第652話 どエルフさんと全選手出場

【前回のあらすじ】


 グレート・ティー・レース。ついに開催。

 港に集まる数多の船たち。レースに勝つために最適化された帆船たちが港を埋め尽くすその光景に、男騎士がおもわず絶句する。


 この手の冒険事には手慣れたものな男騎士。

 けれども、今回の彼には覇気が足りない。

 それもそのはず、男騎士たちはレースに参加するに伴い、多大な保証金を払わされていたのだ。


 五位までに入れば元通り。

 入れなければ素寒貧。


 そんな状況では、いくら能天気な男騎士も、ちょっと気が気でなくなる。

 不安そうに顔をゆがめる彼を、相棒と愛剣はしゃきっとしなさいとたしなめる。


 はたして男騎士の多大な不安と共に、GTRは開催されたのだった。


◇ ◇ ◇ ◇


「さて!! 港に集まった面々についてせっかくだからご紹介してまいりましょう!!」


「……あら、なんかノリノリねここの司会」


「そりゃそうさモーラの姉御。なんてったって、GTRは東の島国での一大興行だからな。しかも西のGTRあーまーみ諸島と言われるだけあって、観客の数もなかなかだ」


 次郎長に言われて女エルフも当たりを見回す。

 すると港には、輸送船の他にも数々の一般船舶が停泊しているのが見えた。


 どうやら、このGTRを観戦する船らしい。

 デッキにひしめいている人は、軽く見積もっても百人以上はいるように見えた。


 ふむ、と、女エルフがごちる。


「なんだっけ。一気に海を進むんじゃなくて、島と島とを逐次移動して、そこでの移動時間を累積して言って順位を決めるんだっけ」


「そういうことでさぁ」


「あの観戦船は、一つ先に港を出て、中間地点で待機――それからゆるゆるとレースの終着地点まで、レース参加船と一緒に移動するって寸法でさぁ」


 なるほど考えたものねと女エルフ。


 そう、GTRはただの商習慣というだけでなく、見世物としての側面も保有している。

 さらに言ってしまえば、こうして詳しく参加者を紹介するのは他でもない。

 その船がどのような船か、どれほど勝つ見込みがあるのか、今日のコンディションはどうなのか、そういう情報が必要になってくるからに他ならない。


 要約すると。


「トトカルチョやってるってわけね」


「流石は姐さん、察しがいい!!」


「GTRでは総合優勝を予想するトトカルチョと、その日のレースの優勝を予想するトトカルチョの二つが行われます。こいつの利益が馬鹿にならないほどでかい」


「政府も一枚噛んでるんですよねー。だから、辞めようと思っても辞められない。ずぶずぶの関係。むーりぃー」


「……まっ、ギャンブルほど実入りのいい商売は世の中にはないわよね」


 どこかスレた感じで言い捨てる女エルフ。

 世間慣れしているのか、それともしていないんだか。妙な所で気の周る彼女に、次郎長たちはほへぇと変な息を吐き出した。


 そんな彼女の視線の先で、港に運営の喧しい声がこだまする。


「まずは優勝候補!! 前年度GTRあーまーみー諸島の覇者!! 復讐屋アベンジャー海運だ!! 毎年毎年、良い所で横転大破するが、ダイナミックなその走りに魅了される者は数知れず!! 区間賞は数あれど、優勝は去年が初めての静かな王者は、はたして今年も優勝することができるのか!!」


 現れたのは黒い帆に髑髏のマークが描かれた船。


 いかにも武骨で粗野そうな男が船首に立ち、天に向かって銃声を鳴らす。すると、彼の後ろに控えている、数十人のむくつけき男たちがそれに倣って銃を鳴らした。

 おもわず冒険者たちの肌にサブいぼが走る。なかなかな無頼ぶりである。


 これは要注意人物だなと、男騎士が呟く。


「続いて、やって来たのは遠い北の大陸からの使者!! 風の力にゃ頼らねえ、俺たちゃ腕一つで海路を切り開く!! くりっと巻いた竜骨が今日も天に雄々しく光る!! 荒くれども――頼まれたならば茶も運ぶ、北海傭兵団の登場だ!!」


「傭兵団!?」


「なんと。北海傭兵団と言ったら、そこそこ名の知れた傭兵団ではないですか。下手な国軍よりも精強と知られた彼らが、どうしてこんな所に?」


 同じく、彼らが乗っているのも海賊船なのだが、いささか趣が違う。


 低い船体に横に異様に狭いその船は、幾つもの櫂がその船体から伸びている。そしてそれら一つ一つを腕に抱く男たちはまぎれもなく船乗りというより戦士。数多の戦場を経験していることを感じさせる、タフガイばかりであった。


 北海傭兵団。

 男騎士たちの世界では、ちょっと名の知れた戦闘集団である。

 金を貰えればなんでもやるとは聞いていたが、まさかこんなことまでやるとはと、男騎士は喉を鳴らした。


 さらにさらに、その後も強そうな参加者の紹介が続く。


「紅海の覇者とは彼らのこと!! 古はセットウッチを支配したムーラの民の生き残り!! 浅瀬での操船技術には一日の長がある、モッリ水軍!!」


「東の島国と中央大陸を結ぶのは任せておけ!! 始めて中央大陸へと至ったのは何を隠そう私たちだ!! 船員たちがすべて義姉妹の絆で結ばれた、むくつけき海の男たちの間に咲いた百合の花!! 小野コマシスターズ!!」


「冒険と漂流は紙一重!! ここではないどこかへ行きたい!! 新しい世界を知りたい!! そんな冒険心が彼を突き動かす!! 今世紀、海図を最も広げた男が満を持してこのレースに参戦だ!! 伊能ガリバー探検隊!!」


 どいつもこいつも、良い面構えをしている。

 誰もが優勝しうるポテンシャルを持っている。そんな風格を漂わせる者たちばかりである。これは激しい戦いになるだろうと、男騎士たちは大いに心胆を寒からしめた。


 そんな中――。


「さて、ついに彼らもGTRに参戦!! 紅海の大商人と言えばこの人!! 江路えろ幕府崩壊からたったの数年で、紅海の海運業を取り仕切るまでの大商会に発展したのは、まぎれもない実力によるもの!! そう、彼らこそは――勝海舟率いる咸臨社ァ!!」


 わぁと一際歓声が大きくなる。

 そんな中、船の甲板で大手を振る白髪の老人。

 背の曲がった明らかに年季が入ったと思われる彼の横には――先日男騎士たちをGTRへと誘った、刺客が侍っていた。


 間違いない。


「……あれが、勝海舟」


 遠目にも、老人からはおおよそ常人とはかけ離れた気迫が滲み出ている。


 まさか、ありゃぁと、勝を知る次郎長たちも嘆息している。


 あれがこの紅海の覇者――勝海舟なる御仁であることは間違いなかった。


「なるほど、これが狙いか、あの刺客」


「なかなか憎い演出をしてくれるじゃないのよ」


 ここまでで一番緊張感に溢れた顔をして額に汗をにじませる男騎士と女エルフ。どうやらこのレース、波乱は必定のようである。

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