、紫にその肌の色が染まりあがる。

 そして、鬼の呪いが彼の身体を包み込んだ。

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