第644話 ど大性郷と次郎長

【前回のあらすじ】


 明恥政府の政策により、紅海で生きる術を失った海賊たち。

 そんな彼らが見出したたった一つの冴えたやり方。

 それが、海賊をやりながらやるアイドル。ヤングでクールなアイドル活動。略してヤクカツであった。


 かくして、ヤクカツおじさんとなるべく、セーラ服美中年戦隊となったかれらだったが、その野望は一人のウワキツおばさんによって破られた。


 そう、いい歳したおっさんがセーラ服を着るのはジョークで済まされる。

 けれど、いい歳したおばさんがスク水を着るのはジョークで済まされない。


 もはや企画(熟女モノ)なのだ!!


「企画(熟女モノ)じゃないわい!! エルフは三百歳過ぎてから!! スク水とか着ても大丈夫だもん!! 本当だもん!!」


 うわぁ――。


「引くな!! お前が、話の流れで着せたんじゃろうがい!!」


 とまぁ、そんなこんなはさておいて。

 ヤクカツおじさんたちの野望は、ウワキツおばさんにより見事に阻まれた。

 そして、ウワキツおばさんは倒した彼らに対して、とある取引を持ち掛けるのだった。


◇ ◇ ◇ ◇


 男騎士たちが酒場に合流すると、そこにはすっかり美中年戦隊から普通のおっさんに変わった海賊たちの姿があった。

 女エルフたちとは微塵の接点も感じられない彼らに、これはいったいと男騎士が首をかしげる。

 するとなんだか自慢げに、腕を組んで女エルフがふふんと鼻を鳴らした。


「紅海の海賊よ。冥府島へと向かう航海に必要と思ってね、まぁ、スカウトしたってわけ。アンタたちがヌーディストビーチに向かっている間に、こっちは大変だったんだから」


「そう、なのか」


「海賊。なるほど確かに、冒険者にはない危険な感じがひしひしとしますね」


 まぁ、さっきまで違う意味で危険な感じだったんだけれどねと視線をそらして呟く女エルフ。紋付き袴に扇子と、海賊とは違うがまともな格好に戻った次郎長たちは、先ほどまでの間抜けな感じを一切匂わせない、立派な侠客に変わっていた。


 そんな侠客に向かってよろしくと手を差し出す男騎士と青年騎士。


 雇い主の仲間である。

 海賊といえども礼儀を失する輩ではない。

 いやむしろ、その手の輩だからこそ礼儀についてはうるさいし折り目折り目をきっちりとつける。


 おひかえなすってぇと前口上。

 女エルフたちと初めて出会った時のようなやり取りが繰り広げられるかと思ったその時。男騎士と青年騎士の背中からひょいと顔を出した男があった。


 大性郷である。


「なんでぇ、お前さん次郎じゃねえか」


「……んぁ? あんた、確か明恥政府の?」


「山岡さんの件では世話になったな? 昵懇にしている勝さんは元気にしておられるか? いやはやなんにしても、珍しい御仁と出くわしたものだ」


「そいつはこっちの台詞だぜ。アンタ、確か死んだはずじゃァ」


「じゃっとん生きとる大性郷。海に流れて死に行く身ながら、なんの奇縁かこうして拾われて生き永らえた。まっこと、世の中というモノは分からんものじゃ」


 まさかの知り合い。


 男騎士たちを差し置いて喋り始める大性郷と次郎長。

 奇縁というのはあるものだなとぽかんとした顔つきをする男騎士の前で、だっはっはと二人はなにやら気心の知れた仲のようにお互いの肩を叩きあった。


 ふむ、となにやら思案顔をしたのは男騎士だ。


「性郷どん。この御仁たちは貴殿の知り合いかな?」


「そうじゃぁ。まぁ、知り合いと言うても、本当に一時世話になっただけじゃがのう。山岡ティッシュという、おいたちの仲間を世話してくれてのう。旧政府軍の要人にして大商人、勝海舟先生との会談が成功したのも、ひとえに山岡どんと彼らのおかげ」


「よせやい。昔の話だ水くせえ。それに、俺らも東の島国の壮士じゃ。国の大事に動かねえ、動けねえようじゃ名が廃る。ティッシュの奴を助けたのも、勝の旦那に談判したのも俺が好きでやったことさ」


 なるほど。

 二人ともさっぱりとした気性をしているのが分かるやり取りであった。


 それほど長い年月を共にした仲でもないというのに、こうして分かり合える部分があるというのは、お互いに近い部分があるからだろう。

 男騎士は、性郷と次郎長の関係性を即座に見抜いたのだった。


 その上で――きっちりと見落とすべきではないところを抑えていた。


 それは冒険者として当然のように心得ている勘。

 危機管理能力によるもの。


「勝海舟と言ったか。なるほど、やはり因縁深い」


「……うむ。ティトどん、やはりそこを聞き逃してはくれぬか」


「あん? 勝の旦那がどうかしたってのかい? 俺はあの人とは、兄弟分の盃を交わしている仲だ。何かあれば聞いてくれ、なんだって応えてみせらぁな」


 男騎士を襲った謎の刺客。

 その雇い主として名が挙がった男――勝海舟。

 荒唐無稽と思われた話の筋がここにひとつ綺麗に通った。


 謎の女装の刺客。

 謎の女装の海賊。

 そして、謎の海運王。


「今回の冒険、その勝という男を知らずに、済ますことはできないようだ。よければ、俺たちに教えてくれないか。その勝海舟という男の人となりを」


「ティトどん」


「……なにやら抜き差しならねえ事情があるのは了解した。しかし、勝の旦那は俺の身内も身内。売るような真似はちょっとできねぇ。こちらで許せる範囲内での話にはなっちまうが、それで構わないか」


 男としての威厳と貫録を背負って言う次郎長。

 先ほどまで、間抜けな格好をしていた男とは思えぬ素振りでそう言った彼に、あぁ、と男騎士はいつものお人よしの笑顔で返した。


 もっと厳しく当たればいいのにと、不満げに顔をゆがめる女エルフ。

 まぁまぁとそんな彼女をなだめるワンコ教授と法王ポープ、そして新女王。


 かくして、いったん彼らは今回の冒険のキーマンとなるであろう、謎の人物――勝海舟について話し合うこととなったのだった。


「では、よろしく頼むぞ――次郎長倶楽部くんたち」


「誰が次郎長倶楽部だ!!」


「そんなおでん食うリアクション芸だけで生きている俺たちじゃねえ!!」


「……うーん!! むーりぃー!! OKじゃない牧場!!」


「「「ムッシュムラムラ!!」」」


「……うわぁ、今の子たちには絶対に伝わらない微妙なネタ」


 日曜日の熱湯風呂的なオチをつけるのを忘れずに。

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