第705話 男騎士さんと峰打ち不殺
【前回のあらすじ】
北海傭兵団壊滅の危機。
容赦なく海賊たちを切り捨てていくからくり娘たち。その凶刃はすわ、北海傭兵団の若船団長へと向こうとしていた。
煌めく砲身。
不気味に彼を見据える緋色の瞳。
引き金に指がかかったその時、彼の前に躍り出たのは男騎士。
からくり娘たちも化け物だが、この男もまた化け物である。
刹那。
一瞬にして迫りくる鉛の弾を前にして、冷静に愛剣を振るった彼は僅かにその刃渡りに弾丸の軌道を当てて、軽く動かすことでそれを晴天へと逸らした。
神業ともいえる剣捌きに、からくり娘の手が止まった所に男騎士は更に追撃を仕掛ける。踏み込んだ一刀は、狂犬からくり娘が抱えた銃を跳ね上げて、武器としての権能を奪い去った。
さぁ、今週もどシリアス。
この章に入ってからというもの、八面六臂の無双を見せる男騎士が大暴れ――。
「……いや、言うほどシリアスバトルしてます? バトルはバトルでもアホアホというか、おまぬけというか、とんちきというか?」
になるのかかな?
◇ ◇ ◇ ◇
狂犬からくり娘が犬歯を剥きだして男騎士を睨みつける。
まさしく狗が唸るように、静かな怒りと共に睨み据える彼女に向かって、男騎士は剣を再び構える。
下段の構え。
攻撃的な戦闘スタイルを見せる彼女には、攻めよりも守りの一手が有効と考えたのだ。
狂騒に揺れていたバイキング船。
その上で、今、静かに潮風が駆け抜ける。
沈黙を破ったのは睨み合う両者ではない。この船の持ち主にして、突然に遭遇した嵐のような奇襲に狼狽えていた、若船団長であった。
「ティトどの!! どうして貴方が我々の助太刀に!! 本来であれば、敵味方の間柄ではないか!!」
「ここでリタイアされてはいささか困るのでな。貴殿たちはなかなかの海賊。操船技術はもとより戦闘技術についても目を見張るものがある。であれば、今回のようにいい囮になってくれると考えた次第」
「……ならば、そのまま食い散らかされるに任せればよいでしょう。一位を獲るチャンスだというのに、このような」
それ以上は言うなと男騎士が背中で語る。
微かに揺れた背中の動きで、若船団長はこの目の前の男が、やはり自分とは器の違う英雄であることを思い知った。はたして、敵の危難を目の当たりにして、剣を執って駆け付けることができるだろうか。
できぬ、とてもできぬ。
打算と残酷。
それを飲み込まねば生きていけない戦場の世界において、己の信念を貫いて剣を振るうことがどれほど難しいか。
それは、若船団長もよく知っている。
幾つもの戦場で、彼はままならぬ己の器を思い知り、幾重も剣を不本意に振るって来た。そうせねば生きられないのであればそうする。仕方ない仕儀であった。
しかし、それを覆す。
打算なく、かくて勝算もなく、利さえもない。
ただただ、己の信念、人間の尊厳を胸に抱いて、今自分の前に立っている男の背中。そこに、ただならぬものが背負われているのを、若船団長は察した。
預けるよりほかない。
この背中に自分の命を。
「下がっていたまえギリンジどの。ここは俺がなんとかしよう」
「……この命、この船の行く末、お任せします、ティトどの」
そうすることに迷いがある訳ではなかった。
船団長としての務めを放り出すことに等しい。
自分がしようとしていることが、間違っているという思いは間違いなくあった。けれども、それ以上にこの目の前の男を信じたかった。
弱い者のために立つことができる。
男ならばこのように生きたい。そう思わせるだけの男の背中。残酷な戦士としての自分をいったん忘れて、男として若船団長は男騎士の言葉を信じた。
「舐めた真似を。放っておけばいいものを、よっぽど命が要らぬと見える」
