第650話 どエルフさんと海賊ティータイム

【前回のあらすじ】


 明恥政府の統制下にあり、自由な航行が行えない東の島国。しかし、その航路を唯一自由に行き来することができる方法があるという。

 GTR――グレート・ティー・レース。

 ワンコ教授が知っていたそれは、はたしてどんな性質のものなのか。


 そして明恥政府に走る電報。

 リュウ・リュウ・リュウとはいったいなんの暗号なのか。

 そして――。


「……良馬さん!! 生きていたというのか!!」


 明恥政府のカミソリこと最も不穏な雰囲気を持つ男ムッツリーニ。

 彼が動揺した理由はいったい何なのか。


 いよいよ動き出したどエルフさん第七部。

 ぐだぐだとしていましたが、冥府島へと向かう旅がいよいよ始まります。


◇ ◇ ◇ ◇


「だぞ。グレート・ティー・レースとは、中央大陸でも行われている商習慣なんだぞ。その年に採れた初摘みの茶葉を船に乗せて海を横断するレースで、レースに勝った商社が言い値でお茶を売ることができる権利だとか、各王室への優先的な納入権を手に入れられるとか、そういう特典があるレースなんだぞ」


「へぇー、まったく知らなかった」


「はじめて聞きますね」


「私が普段飲んでいるお茶に、そんな商習慣があっただなんて。まったく、知りませんでした」


【史実 グレート・ティー・レース: イギリスでかつて行われていた伝統的なレース。紅茶の産地である中国・インドから、高速遠洋艇にて喜望峰を回ってイギリス本土までお茶を届ける、その速さを競うレースである。勝者には栄誉と報酬が与えられ、当時の人々を多く熱狂させたこのレースは、まさしく大航海時代を彩る一つの華である】


 実は東の島国独特の習慣でもなんでもなく、一般的な商習慣であった。

 しかしながらエルフはこれこの通り、人間世界の決まりごとにあまり興味がないから知らないのは仕方ない。

 法王ポープにしても、俗世からは随分と離れているので、そんな慣習があることなど知る由もない。


 唯一新王女については、この商習慣の只中に居る人物である。

 そりゃ知っておかないとまずいんじゃないかというものであったが――上級界流となればこんなもの。


 据え膳上げ膳で食事のこまごまとしたものは下々のものが済ましてしまうのだ。

 毎食口にする紅茶の取引にそのような細やかな取引があるとは想像もしない。


 ふへぇと納得する男騎士たちパーティ。

 それでと、謎の刺客に話の根幹を問うたのは男騎士だった。


「そのGTRがいったい冥府島に向かうのにどう関係するというのだ?」


「……まぁ、明恥政府だって馬鹿じゃない。生活に必要な物資の流通についてまであれやこれやといちゃもんを付けて止めちまうほど度し難い考えなしじゃないってことさ」


「なるほど。お茶は何にしても必要だものね」


「特にシーミズのお茶は東の島国の特産品だ。国内外を問わずに需要がある。次郎長倶楽部の奴らも、海賊稼業の傍らに運んでいるくらいだからなぁ」


 そうなのかと次郎長たちを見る男騎士。

 セーラー服から色の薄い前開きのガウンのような服に着替えた男どもは、まぁえへへとなんだか照れたような素振りで後頭部を掻いた。


 荷を運んでいたのは間違いない。

 そして、その荷を運ぶ行為が、どうやらあまり褒められたことでないのもその反応からうかがえる。


 なるほど彼らが生まれ故郷を離れて、あーまーみー諸島という東の島国の辺境を根城にしている理由がすこしだけ分かった気がするやり取りであった。


 ふむ、と男騎士が頷いて顎先を撫でる。

 昨日死闘を繰り広げた相手だというのに、彼はもうすっかりと目の前の刺客の言葉を信頼していた。


 むしろ、拳を交えたからこそ分かるものがそこにはあった。


「なるほど。確かに茶は嗜好品だが需要のある商品だ。それを面子のためとはいえわざわざ止めるとは思われない」


「だろう。まぁそういうことだ。つまるところ茶の流通には政府も甘くなる」


「けど、それがGTRとどう関係するのよ」


 GTRがどういう意味かもわかった。

 また、茶が東の島国の特産品であり、それをむやみやたらと止める理由がないことも男騎士たちには理解できた。


 けれども、それがこの状況を打破する所に線となって繋がることはない。


 結局のところだからなんなのだ。

 知力を冒険者としての経験で補っている男騎士には、そこのところを理解することができなかった。

 女エルフにしても、人間の文化について疎いために分からなかった。


 そう、この手の話を理解できるのは――。


「だぞ!! GTRへの参加の間口は多く開かれているんだぞ!! つまり、GTRに参加してしまえば、明恥政府からの出航制限にも対抗できるかもしれないんだぞ!!」


「……なるほど!!」


「……そういうことか!!」


 男騎士パーティの頼れるブレイン。

 戦闘ではからっきし、まったく役に立たないお荷物であるが、こと謎解きでは無類の強さを発揮する考古学者――ワンコ教授であった。


 彼女は刺客の言わんとすることを即座に察した。


 そして、GTRを言い当てたその時と同じように、満足げな頷きを刺客は彼女に返す。つまりそういうことであった。


「幸いなことに、ここあーまーみー地方でも独特なお茶が栽培されていな。その出荷の時期が今日明日と迫っている。出荷先は、冥府島ラ・バウルの手前である、パープワ島。そこに向かうGTRに参加する船を募っている状況だ」


「だぞ!!」


「また、上手い具合に話が転がったわね」


「渡りに船とはまさにこのこと」


「この機を逃す手はありませんよ、ティトさん、お義姉ねえさま!!」


 さぁ、どうするねとにやつく刺客。

 親切にアドバイスをしてきたようで、彼になにやら考えがあるのはその表情から明白である。はたして、軽々しくその提案に乗ってしまって問題ないのか。


 けれども、他に手はない――。


「……ティト」


「……背に腹は代えられない。俺たちは、一刻も早く、コーネリアさんを助け出さなくてはならないのだ」


 その提案受けよう。

 男騎士が言うと、彼の前に立つ刺客はそうでなくてはと、犬歯をむき出しにして笑顔を向けるのだった。

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