第651話 どエルフさんとGTR開催

【前回のあらすじ】


 GTRことグレート・ティー・レース。

 産地の初摘みのお茶を、誰が一番早く届けられるかを競うそのレース。

 広く門戸が開かれているそれに参加したならば、出港を禁じられている男騎士たちも紅海に出ることができるかもしれない。


 冥府島ラ・バウルに向かうために背に腹は代えられない男騎士たち。

 なにやら刺客に腹が一物あるのは間違いないけれど、手段は選んでいられない。


 その提案受けようと、男騎士はGTRへの参加を決意するのだった。


◇ ◇ ◇ ◇


「G!! T!! R!! イン!! あーまーみー諸島!! さぁ、今年もやってまいりました、東のシーミズ八週耐久GTR、西のGTRインあーまーみー諸島と呼ばれて久しい、東の島国の伝統行事!! 今年も多くのレース参加船がここあーまーみー諸島に集まってくれました!!」


「……だぞ」


「すごい実況ですねぇ」


「リーケットさま。実況もさることながら、港に集まった船の数もすごいことになっていますよ。これだけの数が一堂に会するなんて、なかなかないことです」


「壮観よね。はー、この中から一番を目指すとか、ちょっと骨が折れる話だわ」


「……うぅむ」


「んだティト。お前、いきなりそんな難しい顔をして」


「またどうせろくでもないことでしょう。放っておきなさいよ」


 港いっぱいにひしめく遠洋航行船たち。

 男騎士たちが乗って来た海賊船よりも帆の数が多いそれらは高速輸送艇といわれるものだ。喫水域を極限まで上げて、航行による船底への抵抗を軽減したものであり、なかなかの速度で遠洋を移動できるようにできていた。


 しかしながら、その速度を得るために、高度な操船技術を要求される。

 非常にピーキーな船である。


 いわんや、このグレート・ティー・レースのために、現在持てる技術の粋を集めて、作り上げられた船だとそれは言うことはできた。


 はたしてそのことを男騎士が知る由もない。

 しかしながら、船の造りが特殊ということは一目でわかる。そんな特殊な船がずらりと港にひしめいていれば、必然、彼の心の中に穏やかならない波が立つ。


 その心境を察して、そっと寄り添うのは女エルフだ。


「大丈夫よ。アンナは歴戦の船乗りだし、こっちには紅海に詳しい次郎長だっている。もめごとになったら、切り札の性郷さんだっているんだから」


「……そうだな」


「そうだぜティトよぉ。やる前からそんなびくついてどうすんだよ。お前らしくねぇぜ。やるならやらねば。シコリンを救うんだろう。だったらやってやるしかねえじゃねえか。心配すんな、みんながついているんだ、きっとうまくいく」


 相棒と愛剣に励まされて、男騎士は少しうつむいていた視線をあげた。

 そうだなと言って船の縁に立つ。そこから再び居並ぶ高速輸送艇を見る目には、いつもの彼らしい覇気が戻っていた。


 しかし、妙な話である。

 彼らは紅海の航海に必要な許可を取り付けるためGTRへの参加を決意した。なのになぜ、そのように切羽詰まった抜き差しならない顔をするのだろうか。

 別に一位になる必要はない。ただ、冥府島ラ・バウルへ近づければいい。

 ただそれだけのはずなのに。


 そこまで深刻になる必要がなぜあるのか。

 その答えはすぐに、彼らのチームのお助け役の口から洩れた。


「しっかしまぁ、GTRかぁ。賭ける側として参加したことはあるが、実際に参加するのは初めてだなぁ。なんていったって、参加費が結構高額だからなぁ」


「なにせ優勝したチームに茶の卸値の交渉権がかかる訳ですからねぇ。そりゃ、やっきになるのは当然。茶を卸す農家からのプレッシャーも半端ない。保証金を出せと言われるのも仕方ないというもの」


「そこに加えて洋上でのバーリートゥードなやり取りーむーりー」


 そう、このレースに参加するのはタダではなかった。

 男騎士たちはレースに参加――もとい、茶の卸問屋から荷を依頼されるために、多額の保証金を納めていたのだ。


 男騎士たちは言って紅海ではまったく実績のないポッと出の海賊である。

 過去にGTRに参加して実績を上げた訳でもなければ、今回のレースに対して並々ならない意欲があるという訳ではない。


 そんな彼らに、大事な初卸の茶という積み荷を任せようというのがそもそも難しい。卸問屋との交渉は、意外なくらいに難航した。

 そして、落としどころとして、男騎士たちは多額の保証金を逆に卸問屋に納めることで、しぶしぶ荷を任せてもらったのだ。


 これが刺客が考えた、一計なのだとしたらなんともかわいらしいことか。

 なんにしても、予想外の出費であることには違いなかった。


「ほぼ、旅の資金のすべてを突っ込んでしまった。このレース、もし負けたらすぐにでも冒険者ギルドに駆け込まないと、泊まる宿屋も見つからないぞ」


「大丈夫よ、心配し過ぎ。というか、野宿なんて旅をしてたら普通のことじゃない」


「まぁ、いざとなったら、白百合女王国の国庫から出しますから。気にしないでください」


 男騎士が珍しく胃を痛めているのはその所為だった。


 金勘定の細かいところまでは頭が回らないが、本能的な生存欲求は強い男騎士である。このレースに失敗すれば、明日を生きていけるか定かではない。

 そんな不安は、彼の胃を直撃した。


 せっかく励まされて気を持ち直したばかりだというのに、苦虫をかみつぶしたような顔に戻る男騎士。


「まぁ、五位以内に入れば、保証金は帰ってくるんだから問題ないじゃない」


「だぞだぞ。大丈夫なんだぞ。高速輸送艇は、速さの代わりに安定性を犠牲にした船なんだぞ。移動中に故障したりとか、横転したりとか、意外とレースを途中脱落する船も少なくないんだぞ」


「地道にやっていればなんとかなるはずです。それほど気負わず行ってみましょう」


 各々、気軽なことを言う男騎士パーティ。

 五位なんて、そんな簡単に入れるものではないと思うのだけれど。そして、差し出した保証金はそんな生易しい額じゃないのだけれど。


 苦労人。


 ちゃらんぽらんなように見えてそこそこ冒険者として手堅い冒険をしてきた彼は、自分の身に降りかかったなかなかギャンブル性の高い状況に緊張していた。

 冒険者なのに、ちょっと違う所でびびっていた。


「エロス。いざとなったら、お前を質に入れても問題ないか」


「問題あるわ!! なに言ってんだ馬鹿野郎!! ったく、陸の上なら敵知らずだってのに、何を弱気になっているんだか!!」


 しゃきっとしろ、しゃきっと。

 相棒と愛剣がまた叱責する。


 かくして、男騎士たちのGTRが幕を上げようとしていた。

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