第649話 ど維新獅子さんと竜の帰還

【前回のあらすじ】


 グレート・トラウトサーモン・レシピ祭り!!


 トラウトサーモンの豊作を祝うぜ!!

 グレート・トラウトサーモン・レシピ祭り!!


 いろんな料理が味わえるぜ!!

 煮てよし!!

 焼いてよし!!

 生でよし!!


 グレート・トラウトサーモン・レシピ祭り!!


 それは――東の島国で行われる秋の風物詩。

 遡上してくるトラウトサーモンを、大量GETして行われる一大フェス。

 漁師のお父さんもにっこり、お兄ちゃんもにっこり、お母さんもおばあちゃんもほっこりな、ハートフルな東の国の奇祭。


 グレート・トラウトサーモン・レシピ祭り!!


「……もう、もうやめて。私、私が悪かったから」


 グレート・トラウトサーモン・レシピ祭り!!


 女エルフの頭の中だけで繰り広げられている愉快なお祭り。

 そう、そんなものは存在しない。


 GTRとははんぞやと問われて、答えも知らないのに知っていると豪語した女エルフが苦し紛れに吐いた、あまりにもひどい回答でしかなかった。


 うん、この、絶妙に頭の悪い回答。


 流石だなどエルフさん、さすがだ。


「……なんも言えねぇ」


 とまぁ、そんなサーモンみたいな赤っ恥をさらしつつ、視線は再び維新獅子たちの方へと移動します。


 勝海舟との並々ならぬ確執があきらかになった面々。

 はたして、そんな彼らは、どのように女エルフたちの物語に絡むのか――。


◇ ◇ ◇ ◇


「とにかく、あのご老人には、我々の計画に口を出させない。出すようならば容赦はしない。小性郷よろしいか」


「……はっ、ご随意の通りに。いざとなれば、我が旗下のからくり艦隊総員出撃を持って、勝海舟殿下を止めてみせましょう」


 ムッツリーニが目を走らせる。

 まるでカミソリのような鋭さを持ったその瞳に射すくめられて、逝藤も大久派も小性郷も押し切られるようにしてそれを承認した。


 二人の間にある深い河の流れはやはりどうしようもない。

 どうあっても、ムッツリーニは勝に譲る気はないようだった。


 そんな中――。


「閣下、急な報せが軍部より入っております」


 ふすまが開いたかと思えばからくり娘が部屋に入ってくる。


 髪を見事に結い上げた、妙齢の女性を思わせるそれ。

 彼女は、機械らしからぬしなやかな所作で動いて見せると、その視線を大久派へと流した。


 急な報せとはなんだ。


 そもそも、この三人と一人の会談は、公のものではない。

 極めて私的――プライベートな会談であった。


 そこに水を差して、口をはさんでくるということは、それなりに明恥政府にとって急を要するものである。


 ムッツリーニの斬りつけるような物言いに戦慄していたのもつかの間、また違う緊張感が場に流れた。


「……申せ」


 ムッツリーニとは違う、全身から迸る気迫と共に言葉を紡いだのは大久派だ。


 大久派性介。

 ともすると西郷の共役として語られることも多いこの男は、その温和な顔立ちと背格好からして性格を誤解されやすい。

 生来、大性郷をして麒麟児と言わしめるような、余人にはない苛烈さを持ち合わせていた。


 それは、根からの腰巾着であった逝藤にも、また大久派とは違う意味での政治家であるムッツリーニとは根本的に違うモノ。


 ひりつくようなその口ぶりに、もし、やって来たのがゼンマイ仕掛けのからくり女中でなかったならば、その場に膝をついて泡を吹いていただろう。

 そんなすごみが声の底には潜んでいた。


 からくり女中が続ける。


「本日、東の海より白百合女王国所属の私掠船があーまーみー諸島に上陸。冥府島ラ・バウルへと向けて出航を企図しているという連絡が入りました」


「ラ・バウルだと?」


「ゲルシー眠る妖魔の島へ何用か。白百合女王国から、連絡は受けていないのか」


