第608話 ど第一王女さんと女王の器

【前回のあらすじ】


「すっかり見違えちまっただろう。これ、母さんなんだぜ」


「……嘘、でしょ」


「エリィ。ご飯はまだかえぇえぇえええ(ビブラート)」


 齢相応の認知が入った白百合女王国女王カーミラ。その姿に、思わず第一王女も女エルフたちも、そんな馬鹿なと目を剥いた。


 そう、現実とはげに残酷なり。

 いやむしろ、八十を超えて国家元首などという重責を負っている時点で、何かがおかしかったのだ。それくらいの年齢になれば、必然、ちょっとくらい曖昧になるもの。


 しかしそれでも、親の老いというのは子にとって、なかなか強烈なものがあるのだった。それはそう、何処の世界でも、どの世代でも、普遍的なテーマなのだ。


 社会派おとぼけファンタジー小説どエルフさん。

 いまさらですが、今週は感動の再会シリアス展開と思わせておいて、社会派シリアスネタで行きたいと思います。


「何が、どう、社会派というのか!! 大変な人も多いのに、こういうネタで遊ぶな!!」


 まぁ、パンツとブラで空を飛ぶ時点で、ちょっとアレでしたから。

 これくらい今更どうということはないでしょう。


「どうということあるわ!! ちょっとくらい加減してあげなさいよ!! いい齢したあばあちゃんに汚れ役なんてやらせるんじゃないの!!」


 けれどもこの現実から目を逸らしたら負けなんですよ。

 お婆ちゃんのお世話は、全人類が避けて通ることのできない話なんです。

 これに正面から立ち向かう勇気。それを、僕はこの作品を通して伝えたい。


 そう、今だからはっきりと言える。

 この小説はそのために書き続けてきたのだと――。


「んな訳あるかい!!」


◇ ◇ ◇ ◇


 なんていうことと口元を抑える第一王女。

 そんな彼女の姿に、どうしたんだい気持ちが悪いのかいと、あっけらかんとした顔で問いかける白百合女王国の女帝。


 困惑の根源だというのに、子供のような無邪気な笑顔を送る白百合女王国女王。

 無理もない。認知症だとかボケだとかは、本人の自覚とは無関係のところで発揮されるものである。

 そもそも、自分が危ういと充分認知できたならば僥倖というもの。


 大半は自分が曖昧であることや、耄碌していることに気が付かないまま、症状を発して周りに迷惑をかけることになるのだ。


 そこに加えて、なまじ悪意がないのが性質が悪い。


 当事者であるエリィとローラはもちろん。

 いずれ来るであろう養母との未来を想像してしまった女エルフ。

 既に縁者は姉より他にいないが、自分が将来そうなるのではないか、あるいは姉がそうなるのではないかと危惧する法王。

 その場に居る全員が、不安な気持ちに表情を曇らせた。


 唯一例外が一人いたが。


「……なんと!? その老婆が女王カミーラだというのか!? 馬鹿な、往時の覇気はいったいどこへ。ここまでやつれ果てるとは、いったい何があったというのだ!!」


 ハゲ修験者。

 ここ、今日に至るまで、自分たちが世話をしている老婆が、打倒するべき国家の盟主ということを知らなかった彼は、彼女の認知の重さに加えて自分の不明まで思い知らされるという二重のショックを受けていた。


 しかしながら無理もない。

 血の繋がった娘でさえも、一目でわからなかったくらいの変貌。

 赤の他人に理解しろというのがそもそもの難題なのだ。加えて女傑カミーラはその圧倒的なカリスマにより、世を統治してきた傑物。そんな彼女がボケるだなんて、いざそういう状態になってみないと、それは想像もできないことだった。


 ハゲ修験者の問い詰めるような視線。

 申し訳なさそうにそれを受け止めた第二王女は、それを話せばまた長くなるのだけれどと、ことここに至るまでの経緯を詳らかに説明するのであった。


 暗黒大陸の侵略。

 その裏に隠された、暗黒大陸盟主シュラトと女王カミーラの宿縁。

 そして、暗黒大陸の魔の手から救うために、あえて逃げた第一王女。


 全てを聞き終えてハゲ修験者。彼の瞳にはどうしたことか、憤怒の焔ではなく憐憫の涙が浮かび上がっていた。


 嗚咽が、その野太い喉仏を通って空に昇る。


「なんということ!! 女王カミーラは命をかけて、白百合女王国を守ろうとしたのか!! まして、血を分けた我が子と剣を交え、あまつさえ自我を失うようなことになるとは――まさしく傑物!! 私情を捨て、情けを捨て、運命に殉じる!! そのようなこと、余人をしてできるものではない!!」


 カミーラどの。

 すぐに叫んでハゲ修験者はボケたかつての国主の前にひざまずく。


 紡ぎ出すのは謝罪の言葉。


 さきに言った通り、梁山パークは正義の慈善団体である。その理念に合致した白百合女王国上の行動に、敬意を表さない訳がない。


 溢れんばかりの尊敬の念をもって、彼は女王の手を握り締めた。


「民の事を顧みぬ愚かな女王と勝手に思ったことを許してくだされ。貴方こそ、まっこと当世において英傑と呼ばれるにふさわしい名君。その行いに、拙者は敬意を表する」


「あらまぁ、大きなおまんじゅう。どうしましょう、食べられないわエリィ」


 絶妙なボケでそれに応えるカミーラ。

 もはや、彼女が曖昧な状態にあることは、疑う余地もなかった。


 あぁと崩れ落ちる第一王女。

 すぐさまそんな彼女の肩に手を回して、女エルフは彼女を起き上がらせた。

 第二王女も、蛇蝎の如く嫌っているにも関わらず、女エルフの行いを手伝う。


 眩しすぎる功績を持つ女王。

 その思いもよらない凋落。


「どうしましょう、ローラ」


「そう、このままカミーラがボケたままじゃ、とてもじゃないけれど白百合女王国の復活は叶わない、そう思っていた――けれど」


 ぐっと、第二王女が姉の肩を握り締める。

 そこまで悲嘆に枯れていた、この国を影から支配する者の眼には確かな生気が戻っていた。その爛爛と輝く瞳の力に、思わず向けられた第一王女が息を呑む。


 確信したという感じに、力強い顔をする第二王女。

 そこにはもう、曖昧な女王の在位ということに対する懸念は、一つだってなかった。


「子供だ、子供だと思っていたけれど、どうやら今回の戦争で一皮剥けてくれたみたいだ。私は嬉しいよ、エリザベート」


「え、どういう」


「流石はカミーラの娘だ。民のために力を尽くし、また、周りに助けを求める。それもまた女王の在り方だ。エリィ、今こそ貴方にこの白百合女王国の全てを話し、そしてその治世を委ねようと思う」


 もはや、それを言うのは第二王女ではない。


 白百合女王国の黒幕。

 長きにわたり、多くの女王たちを補佐してきた、永遠の第二王女。白百合女王国守護者の言葉であった。


「エリザベート。貴方が戴冠する時が来ました。もう貴方は、立派な女王です」

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