第704話 ど男騎士さんと化け物
【前回のあらすじ】
北海傭兵団を強襲する小野コマシスターズことからくり艦隊これくしょんたち。
昨晩ロイドを助けたからくり娘たちは、容赦なく鎖鎌と銃を振るって北海の益荒男たちを倒していく。
それはいささかやりすぎ、いくら命のやり取りを了承した上で行われている戦いと言えども、騎士道にもとるものであった。
そのような虐殺を目の当たりにして、動かない男騎士ではない。
すぐに止めねばと飛び出した彼を、女エルフが腕を引いて止める。
正義の気持ちに逸っているのは何も彼だけではない。お人よしの彼が集めたパーティーメンバーもまた、彼に負けずと劣らずのお人よしである。
皆、目の前で繰り広げられる虐殺に、正義の心を燃やしていた。
かくして北海傭兵団へ助太刀に向かうこととなった男騎士たち。
今回の戦いにおいて最大の敵と言える、明恥政府のからくり娘たちと、ついに男騎士たちが激突する――。
◇ ◇ ◇ ◇
「くそっ!! なんだこの娘たちは!! 人間の身体の動きではないぞ、これは!!」
からくり娘たちが繰り出す攻撃を前にして叫んだのは若船団長。
繰り出される変幻自在にして摩訶不思議の太刀筋に、彼は困惑していた。
首領の彼が困惑するほどである。
その船団員たちの狼狽えぶりについては、もはや説明する必要もないだろう。
これまで多くの戦場を経験してきた生粋の戦士である。
男騎士たちと違って、彼らにとって殺戮は仕事であり、息をするようなものであった。当然のように剣や斧を相手の首筋に向かって振るい、命を奪い去る。
その行いに躊躇などあるはずもない。
そして、殺されることに対する恐怖もまた、彼らにとっては飼いならしたはずの感情であった。
しかし、目の前に現れた乙女たちはなんなのか。
捨て去ったはずの恐怖心が呼び起こされ、その感情に身体が支配されてしまう。
圧倒的な力の差によるものではない。
それは繰り出される人外の理によって編み出された技からくる想定できないモノに対する感情。自分たちの想像の外に居る者へと向ける恐怖。
若船団長だけがその本質を見抜いていた。
昨晩、月下で青年騎士に見せたのと変わりない。
フードのからくり娘は、その翡翠の瞳を光らせて鎌を振るう。
緋色の瞳を光らせてショートヘアーの狂犬からくり娘は火縄銃を打ち出す。
しかしながら、その攻撃の繰り出す姿勢があり得ない。
船底に這いつくばるようにして、身体を回転させたかと思うと鎖が鎌首をもたげて舞い上がる。そのまま、渦を巻いた鎖鎌は、微かな少女の指先の動きにより、まるで蛇のように身をくねらせて動くと、海賊団の船員たちの身体を破壊する。
かたや狂犬からくり娘。
こちらなどはなおのこと酷い。
早合により短い間隔での射撃が可能という利がありながらも、まるでそんなことなどどうでもいいように海賊たちに肉薄する。
徒足空脚とでもいうべきか。銃によりふさがった両手に代わって、華麗な足技で敵を文字通り蹴散らす狂犬。さんざんに陣容をかき乱したかと思うと、その頃には鉄砲の筒に弾が籠っている。そうして、肉薄した敵に向かって、容赦なくそれを発射する。
弾の加速に十分な距離を置いて放たれるそれは、一体一体確実に人を肉塊へと変えていく。
化け物。
恐怖が若船団長の背筋を走る。
握りしめるは海綿剣ことダインスレイブ。変幻自在のその太刀筋であったが、それよりも自在に動く、からくり娘たちに相手に果たして通じるのか。
「……どうしたらいい」
そう、呟いた時、狂犬からくり娘の煌々と光る緋色の瞳が彼を見た。
まずいと構えた時にはもう遅い。彼女を取り巻いている海賊たちの合間から、彼に向かって伸びる照星。その先が、若船団長の命を捉えていた。
死を覚悟したことは何度となくある。
しかし、これまではっきりと、濃厚な死を感じたとことは彼になかった。逃れようのない、不可避の死という直感が、彼の身体を諦めと共に駆け巡った。
あぁ、自分はここで死ぬのだ、そう悟ったその時。
「パイ〇ーツ・マルミエヤン・ドットコム!! 義によって助太刀する!!」
その前に、昨日自分たちの船を襲った男の姿が立ち塞がった。
男騎士。
銃を前にして剣を手にして飛び出したるは無謀というより他ない。
更に言えばパンイチ。
鎧で受けようにも受けることのできない状況。
銃弾を凌ぐ一手は手にに握りしめたる魔剣一つであった。
射線上に突如現れた騎士を前にして、一拍呼吸の代わりに歯車を乱した狂犬からくり娘。だがそれならばそれとすぐに彼女は目を光らせる。
口元から犬歯を覗かせて、無表情ながらに不敵に笑った彼女は、迷わず銃の引き金を引いた。
炸裂音と共に飛び出す鉛玉。
早合であるが、一つだけしか弾丸が籠っていなかったのが幸いだったか。
男騎士は戦いと波に揺れる甲板の上で、落ち着いてその刹那の駆け引きに神経を研ぎ澄ます。
両刃にして諸刃の魔剣エロス。
それを引いて構えて柄を肩に担ぐ。
真っすぐに、男騎士の眉間を狙って飛んでくる鉛玉、その先に、ちょうど刃渡りを合わせてついと力を籠めてやる。進行方向に向かって、微かに軌道を逸らすような動作を加えてやると、鉛玉は男騎士から逸れて斜め上、嵐を越えて晴れ渡る青天の中へと消えた。
なんと、と、事の成り行きを見守っていた者たちが呟いたのもつかの間。
「畳みかけるぞティト!!」
「おう!!」
男騎士がすかさず踏み込む。
早合を籠める時間など与えない。海賊たちのひしめく中を踏み込んで、狂犬からくり娘へと間合いを詰めた男騎士は、魔剣エロスを振り上げた。
硝煙立ち昇る銃身を抱えていたからくり乙女。
その腕の中の銃が、鉄の砲身ごと断絶される。
微かにその顔の前を掠めた魔剣は、乙女の命ともいえる髪を二房ほど裂いた。
ちっと舌打ちして、バックステップで距離を取る狂犬からくり娘。
からくりの身体では表情もなにも現せたものではないが、その体からは怒気が立ち昇っていた。
「ちぃっ、仕方ねえこととはいえ、女の子を斬っちまったぜ。おい、ティト、分かっているだろうな。ちょっと危険な娘たちには間違いないが、それでも俺様は女の子の味方。やり過ぎるようなら久しぶりにその身体をのっとらせてもらうぜ」
「……あぁ、そうしてくれ。俺もいささか、冷静さを欠こうとしている」
「何の真似だ。お前らは関係ないだろうパイ〇ーツ・マルミエヤン・ドットコム」
「関係ないが、あえて首を突っ込ませて貰おう。幾ら命のやり取りも承知の上でのレースとはいえ、限度というモノがある。これ以上の殺戮を行うというのなら、俺が相手だ」
男騎士が構える。
魔剣エロス。その青色の刀身が、日の光と海から照り返す光に、眩しく揺れた。
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