第689話 ど性郷さんと第二次勝・性郷会談

【前回のあらすじ】


 青年騎士の必殺技は完璧であった。

 確かに、彼の攻撃はかつての上司である元第三騎士団隊長を両断していた。

 けれども大きな誤算がそこには一つ隠れていた。


 彼が既に、骨も肉もあいまいな異形と化していいたということである。


 肉片になり果てたと思われた元第三騎士団隊長。その体から繰り出される、鞭のごときしなる一撃。脾腹にそれをもろに食らった青年騎士は、受け身も取れずに転がると、その異形――ミートスライムと化した者を睨んだ。


「まさか、こんなことが――悪魔に魂を売ったのですか、ヴァイス隊長!!」


 その問いに、元第三騎士団長は答えない。


 そうこうしているうちに青年騎士の頭上には、もう一体のミートスライム、道化のジェレミーが迫っているのだった。


◇ ◇ ◇ ◇


 さて。

 場所は再び白百合女王国の船は底。やり切れぬかなと酒を呷っている、次郎長と大性郷の元へと切り替わる。


 いや、正確に表現するならば、大性郷と勝海舟の元だろう。

 今ここに、江路城無血開城を前に執り行われた、密談を再現するかのように、二人の男が船の中で視線を交えていた。


 一人は、生きながらにして既に死んだも同然の男。

 かつての政府のかじ取りを任された義侠人。渡世の何たるかを知る仁の人であり、それを知り過ぎたがゆえに政の本質に身を委ねることができなかった侠客。


 男――勝海舟である。


「ちぃとみねえうちにまた男前になりやがった。今更ながら、お前さんの面を見ると肝が冷えるぜ。こいつはよう、男に簡単に命を捨てさせる御仁の顔だぜ。俺は殿様よりもお前さまの面が怖くて仕方がねえよ」


「それはいささか過分な評価ですぞ。勝どん」


「ははっ、ちっとも過分なものかねぇ。事実、お前さんは多くの男たちに、捨てさせちまった後じゃねえか。故にこうしておめおめと、船の底に隠れることしかできやしねえ」


 苦渋に顔を歪ませるのはこれまた生きながらにして死んだ男。

 いや、実は死んでいるのかもしれない男。


 何の因果か海の果て。

 男騎士たちに拾われて、こうして客人として船に乗っているが、その双肩にはかつては東の島国に生きる男たちの希望や想いが乗っていた。

 よりよい未来を歩むために、全てを背負って戦った男。

 そして、その未来にたどり着いて後、全ての負債をその腹に抱えて、時代という名の荒波の中に消えた――はずだった男。


 元、明治政府重鎮――性郷隆盛。


「ははっ、相変わらずのおおふぐり。胡坐をかいていても目が行っちまう。立派なもんだねぇ。面も、股間も」


「以前の会談では、失礼のないように正座をしていたはずだが」


「そうそう、まるで座布団を二枚敷いたようになっていやがった。こいつぁてめえ、俺より面白いってことかい。大喜利じゃねえんだからよと、洒落たことするじゃねえかと思ったもんさ。いやはや」


「それは御仁の勘違いでごわす」


「やだねぇ、冗談だよ。ったく、相変わらずの堅物だ。バカは死んでも治らんが、堅物ってのも変わらねえな。たはは」


 さてとと、勝海舟。

 どっしりと大性郷の前に腰を下ろして息を吐く。

 闊達と喋っておいてご老体。やはり、船旅は堪える歳らしい。息を整えるのに随分と時間がかかっている。


 そんな彼を静かにそして凄みのある目で見守って、大性郷。

 いったい彼の来訪はどういう意図かと沈黙した。


 兄弟分の次郎長たちがすかさず勝につきそう。ようやく心地がついたのか、さぁてと再び口を開いたかと思えば、それまでのどこか好々爺とした調子はどこかに霧散していた。


 そこに居るのは最後の侍。


 江路の城を無血で開いた政治屋であった。


「お前さん、明恥政府が今なにをしようとしているか、しっかりと把握しているかい」


「もちろん。富国強壮。国を強くし、西洋列強に比肩する胆力を身に着ける。それを我らは第一としている。おいはその策に異を唱えたばかりに性難戦争で」


「バカいっちゃいけねえよ。本当に真面目な奴だねえ。やろうとしていることは間違いねえが、お前さんが言ったことは間違いだ。お前さんも大筋では、富国強壮の流れに賛成している。だからこそ、その不満分子を一か所に集めて、あえてつぶすような暴挙に出やがった」


 ごくりと大性郷の喉が鳴る。

 結果としてそうなったのと、狙ってそうなったのでは意味合いが違ってくる。

 あわや、国の窮状を憂いて在野に下った将であるはずの大性郷。

 彼に対して向けられた次郎長たちの視線が、一瞬険しいものになった。


 冷や汗が大性郷の頬を走る。


 まぁ、それはいい、と、勝は笑う。


「問題はその後さ。つまるところ、富国強壮に必要なのは近代的兵力。旧態依然とした、侍だの武士だのだってのより、上に立つ者の言うことに従ってきびきびと動く駒――軍隊ってもんが欲しかった」


「……その通りにごわす」


「家だの名誉だの身分だのよりも、国のために生き国のために死ぬ奴ら。国士だの英雄だの言えば気分はいいかもしれねえが、そいつはちょっと行き過ぎだ。いや、まだ、人が動いている間はかわいいもんだ」


「なに?」


 そこからは初耳という感じに大性郷が眉を顰める。

 さて、ここからが本題だと、また一息を入れて勝。


 彼はぎろりと新政府の要人を睨みつけて、彼が危惧しているそれを切り出した。


「おめえさんよ、からくりなんてもんに国を牛耳られてみろ。心のねえ奴らに果たして国のおもりなんぞ務まると思ってか。幾ら西洋列強に並ぶためとはいえ、そりゃ越えちゃならねえ一線って奴だよ」


「……初耳でごわす」


「だろうな。なにせ、大久派の奴も、逝藤の奴も、ムッツリーニの餓鬼もだんまり決め込んで作っていた決戦兵器だ。不満派の御旗に立とうって言い出す、危うい立ち位置のアンタには決して漏らさねえだろうよ。漏らしたならば、本当におめえさんが明恥政府を覆しちまう」


 そう言ってちょいちょいと右手を揺らす。

 キセルをよこせという仕草に、兄弟分の次郎長、気が付いてすぐに自分のを懐から取り出す。盃を交わしたからには気にならないのか、勝はそれに手早く種火を落とすと口に咥えてひと吸い。


 薄い紫煙を吐き出してとろんとした目をしながら一言。


「からくり艦隊これくしょんが来る」


 明恥政府の秘密兵器。

 広大な紅海に覇を唱えるための決戦兵器の名を彼は告げた。

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