「ありません。私掠船状を持っているとは言っても、彼らは立場上はフリーの海運屋ですから。その動向に白百合女王国がどうこう言ってくることはないでしょう」


 分かり切った回答ではある。

 私掠船状の仕組みについて知らぬ大久派ではなかったし、彼らの流儀を知らない訳でもない。


 ついでに言えば、白百合女王国が現在置かれている状況についても正しく理解していたし、それを問うこと自体が無為であることも承知していた。


 どちらかと言えば、それは女中に問いかけたのではない。

 彼はそうすることで、自分に問いかけていた。


 なぜ、ラ・バウルに向かうのかと。


 冥府島ラ・バウル。

 そこは彼らにとっても特別な地であった。

 いや、戦略的な意味合いではなく、儀礼的な意味で特別な場所だったのだ。


「……西の果てのニライカナイ。魂の還る島」


「我らが魂の故郷。最果ての島ラ・バウル。そこにいったい何を求める」


「ただの森林が生い茂るだけの島だというのに。いや、恐ろしい原住民たちもいる。だが、伝承にあるだけで特筆すべきものは何もない。いったい何用だというのだ」


「……何にしても、制海権を我が政府のものとして盤石にするためには、他国のモノに勝手に行き来されては困るな」


 この場に居る男たちの総意とばかりに結論を述べたのはムッツリーニ。

 海上帝国の野望を抱く彼らにとって、その障害となりうる事態は早々に解決するべきであった。その決定で問題ないなとばかりに彼は再び眼光を鋭く光らせる。


 男たちに異論はない。

 しかし――。


「お待ちください。問題はその後になります」


「その後だと?」


「どういう意味だ?」


「白百合女王国の私掠船があーまーみー諸島に入港したことが問題ではないのか? その後も何も――」


 騒然とする男たち。


 そんな彼らの意見をものともしないのは、やはりからくりだからか。

 からくり女中は主人の言葉をさえぎって、問題である『その後』を告げる。


 そう、それこそは――。


「彼らを追って、紅海を渡ってきた者たちがいます」


「彼らを追って?」


「私掠船と同じ速さでか? よく気がつかれなかったな? というか、なぜまたそのような奇矯なことを? やはり何か白百合女王国で変事が起きているのか?」


「……彼らはこちらの国の古式水泳により、立ったまま海を渡ったといいます。そう、潮と風に乗り進む私掠船を、泳いで追いかけたのです。まるでなんでもないように、泳いでこの紅海を走破したのです」


 馬鹿なと逝藤がつぶやく。

 かっと大久派が目を見開く。

 あり得ぬと小性郷が机を叩き――。


 まさかとムッツリーニが顔を蒼白に染め上げた。


 そう、彼には心当たりがあった。


 古式泳法により広大な紅海を踏破してみせる所業。

 それを為す者たち、可能にする人物に思い当たる節があったのだ。


 だからこそ、その体が動揺に震える。

 眉間に皴が寄り、目元が歪む。


 そんなムッツリーニを見据えて、からくり娘はさらに言葉を紡ぐ。


「彼らの到着に前後して、以下の暗号文が明恥海軍の佐世保鎮守府に入りました」


 リュウ・リュウ・リュウ。


 その文言を聞いた瞬間、三傑の中で異様な存在感を放っていたムッツリーニが椅子から尻を滑らせた。


 信じられぬという顔をして、彼はからくり女中を見ている。

 そして、小水を漏らすようにちょぼりと一言を紡ぐ。


「……良馬さん!! 生きていたというのか!!」


 それは、老人の口から出たとはとても思えない、若々しい色めき立つような声色だった。


 そう、喜びの色に満ちた、政治屋に似つかわしくない人間味のある言葉だった。

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