第721話 ど女エルフさんとセイレーン

【前回のあらすじ】


 どエルフさんはもういない。

 海の藻屑となって消えたのだ。

 彼女の痴態が見えることはもうない――。


「……いや!! タイトルタイトル!!」


◇ ◇ ◇ ◇


 暗い、そこは閉じられた空間だった。

 冷たい灰色をした壁と天井。それを照らしている冷たい照明は、いったいどうやって発せられたものだろうか。魔法の光とも、燭台の光とも違う、冷たい光が明滅する中で、女エルフはふと目を覚ました。


 背中に感じる冷たい感触。

 すぐに彼女は自分の二の腕を抱くと、寒いと呟いて身体を起こした。


 見渡すばかりは冷たい光が満ちた灰色の世界。

 ここはどこ、私が誰かは分かっている、けれども場所が分からない。


「天国――ってことはないわよね」


「そうでゲソ。ここは潜水艦『呂09』の中でゲソ。よかったゲソね。その体に身に着けていた【セイレーンの泪】のおかげで、私のパッシブソナーにひっかかたでゲソ」


 なんだ、この不穏な語尾は。

 女エルフは久しく感じたことのない、あまりに露骨かつ特徴的で、おそらく許されないであろう唯一無二の語尾に底知れない恐怖を感じた。


 そう。

 キャラ付けのためにいろんな語尾を使う獣人キャラクターはいるだろう。ワン、ニャー、コン、そういうスタンダードなのはまぁ、多少の被りはあっても許される。


 けれど、ゲソはNG。

 それはあまりにも有名なキャラクターがいるので一意に特定できてしまう。

 それよりなにより、あのキャラクターを越えるゲソが似合う存在はない。


 やってはいけない(パロディ)。


 女エルフはそんな不安を感じ、あぁ、もうこのまま振り返らないで話を進められたらいいのにと、一人ひしひしと後悔する。なんの落ち度もなければ、なんの前振りもないその唐突な展開に、彼女はただしとどに脂汗を流した。


「いやしかしびっくりしたでゲソ。セイレーンの泪を未だにつけているエルフがいるだなんてゲソ。しかも西の海とは真逆の紅海ゲソ。けれどもまぁ、我々セイレーン族とエルフ族の古き約定に従うならば、助けない訳にはいかないゲソ」


「……古い約定?」


「エルフはセイレーンのために、セイレーンはエルフのために。種族は違えども、同じ人の世界で生きる亜人の友として、我々はエルフを見捨てないでゲソ」


 女エルフはセイレーンの泪のフレーバーテキストを思い出す。

 そう、確かその内容によればセイレーンの泪は、かつて荒れ狂う海への供物としてささげられていたエルフたちを救うために造られたアクセサリーだという。

 同盟関係にあるセイレーンが、エルフを識別するためにつけさせたイヤリング。


 だとすれば。


「セイレーン? もしかして、貴方、セイレーンなの?」


「ゲソ。いかにも、私はセイレーンの中のセイレーン。と言っても、今はすっかりと数が少なくなってしまった少数亜人――」


 だったら――。


 著作権の問題もない――。


 女エルフ。

 ゲソというあまりに特徴的な語尾と、あまりに一意に特定できるパロ元に、及び腰であったがそれを聞いて安心する。


 あれはセイレーンではない。

 イカ的な何かである。


 そう、だと分かれば何も恐れることはないのだ。

 そもそも、挑戦者的なモノのパロディはなかなかマニアックな部類に入る。

 某地下格闘漫画や、某チャリンコ漫画、某動物漫画と渋いヒット作を地味に出しているが、少年漫画雑誌の中ではメニアックな部類に入るそれに、わざわざ言及するはずがない。


 そもそも例の娘のブームは当の昔に過ぎ去っている。

 今の流行りからは外れている。


 大丈夫だ問題ない。

 確かな自信と共に女エルフは振り返る。


 するとそこには。


 白い三角頭巾。

 青い髪。

 そんでもって白いワンピース。

 触手。


「ゲソゲソゲソ。私は、紅海に棲む最後のセイレーンの頭領にして、この潜水艦『呂09』ことローレナインの船長。デビルフィッシュ娘こと、デビちゃんでゲソ」


「デビルフィッシュはタコ!! このタコーッ!! タコだけど、イカーッ!!」


 悪魔西洋的発想。


 そこに立っていたのは、西洋であまり好んで食べられない、ちょっとグロテスクな海洋生物。海の悪魔と呼ばれた者を彷彿とさせる可憐な少女であった。


 そう、悪魔のようなその少女の名は――デビルフィッシュ娘。

 略してデビちゃん。


「ゲソゲソー? イカは割と海外で食べられているでゲソよ? タコと一緒くたにしないでほしいでゲソ」


「アイディンティティの否定!!」


 お願いだからこれ以上、キャラクターを掘り下げないで。

 ただでさえディティールの描写を控えめにしている、男騎士だとか女エルフだとかそういう普通名詞で進行している作品なのに、緻密な描写をしないで。

 そんな願いを込めて女エルフは嘆いた。


 嘆いたが、やっぱりそれはどこからどう見ても、ゲソの語尾がこの世界で最も似合う可愛い生命体以外のなにものでもなかった。


 そう――。


「ゲソゲソゲソ!! どうやら、地上が騒がしいことになっているみたいゲソね!! 我が同盟者に危害を加えるとはいい度胸でゲソ!!」


「やだ、ちょっと、やめてよ本当に、そういう不穏な展開」


「愚かな地上人ども、侵略してやるでゲソ!!」


「もう完全にイカの娘じゃないですかヤダーっ!!」


 どこまでやったら怒られるのか。

 どこからどこまでがパロディで、どこからどこまでがオマージュなのか。

 そもそも許可とったとしても許されるのか。というか許可なんてどうとるのか。


 そんなことは――。


「同盟者よ!! 安心するでゲソ!! このデビちゃんが、マルっと全部解決してあげるでゲソ!!」


「安心できない、これ、安心できないやつー。著作権的にもパロ元的にも」


「侵略開始ゲソ!!」


 可愛いの前にはどうでもいいことであった。

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