「ほう、得物を失ってなお吠えるか。とすれば、まだ切り札があると見える。小野コマシスターズ。その手際なかなかに天晴。だが、少々行き過ぎだ」
「ほざけ、戦いに行き過ぎも何もなかろう。このレースを舐めているのか」
「ならばこそ、手負いにこそすれ、殺める必要はあるまい」
男騎士の言葉に、からくり娘の肩が上がる。
図星のようであった。
はたして男騎士が彼らの凶行を見かねて駆け付けたのは間違いない。しかしながら、そうすることに違和感を覚えたのも事実。
船の動きを鈍らせたいのならば、船員を手負いにすればよい。
殺めた船員は海に打ち捨てられるが、手負いの船員はそうもいかない。
こと、バイキング船のような手漕ぎ船ならば、櫂を漕げない船員などただの重荷にしかならない。
なにかそうすることに目的がある。
その目的はわからないが、そう思惑通りにことを運ばせはしない。
足りぬ頭の男騎士ではあるが、やはりこと戦場における駆け引きについては、狼のような嗅覚でそれを察知することができた。
はてさてどうかなと誤魔化すからくり娘。
おどけてみせた次の瞬間、その手の内から円錐の棒が飛ぶ。鍛錬され、丁寧に研磨されたその鉄の棒は、五つ。
ほぼ同時に男騎士の身体に襲い掛かる。
避けれる技ではない。
言うなれば、ほぼ同時に四方八方から敵に襲われたようなものである。
殺傷能力については知れている。致命には至らないだろうが、それでも避けるのに難しい業だ。
どうする――と逡巡することもなかった。
「破ッ!!」
魔剣による一振り。
踏み込んだ一撃で、もっとも下段に飛んできた鉄棒を弾きあげると、それを真横の鉄棒の軌道へと逸らす。そのまま振り抜きざまにもう一つの鉄棒を打ち凌ぐ。
さらに、下段から迫った一投を、踏み抜いて叩き落すと、最後に残った一つを紙一重で交わした。
そこから、返す刃で上段に剣を構える。
「ティト!! 峰打ち不殺だ!! 忘れるな!! かわいこちゃんは俺の攻撃の対象外!!」
「分かっている!!」
弱バイスラッシュ。
その掛け声とともに、男騎士の得意技、上段唐竹割りが炸裂する。
紙一重、からくり娘の顔面の前を空ぶるように走ったそれだったが、それは僅かにせり出た胸当てに当たって激しい音をたてた。
バイスラッシュもといパイスラッシュと言うべきか。
胸の谷間を正確無比に斬り裂いたその一撃により、からくり娘が身に纏っていた鎧が左右にばらける。そのまま、まるで花が散るようにはだけた身体。
それは、男騎士と魔剣エロスが編み出した峰打ち不殺。
女性戦士を行動不能にする、一手であった。
しかし、生身でなければ、それは有効打にはならない。
「……なっ!? その身体!!」
「からくり娘!! 嘘だろおい、ちょっと待て!! するともしかして!!」
「……ちぃっ、よくもやってくれたな人間風情が!!」
服を破かれたことなどどうでもいいという感じに舌打ちするからくり娘。
その紅色の瞳が鈍く光ったと思うや否や、彼女の腕が発条のきしむ音共に激しく変形した。二の腕の先から、まるっきり形状を変えてそれは、彼女が先ほどまで抱えていたのと同じ銃を彷彿とさせる形に代わる。
しかしながら、その砲身は太い。
「奥の手をこのような序盤で使うとは思わなかったが――お前の命が対価なら悪くないぞ、大陸の英雄ティト!!」
「……なに?」
「どういうことだ嬢ちゃん!!」
「これから死ぬ男を相手に、語る必要などあるか!! 喰らえ!!」
轟音が大海原に木霊する。
銃と化した腕が爆散して散ったかと思えば、巨大な鉛の塊が飛翔する。
それは、先ほどの鉛玉と変わらぬ速さで、男騎士へと襲い掛かった。
これを凌ぐことはできるか――。
逡巡よりはやく、男騎士は魔剣を担いでいた。
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