第719話 どラッキーガールとどラッキーソード

【前回のあらすじ】


 女エルフ撃沈。

 まさかの強襲により、海に投げ出された女エルフ。

 そのショックにより、いつもは冷静な男騎士さえも取り乱す。


 混乱する男騎士パーティー。リーダーの狼狽に振り回されて、もはやパーティとしての体を為さなくなった所に、無慈悲なからくり娘たちの凶手が迫る。

 さらに、その魔手は冷徹に、そして効率的に男騎士たちを襲う。


「倒すなら一番強い奴からでしょう。それも、一番弱体化した状態の、ね」


 狙われた男騎士。

 果たして剣戟の音が凪ぎの海に木霊する。


 果たして、男騎士たちの運命は――。


◇ ◇ ◇ ◇


 一瞬の出来事であった。


 おおよそ、ほぼ同時に攻撃の切っ先が男騎士の身体を襲う。

 正確無比に繰り出されたからくり娘たちの攻撃は、容易く正気を失した彼の身体を切り刻むはずであった。


 そう、正気を失した――。


 しかし、それらの武器は、たった一振り――男騎士の腰に佩かれた青色の魔剣によって薙ぎ払われた。

 それはからくり娘たちの慢心を突いた不意打ち。

 正気を失った相手に小細工など不要と、集中砲火を重ねたが故のカウンター。


 一刀にして武器を破壊し、二振りにしてその体を繋いでいる意図を断絶する。

 下段から身体全体を巻き込むような振り込みと踏み込みによって、生み出された横薙ぎは、その勢いによりからくり娘たちを一気に吹き飛ばした。


 これはいったい何が起こったのか。


 マストの上に立ち、ことの成り行きを見守っていた七人の最初の原器――ユキカゼが真珠で出来た目を見開く。その視線の先で、狂気の淵に落ちたはずの男騎士は、にんまりと邪悪に頬を釣り上げたのだった。


 違う。


 そこに潜んでいるのは男騎士ではない。


「……ったく、世話のかかる奴だぜティト。知力が低いから精神攻撃には滅法弱い。こういう所を治さねえと、後々やっかいなことになるな」


「なっ、なっ、なんだこれは!? どういうことだ!? 何が起こっている!?」


「破壊神ライダーンの使徒か。あの格好つけがこんなかわいこちゃんを鋳造しているってのはなんだかびっくりだが、そのえげつなさは納得だぜ。だがよう、おあいにく様、俺は奴のとっておきさえもぶちのめした大英雄よ。その俺が、憑いていたのがお前の不幸だぜ、ユキカゼよぉ!!」


 男騎士の目に怪しい光が灯る。


 がっはっはと闊達に笑い飛ばして、青い魔剣を振り回すのは、知力1ながら紳士な彼の態度からはほど遠い。そう、今、正気を失った男騎士の身体は、彼のものであって、彼ではなかった。


 男騎士が使うは魔性の剣。

 人の精神を乗っ取り、自由自在に操る魔を秘めし名剣。

 かつての大英雄、スコティの魂を宿した――。


「エロス!!」


「だぞぉっ!! エロス!! そうか、ティトの身体を操って!!」


「……なんだとぉっ!!」


 魔剣エロスであった。


 そう、彼はまた前後不覚に陥った男騎士の身体を乗っ取って、その窮地に助け舟を出した。持ち主の精神を奪う魔剣は、友と認めた持ち主の命を救うために、今ひとたびその魔性を発現させて、絶妙なるカウンターを仕掛てみせたのだった。


 にたりと男騎士の顔が邪悪に染まる。

 やはりそれは、普段の彼にはない表情――魔剣の顔であった。


「残念だったなおい。精神的な揺さぶりに弱いこいつだがよう、気を失ってくれればそれはそれよ。俺様が即座に精神を乗っ取って、好き勝手やれる訳だからな」


「ぐっ、かつての英雄スコティ。貴方が居るのを忘れていました」


「忘れてくれていて助かったぜ。さてさて、俺は幸運の女神と言う奴には、どうにも愛想をつかされちまった元勇者だが――悪運にはとことん愛されてるぜ」


 かかってきやがれと咆哮する魔剣エロス。


 それに応じて、かかれと再びからくり娘たちに号令するユキカゼ。

 かくして、男騎士が意識を失ったまま、戦いは始まった――。


◇ ◇ ◇ ◇


 死屍累々。

 いや、四肢累々である。


 切り離された木製の腕と脚。のたうち回るからくり娘たち。その中に立ち尽くして、げたげたと歯を鳴らして笑うは魔性の者。


 魔剣エロスことかつての勇者スコティは、圧倒的な剣技と魔性の技、そして天賦と称していい男騎士の身体を見事に使いこなして、多くのからくり娘をがらくたに変えた。


 かろうじて、頭部や腹部を破壊しないのは、せめてもの情けか。

 しかしながら、優に数十体は居たはずのからくり娘たちのすべからくが、この魔剣の手によって屠られていた。


 圧倒的な戦いに息を呑むユキカゼ。

 敵だけではない。味方であるはずの法王ポープやからくり侍たちもまた、その悪鬼羅刹が如き、凄まじき剣戟の嵐を目の当たりにして、言葉を見失っていた。


 男騎士を行動不能にしたなどとはとんだ勘違い。


「どうしたぁっ!! もう終わりかぁ!! まだまだ、俺は元気だぞライダーンの使徒よ!! もっと俺を楽しませてみろよ!! 曲がりなりにも破壊神が手ずから魂を込めた兵器なんだろうがよぉ!! がははっ!!」


 男騎士は行動不能にして尚、付け入る隙がないほどに強い。

 当世の大英雄と、古の大英雄が一つの身体を共有しているということが、これほどまでに凄まじいのかと、誰もがその暴虐ともいえる圧倒的な力に震えあがった。


 青いエルフソードの刀身が煌めく。

 切っ先が向かうのは、幸運の者。


 今やその幸運は、剣に魂を固着させてまで、この世界にとどまった英雄の悪運によって完全に覆された。

 ユキカゼは、青ざめた顔で、邪悪に笑う男騎士を見下ろしていた。


「来いよ!! てめぇが本当に幸運の持ち主だというなら、俺様をぶっ倒してみろ!! この世界を覆した、そしてこれから覆す大英雄を斬り捨ててみろ!!」


 それが男騎士が潜在的に身に秘めたものなのか。

 それとも、魔剣に宿る魂が秘めたものかは分からない。


 ただ、明らかに自分たちを上回る存在感を前に――。


「てっ、撤退!! いえ、戦略的撤退です!! ここはいったん、退いて体勢を整えますよ!!」


 幸運者と呼ばれたからくり娘。

 ユキカゼは声を震わせて撤退を叫んだ。

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