第645話 ど維新獅子さんと最後の忠臣

【前回のあらすじ】


 無事に男騎士たちと合流を果たした女エルフ。

 彼女たちはさっそく、紅海を渡るために雇った頼りになる傭兵たちについてリーダーに説明する。すると予想外、彼らは旅の同行人、大性郷の知り合いであった。


 そして――。


「では、よろしく頼むぞ――次郎長倶楽部くんたち」


「誰が次郎長倶楽部だ!!」


「そんなおでん食うリアクション芸だけで生きている俺たちじゃねえ!!」


「……うーん!! むーりぃー!! OKじゃない牧場!!」


「「「ムッシュムラムラ!!」」」


「……うわぁ、今の子たちには絶対に伝わらない微妙なネタ」


 今や竜ちゃんばかりがピックアップされて忘れられた感のある、ダチョ〇倶楽部の古いノリを知っている男たちなのであった。

 一人、なんか違う感じのが混じってもいるが。


「いや、本題はそこじゃなくて、なんか勝海舟とかいうキーパーソンと知り合いだったってところでしょう。なんで妙な脱線した」


 さて、そんなこんなで、この一連の出来事の裏にちらほらと共通して見える顔がある。

 明恥政府側でも、なにやら危険視されているこの男。


 勝海舟とはどのような男か――。


 男騎士たちに次郎長たちが語る前に、まずは今週末も明恥政府のターン。

 東の島国を動かす男たちの語らいからはじめようかと思います。


◇ ◇ ◇ ◇


「しかし、あの勝先生がそう簡単に我らに譲るだろうか?」


江路えろ城無血開城にも、自陣に有利な条件をさんざんとつけて来た御仁だ。そう易くいくとは思えないが」


「おいは勝どんについてはよく知りもうさん、だが、兄者曰く――日の本に二人と居らぬ傑物とのこと。この国の大黒柱になれるだけの器量ある御仁と聞き及んでおり申す」


 口々に出る勝への評は、大久派おおくば逝藤いとう、小性郷のモノである。

 かつて革命の際にさんざ嘗胆を舐めさせられた相手だ。それぞれ思う所があるのだろう、苦々しい顔をして彼らは大商人――勝海舟の去就について苦言を呈した。


 それほどまでに食えない男なのだろう。


 勝海舟。


 しかしながらそんな新政府の首脳陣がこぞって頭を悩ます相手に、辛辣な物言いをする男がここに一人居た。


「たかがくたばりぞこないの老人如きに何を臆病になっている。あの男なぞは、所詮ケチな商人風情がせいぜい。天下を語る仁にあらず、襲るるに足らない」


「しかしだなムッツリーニどの」


「事実、我らはあの御仁に、嫌と言うほど苦汁を飲まされたのだ」


「貴殿らは少しばかりあの老人を恐れすぎるきらいがある。なに、どうということはない。あのくたばりぞこないが、ここから華を咲かせることなど二度とない。江路幕府の歴史に幕を引いたのがあの御仁の最期だ。それ以上の役者ではない」


