第646話 ど男騎士さんと勝海舟

【前回のあらすじ】


 紅海を荒らしまわる海賊、小清水次郎長たちを仲間に加えたどエルフさんたち。

 そして、そんな海賊たちと抜き差しならない関係にある大商人勝海舟。

 海賊たちも含めて、東の島国の現行政府は勝海舟の挙動に注視している。


 男騎士の命を狙ったその人物。

 はたしていかなる男なのか。


 旧幕府の要人にして、現大商人。


 彼の目的は。

 彼の役割は。

 彼の真意は。


 その辺り――。


「前回の話であきらかになるって感じで振っといて、まったく何も分からなかったじゃないのよ、バカー!!」


 すみません、という訳で今回はその補足のお話です。


◇ ◇ ◇ ◇


「東の島国は、これこの通り、小さな島の集合体。つまるところ、海運能力がこの国の肝心要となってくる。しかしながら、遠洋に出るほどの大船を使わず、小型の船を使っての往来が多かったのでごわす」


「それを、このままでは諸外国に後れを取る、なんとかしなくちゃならねえと立ち上がったのが勝の旦那よ」


 勝海舟。

 彼はただ一介の兵士の生まれでありながら、類まれなる先見の明を持ち、様々な者たちの後援を受けて幕府の要人となった。


 東の国の根幹が、海運により支えられていることを自覚していた彼は、すぐにその徹底した強化を図った。


 多くの領海を有していながら、中央大陸や北の大陸にその通行を許している。

 それは結局のところ、遠洋航海の技術が未達だからである。

 これを急速に高め、海上に強大な王国を建国しよう――。


「ナガーサキに作られた海援隊セーラーソルジャーは、そんな勝の旦那の思想に共鳴した者たちが集められた、東の島国初の本格的な遠洋航海の訓練施設だったのよ。旧政府の主導で、その参加者の多くは幕府に身を置く奴らだったが、少なからず国を抜けてまで彼の下に参じた者たちが居た」


「坂本どんとかムッツリーニどんとかでごわすな」


「……で、次郎長倶楽部よ。お前たちもその海援隊セーラーソルジャーなのか?」


「まさかぁ」


「……あっしらは単に勝の旦那と親交があるだけのヤク〇の者」


「……これは海援隊の制服を、限りなく忠実に再現しただけのユニフォーム。こすぷれえって奴です。うぅん、むーりー、というか、きーつーいー」


「今更言うこと!?」


 話を振るや早着替え。

 つるりと一瞬にしてセーラ服にミニスカートという、きっつい姿に変身する次郎長倶楽部たち。


 その変わり身の早さに、同じく、女装と早着替えについては一家言ある男騎士は、おぉと唸り声をあげた。


 なんにしても、三人揃って決めポーズを取る次郎長倶楽部。

 今回の変装もまた――最高にきついものがあった。


 女性のそれはウワキツといいつつ、一部の人間に需要があるものだ。

 だが、男のそれはもう完全にグロ画像とかの類である。

 いや、一部の人間には需要があるのかもしれないが、それでも、あまりおおっぴらに見せるものではなかった。


 というか、全体的に言って完成度が低かった。

 お見せできる感じの女装っぷりではなかった。


 まだ男騎士扮する、エルフィンガーティト子の方が、エルフに対する尊敬の念と美意識により、幾分お見せできる感じだった。


 そうは言っても、ティト子はティト子で筋骨隆々な感じ。

 一目で女装と分かり無い寄りの無しではあった。

 だが、それでもそっちの方がまだ見ていてSAN値は削られなかった。


 女装にもなんやかんやで作法というものがある。

 好きなのは構わないが、その辺りをしっかりしてほしい物だと、男騎士はため息を吐き出す。


「なるほど分かった。しかし、それだけの人物が、どうして俺の命を狙うのか」


「そいつは本当に分からねえ。勝の旦那は、軽挙に人を殺めるようなことはしねえお方だ。そもそも、江路えろ城の無血開城だって、勝の旦那が発起人だ」


「その通りにごわす。勝殿がそうそう簡単に刺客を雇うとは考えにくい。ティトどん、何か勝どのに恨まれるようなことをした覚えはありもうさんか?」


 ありもうさんかと言われてもという感じで眉根を寄せる男騎士。

 もちろん、彼にそんなものなどあるはずがない。


 そもそも、男騎士は、勝という男とは面識がないのだ。

 面識のない人間に、恨まれるも何もあったものではない。


 これは本当にとばっちり。


 まったく身に覚えがない。


 そして、理由不明の凶行としか考えられなかった。


 けれども、勝という男の人と形を聞くにつれて、そんなことを気軽にするような人物ではないとも思われる。


 既に知力が元に戻った男騎士に、事の真相について見通す力は残っていない。

 出てくるのは知恵ではなくため息ばかり。

 いささか参ったという感じで、彼は腕を組み首を捻る。


「その後、勝どんが参与していた江路幕府は、性郷どん率いる新幕府軍に政変を起こされて転覆。勝どんは、その調停交渉を行ったのを最後に引退して、今は旧幕府の仲間たちを率いて、商いに精を出している」


海援隊セーラーソルジャーで培った技術を活かして、なんとか元同僚たちを養っているみたいだ。話によれば、上様の面倒もみているらしい」


「大した人物ではないか」


 ますます、そんな男に命を狙われる理由が分からない。

 考えれば考えるほど迷宮入りする有様に、男騎士はほとほと困った。


 そう、困りに困ったその末に――。


「なんでアンタはしれっと女装してるのよ!!」


「……だぞ!? 自然にエルフィンガーティト子に!!」


「……気が付きませんでした」


「ティトさんがエルフに!? しかも、筋骨隆々なのは仕方ないにしても、妥協を許さないエルフ感!! すごいです、流石はティトさん!!」


 なぜか女装をした男騎士。

 パーティーメンバーにツッコミを入れられながらも、落ち着いた素振りで――割と見せられる女装をした男騎士は彼女たちに言った。


「……木を隠すなら森の中!! エルフを隠すならエルフの中!!」


「エルフは私しかいないじゃないの!! 隠せてないわよ!! 馬鹿!!」


「そして、なんか女装の早着替えが悔しかったので。俺も、この技術については、ちょっと人より長じているという自覚があるので」


「そんなもん自覚するな!!」


 知力が戻ればこの通り。

 シリアスな場面でとんちき繰り出す、アホに間違いなかった。


 残念だな男騎士さん、ざんねんだ。

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