第706話 ど男騎士とヒューッ!!

【前回のあらすじ】


 狂犬からくり娘が繰り出した銃弾のさみだれ。

 それをすべて魔剣でいなして男騎士は彼女に必殺のバイスラッシュを放った。


 あわや決着。

 峰打ち不殺、彼女のまとう衣服を斬り裂いて、魔剣エロスが怪しくきらめく。


 勝負あったかと思われたその瞬間。

 からくり娘の腕がまるで大輪の華のように開く。


 激しい発条の音と共に組みあがったのは巨大な銃。


 いや、砲。


 右腕の砲身を男騎士に向けて、狂犬娘の咆哮が木霊する。

 はたして、男騎士はこの一撃を凌ぐことができるのか。


◇ ◇ ◇ ◇


 いったいどれほどの力で人間の顔大の鉛玉は繰り出されたのだろうか。

 戦いには長けているが、戦場で使われる武器の全てに至るまで、その術利を男騎士は把握している訳ではない。


 ただ、からくり娘の背後より噴き出された爆風。

 それからただならぬ威力だということは、素人目にも分かる。


 発射と同時に爆ぜた砲身。

 自らの身と引き換えに打ち出す一撃。

 まさしく捨て身の一撃。なまなかには相手をすることはできないだろう。


 しかし、男騎士にできることなど限られている。

 全身全霊でこれを切り伏せる。


「すまんエロス!! 少し痛いかもしれない!!」


「気にすんなティト!! 俺様は伝説のエルフソード!! そんじょそこらの攻撃で刃こぼれするような剣じゃねえぜ!! いっちょ派手にやっちまいな!!」


 力を籠める。

 左脚から右脚へと重心を移す。


 幾重にも積み上げた経験により、もはや自然とできるようになった足さばきで魔剣を振り下ろせば、海風ははらりと裂けて斬撃が走った。正面から向かって来た鉛の塊を、見事に正中を捉えて叩き落す。


 いや、叩き割る。


 人間の頭蓋よりはるかに硬いそれを、万力のように魔剣を腕で握りしめて男騎士、裂帛の気合と共に両断する。

 鉛は激しい音を立てて砕ける。

 ヴァイキング船の甲板に星降るようにそれらの破片は落ちた。


 黒い噴煙が巻き上がる中、返す刃で男騎士が再びからくり娘に迫る。


 捨て身の切り札をよもや防がれた。

 もはや手はなし、瞬きをする間もなく肉薄されたからくり娘は、男騎士が繰り出すさらなる斬撃にさらされることとなる。


 峰打ち不殺は変わらない。

 しかし、からくりの身体と察したからには容赦ない。


 関節という関節に容赦なく叩き込まれる斬撃。


 四肢はへし折れ、あらぬ方向に曲がり、もはや立つことも構えることもできず、その場に崩れ落ちたからくり娘。それを前に男騎士はふぅと残心の息を吐いた。


 深紅の瞳が見開かれる。

 憎悪と驚愕に踊る作り物の目をにらみつけて、男騎士は剣を納める。


「勝負はあったな。口から銃を出せるものなら出してみろ」


「あるいはおっぱいから銃を放つとかな!!」


「……くっ、殺せ!!」


 随分と古風なことを言うからくり娘だ。

 少し、男騎士と魔剣の間にきょとんとした間が入る。その間を狙ったように、鎖鎌が彼らの間に入り込んだ。


 確実に男騎士の首を捉えた一撃。


 正確無比。

 確かに殺す。

 そんな意志をひしひしと迸らせて飛んだ凶刃。


 それはしかし、その殺気ゆえに男騎士にたやすくその軌道を読まれて弾かれた。


 鎖鎌の鎖ごと断たれたそれが、鉛玉と同じく甲板を転がる。

 男騎士が気づいた時には、四肢をへし折られたからくり娘の前にもう一人のからくり娘――二房の三つ編みを揺らす乙女が立ち塞がっていた。


 手には剣。

 片刃の曲刀が二本握られている。


 逆手に柄を握りこみ、十字に鎬と刃を重ねて構えるその姿は、これ以上仲間を傷つけさせないという確固たる意志を男騎士に感じさせる。


 この娘、できる。

 男騎士の魔剣を握りしめる手に知らず力が籠った。


「なるほど、なかなかの使い手。大陸を救った大英雄というだけはある」


「あまり吹聴するようなことではないのだが。まぁ、それを知っているのならば話が早い。ここは退け。このティト、どのような理由があろうとも、弱き者を一方的にいたぶる輩に容赦はしない。我が魔剣の錆になりたくなければ早々に立ち去れ」


「……そしてなるほど、噂に違わぬ紳士である。前情報の通りですね」


 ヒュッと喉をからくり娘が鳴らした。


 あまりにも自然な挙動。

 男騎士の強さに感嘆したように見える素振りに、誰もがその行動を見逃した。


 ただ一機――。


「あぶない!! ティト殿!!」


 同じからくり娘のセンリを除いて。


 はたして、眼前のおさげのからくり娘のように、男騎士の前に立ちはだかったからくり侍。彼女の身体を突然に、大小さまざまなかまいたちの刃が襲い掛かる。


 微かに彼女の身体を外れたそれが、男騎士の身体に触れれば、ぴしりと赤い筋がそこに入る。


 繰り出したるは真空のかまいたち。

 おさげのからくり娘の呼吸。

 それは人間の意表を突く必殺の攻撃だった。


 これにはさしもの男騎士も気が付かない。


 人外の理に属している技であった。


「……センリ!!」


 一呼吸遅れて、男騎士は自分のために盾となってくれた弟子に声をかける。

 だいじょうぶでござると絞り出すようにつぶやくその姿は、とても言葉通りに受け取れるものではない。

 嫌な汗が、突如として彼の身体全身に吹きだした。


 体中にひびが入ったからくり侍。

 満身創痍。


 しかしながら彼女はそれでも剣を構え、目の前の――おなじ発条で動く戦士へと剣気を飛ばす。剣先を喉元に突きつけるような状況下で、先に口を開いたのは小野コマシスターズのからくり娘の方であった。


「なるほど、私の狙いを瞬時に見抜くとは。我々の身体について、よく理解していないとできないこと」


「……!!」


「所属と階級を述べよ、からくり娘。脱走兵を我らは許さないが、今は大事である。ことと次第によってはそれなりの恩情もかけよう」


「はてさてなんのことやら」


 のらりくらりと質問を躱しながら、からくり侍が刀を構える。

 一刀と二刀。果たして、剣の本数の差にどれほどの力量の差が表れるのかは分からないが、ここに二人のからくり娘が、真剣勝負の様相となった。


 男騎士がからくり侍を止めるより早く、彼女は甲板を踏み抜いた。


 横薙ぎ。

 体をしならせて、独楽のように回る一撃。


 しかし、その剣の間合いは――いささか遠い。

 刹那、半歩を後ろにさがったおさげのからくり娘。間合いの外からゆるゆると、後の先の必殺を繰り出そうとしたその時であった。


 きんという音と共に、二刀が宙を舞った。

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