 ムッツリーニである。


 戦々恐々と、旧政府の傑物である勝海舟を恐れる大久派たち。

 しかしながら一人だけ、冷めた目でそれを見つめていたのが彼だ。


 彼だけが、まるでこの話が不毛であるように、冷静に目を伏せていた。


「……まるで見てきたように申されるな、ムッツリーニどの」


 と、ここに無粋な突っ込みを入れたのは、新政府の中で年若い小性郷だ。


 なんとはない疑問のように発されたその言葉だが、しかしそれに対する応酬はなかなか厳しいものであった。まるでよく研がれたカミソリのような視線が彼に向かって飛ぶ。


 剣呑な空気に鈍い瞳の輝き。

 ムッツリーニは、若き海軍将校を睨みつけると、武人をも凌駕する威圧を放ってその場で静かに息を吐き出した。


 元帥として万余の兵を預かる小性郷。

 しかし、これにはさしもの彼も腰が引け、喉が鳴った。


 抜き差しならないその気配。

 おそらく見て来たことがあるのだろう。そう、彼は問いただすまでもなくムッツリーニの挙動から、その答えを直感した。


「勝先生は私の師匠だ。かつて彼が組織していた美少女戦士海援隊セーラーソルジャーに私もまた参加していたことがある」


「……なんと」


「初めて聞くか柔道どん。ムッツリーニどのは、元は勝先生の愛弟子。しかも美少女戦士海援隊セーラーソルジャーの副リーダーを務めただけの傑物なのだ」


 ただならぬ気配の真相はその関係性から。

 今は新政府の要人であるムッツリーニは、旧政府軍の要人である勝と抜き差しならない仲にあった。

 さらに、副リーダーとなればそれは彼の現在の立場的に、最大級の汚点となる。


 辛辣な物言いに、現在の彼の立場が関わっているのは想像に難くない。

 しかしそれにしても、どうしてそこまであしざまに過去の師匠を言うのか。

 どうにも純真無垢の気がある小性郷には、それがよく分からなかった。


 先ほど漏れた怒りには、それを説明しなくてはいけない憤りも混じっていたのだろう。


「愛弟子かどうかは知らん。俺はただ、あの時代に美少女戦士海援隊セーラーソルジャーが必要だったと感じたからそこに籍を置いたまで。しかし、必要ではないと感じたからそこを抜けた。結果、先生とは袂を分かつこととなった」


「実利主義ですな」


「柔道くん、君がもしこれから先に政治の道を歩もうと思うならば覚えておきなさい。士道において主君や国への忠義は美徳だが、こと政治においては変節こそが寛容。時勢を読んで、最も益のある手を打つことが我らのするべきことだ」


 そうだろうと同意を求める視線を大久派に求めるムッツリーニ。

 師に背いた男は、同じく、無二の友と袂を分かった男に、同じ気持ちを求めていた。


 これに大久派は無言を貫く。

 同意とも否定ともとれる、それは無臭の無言であった。

 おもしろくなさそうにムッツリーニが鼻を鳴らす。


「ともかく。勝海舟は過去の人だ。かつての幕臣たちを雇い入れ、海援隊セーラーソルジャーで培った海運の知識をもとに、貿易商として振舞っているが、あんなものは時代遅れの商いよ。柔道くん、商取引に最も必要なのは先進性だ」


「……先進性」


「より新しいもの、そして、未来を見据えて動ける人間でなければ、商人というのは務まらない。あの御仁がやっていることは、旧幕府の遺産をすり減らすだけの戯れ。だからこそ、恐れることなど何もない」


 かつての師に対してこの言いざま。

 立場から来るものもあるだろう。だが、それにしても、いささか辣言が過ぎる。

 どうしてそこまで言うのだろうか。感情的になるのだろうか。


 この場にいる誰よりも、理知的なムッツリーニのその言動に、いささか小性郷は混乱していた。ともすれば、彼に睨み返された時よりも、その混乱は大きかった。

 見かねて、大久派が言葉を継ぎ足す。


「あの男をみすみす殺されたのが、それほど憎いかムッツリーニ」


「……もちろん」


「しかし、あれは勝先生がどうこうということではないだろう」


「俺たちの言う通り、美少女戦士海援隊セーラーソルジャーを幕府から独立させていれば、あのような無茶をする必要はなかった。今でも、俺は思っているよ。大久派、お前の席に座っているのは、本来ならば彼だったと」


 かばったはずの大久派に、抜身の刀のような冷たい言葉を向けるムッツリーニ。

 たまらず、まぁまぁと間に入った逝藤。


 だが、その額には冷や汗が伝っていた。


 勝とムッツリーニ。

 かつての師と弟子の間には、今やただならぬ溝ができている。それは間違いのないことだった。そして――。


 そこにもう一人。

 その関係性を語る上で、外すことのできない人物が絡んでいるのも。

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