第690話 ど青年騎士と時雨ちゃん
【前回のあらすじ】
一人になった青年騎士を、人外の者と化したかつての上司――第三騎士団隊長が襲う。
すわ、必殺の太刀で彼を倒したかと思った矢先、外法によって既に不死身と化していた元第三騎士団隊長。
その剛腕により、青年騎士は吹き飛ばされる。
はたして彼の命運は。
一方船の上。
大性郷の前に現れた勝海舟は明恥政府が開発しているとある兵器の名を告げる。
「からくり艦隊これくしょんが来る」
はたしてこれからいったい何が始まろうとしているのか。
例によって――タイトルからお察しください。
「出た、タイトル芸。けど、今回はなんだかまともそうね」
◇ ◇ ◇ ◇
青年騎士に覆いかぶさる肉スライム。
道化のジェレミー。人理を越えたその肉体は、どろりと粘質な液体をまき散らしながら、もはや受け身も取れぬどころか身動きも封じられた青年騎士へと迫った。
無機質な瞳で、かつての部下がスライムに覆いかぶされるのを見るのは、もはやその眷属と化した元第三騎士団長。
彼の瞳には闇夜にしても光はなく、冷たくその成り行きを眺めていた。
スライム。
人肉を溶かして喰らうモンスター。
例外なくその体からは、金属やなめし皮もろともに冒険者を喰らうための溶解液が滴っている。
その肉片にまとわりつかれれば、もはやそれを除くことは困難。
実態なく、容易に姿かたちを変えるその化け物は、じわりじわりと冒険者の身体を蝕んで破壊する。
冒険者が出会ってはならないモンスター。
もっとも冒険において注意しなければならない天敵。
スライムはオークやゴブリンと言った、分かりやすい脅威とはまた別の、捉えどころのない脅威であった。
そう、絶体絶命。
「さて、貴方も一度溶かして私の眷属とさせていただきましょう。なに、恐れることはありません。どのような断末魔も我が肉体に包まれてしまえば聞こえない」
「……くっ!!」
青年騎士は死を覚悟した。
しかし、その後、自分の肉体をこの目の前の外道にいいように使われるのだけが我慢ならなかった。もし、元第三騎士団隊長のように、姿かたちを装って、男騎士たちに彼らが迫ればどうなるだろう。
幾ら歴戦の冒険者と言っても、彼らも人間なのである。
当然、常在戦場の心持ばかりではいられない。戦いの場を離れれば、少しでも気の緩むことがあるだろう。
いや、むしろだいぶ緩んでいる。
普段は剣の師として仰いでいる男騎士だが、そんな彼が戦場を離れれば、驚くほどにポンコツであることを、青年騎士はよく知っている。
さらにパーティーメンバーの多くも、そんな彼のことを諦めている節があるのを、青年騎士はここ数日、一緒に過ごす中で知っている。
もし、自分が身体を奪われ目の前の道化にいいように操られることとなったら。
死よりも濃い後悔が青年騎士の身体を襲う。
なんとしてでもこの死地を脱せなければならない。そうしなければ、男騎士たちに迷惑がかかってしまう。
そんな直感に、動けないながらも身震いする。
何か手はないのか。
どうにかすることはできないのか。
死が目前まで迫っているその状況で、なお、青年騎士は活路を見出さんとした。
そんな意気が天に通じたか。
はたまた、何かの運命のいたずらか。
「……おは?」
見開いた青年騎士の眼前で、肉スライムの身体が真っ二つに切れる。
いや、真っ四つ、真っ六つ……。
次々に切り刻まれて、吹き飛ばされるそれの中、舞い上がったのは鎖鎌。
人の拳ほどの大きさはあるだろうか。大きな輪を繋いで作られたそれは、先についている刃よりもその鎖の方が脅威である。焼き入れされて硬度の増したそれは、肉スライムの身体を容赦なくずたずたにして、砕き、吹き飛ばした。
暗夜に肉の雨が降る。
そんな中、青年騎士の身体を守るようにして、フードを被った女が彼に覆いかぶさるように、肉スライムと青年騎士の間に割り込んだ。
人間の手にしては冷たいそれ。
きりきりとなる発条の音。
そして、闇の中に光る瑪瑙の瞳。
「……センリどの!?」
それは、青年騎士と同じく、男騎士を師と頼み、この冒険で歩みを共にする仲間に思えた。彼を助ける人物として、直近彼女の特徴と目の前の謎のフードの女性の特徴はよく符合していた。
そう、彼でなくても男騎士パーティーの者ならば、きっとそう判断しただろう。
しかし。
「誰のことだ。まぁいい、おとなしくしていろ。手元が狂えば、お前もろとも仕留めかねない」
「……へ?」
くるり宙回転。
樹で作られた二つの脚が、地面を蹴って粉塵振りまき夜闇に舞う。
月下流麗に舞ったのは黒髪の乙女。
二房ある三つ編みの髪を揺らして彼女は、まるで天女の如き妖艶さで鎖鎌を振り回し、青年騎士を守りながらその場に着地する。
睨み据えるは肉塊の悪魔。その鎌と鎖により分断された身体を繋ぎ合わせて、復活しようとするそれに、さらなる斬撃を加えて再生を止める。
容赦のない攻撃の応酬に、青年騎士が息を呑む。
それは――からくり侍をはるかに上回る、女だてらと思えぬ猛攻であった。
ともするとこれは、彼の師である男騎士をも上回るのではないか。
そんな、突然現れた女戦士の姿に見惚れていると。
「おい、何をぼさっとしている。せっかく拾った命だ、惜しめ」
「……え? あ?」
「逃げろと言っているのだ馬鹿め。まったく、頭のめぐりの悪い奴だな」
凛とした声が潮風と血風に乗って舞う。
命を救いながらにこの言い草。それでなくても突然の出来事。どうしていいか分からない青年騎士を、すかさず、その三つ編み女は蹴って弾き飛ばした。
転がる青年騎士。
加減して蹴ったのだろう、少しも痛まない胸を撫でつけながら、彼はゆっくりと立ち上がる。そんな彼のことなど振り返りもせず、フードの女は茶色いそれを脱ぎ捨てる。
露になる木造りの身体。
球体間接に、様々な暗器が仕込まれているだろうことを想像させる、割れ目と継ぎ目が入った腕。勘違いしたのも無理はない。
間違いなく、彼女もまたからくり侍と同じ身の上の者。
「からくり艦隊これくしょん、白露型三式時雨参る」
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