第607話 ど第一王女さんと運命の再会

【前回のあらすじ】


 ついに梁山パーク首魁――ハゲ修験者ことコウソンショウを追い詰めた女エルフたち。崩れ落ちる鉄のいい男。その上に倒れる彼に詰め寄り、どうしてこのようなことをしでかしたのかと、彼女たちは彼に問うた。


 しかし、返って来たのは予想外の反応。


「……なんだこれは!! こんな書状を送った覚えは我々にはない!!」


 書状により第二王女たちを脅したことを否定するハゲ修験者。

 おもわずどういうことだろうかと顔を見合わせる中、満を持して姿を現したのは――見知った声の知らない女。


「ローラ? なの?」


 白百合女王国の第二王女ローラ。

 そして、彼女に車いすを押される、女傑カーミラだった。


◇ ◇ ◇ ◇


 第一王女たちの下に送られた書状によれば、囚われの身にあるはずの第二王女ローラ。彼女の登場に、第一王女たちは当然の如く戦慄した。


 囚われの身ではなかったのか。

 どうしてこの場面で、全て見越したように出てくるのか。

 そもそも、彼女が引いている車いすに乗っているのは誰なのか。


 それよりもなによりもその姿形はなんなのか。

 なぜ男装の麗人になっているのか――。


 それだけではない、顔から体型からなにからなにまで違っているのだ。

 とても記憶の中にある第二王女の面影と、今の彼女の姿は符合しない。声色さえも確かに面影は感じさせるが、どこか調子は違っている。

 変装の域ではない。

 それは魔法。もはや変身の域にある変わり身だった。


 それなのに、だというのに第二王女だと分かってしまう。

 家族の絆というべきだろうか、姉妹の直感というべきだろうか。第二王女が第二王女だと第一王女たち姉妹には、はっきりそうだと理解することができた。それもまた、彼女の身体の変化と同じく、魔法のような不思議な繋がりに違いなかった。


 うなだれる第二王女。

 勝気な乙女の面影はもうそこにはない。


「……ごめんなさいねエリィ。こんな格好で出てきてしまって」


「本当にローラなんですね」


「えぇ、もちろん」


 哀しく微笑む彼女の仕草に何かを感じる第一王女。

 一度、第二王女が手で引いている車椅子に座る老婆を見てから、彼女は呼吸を整えると静かに妹へと近づいた。

 自分たちへの協力を無下に断った第二王女。

 突如として行方をくらまし、多くの部下を路頭に迷わせた不逞の妹。

 けれども、誰よりも早く白百合女王国の危機に立ち上がった勇気ある妹。


 梁山パークとの激突の契機となった彼女だが、その行動を恨む気にはとてもならない。まず第一王女の心の中に満ちたのは、彼女が無事であったことを喜ぶ安堵であった。

 そっと妹の手を取り、慈しむように握り締める第一王女。


 涙声交じりに吐き出したのは感謝の言葉――。


「よかった、ローラ。本当に無事で。お母様と一緒に貴方まで失うことになってしまったら――そう考えるだけでどれだけ恐ろしいことか。貴方が無事に帰って来てくれて、本当によかった」


「……エリィ」


 複雑な顔をする第二王女。

 その表情には、第一王女が知らない真実が作用していた。

 例えば彼女が今手で押している車の上の老婆。そして、自分の存在そのもの。また、梁山パークへ乗り込んだ経緯など。


 けれども、まずは彼女もまた、第一王女との無事な再会を心から喜んだ。

 姉妹の腕が背中に回る。お互いを強く抱きしめあって、二人はその存在と無事を噛み締めあった。


「ごめんなさいねエリィ。貴方のことを放り出してこんなことになってしまって」


「いいのよ。全て、私が不甲斐ないのがいけなかったの」


「まさか貴方が奮起して、梁山パークをここまで追い詰めるとは思いもしなかったわ。エリィ、もう貴方は子供じゃないのね」


「そんなこと言わないで、まるでお母さまみたい。私の方がお姉ちゃんじゃない」


 濁った笑顔を返す第二王女。

 そうではないと言っても、この状況ではすぐに信じられないだろう。

 かかる経緯について詳らかに説明するには、順序だった話が必要だ。それは、これまで幾度もこのようなやり取りを繰り返してきた第二王女自身がよく知っていた。


 その笑顔の意味に気が付く者は少ない。

 ただ一人、吸血鬼の知己がいる法王だけが、かろうじて気が付いた。


「ローラさん貴方はもしかして……」


 第一王女の言葉を制するように、第二王女が手を法王の方に向ける。

 その突然の仕草に第一王女が目を瞬かせた。不安げな姉の顔に、大丈夫と表情だけで応えると、第二王女は彼女からゆっくりと距離を取る。


 説明するのが自分の責任だとでもばかりに悟った表情をする第二王女。

 そうね、まずは何から話そうかしらともったいぶったその時。


「エリィ!! ご飯は!! ご飯はまだなのぉ!! エリィ!!」


 謎の老婆が空気も読まずに声を上げた。


 そう、まったくこのシリアスな空気を理解していないように。

 どころか、時間の感覚さえもないように。


 時は昼過ぎ。つい半刻前に、昼飯時は過ぎた頃。口の周りには香草を付けたその老婆は、皺くちゃな顔をぐにゃりと曲げて叫んでいた。


 こちらもまた顔にその面影はない。

 声もまた往時の時よりも衰えている。


 けれどもやはり家族である。


「……もしかして? ローラ、この人は!!」


「……えぇ、貴方が察している通りよ」


 どんなに姿が変わっても、血の繋がりが消えることはない。

 どんなにその王威が衰えたといっても、人間の本質的な部分が変わらない。

 なにより義理の姉妹について、姿が変わっても分かるのだ。


 実の母について分からない訳がない。


 いや、それでなくても強烈オババ。

 彼女の存在感を無視できるはずがない。

 今の今まで、口を開くまで誰だろうかと思っていたが、それでも、第一王女はようやく気が付いた。


 目の前に居るその老婆が――。


「お母さま!?」


 自分の実の母だということに。


「エリィ? あれまぁ、エリィが二人? どういうこと? シュラトも生きていたし、ここの所変なことばかりよく起こるねぇ。どういうことだい、エリィ」


「……お母さま。ですから私はローラだと、ずっと言っているでしょう」


「ローラ? エリィ? もう、どっちだって一緒みたいなもんだろう?」


 一緒じゃないですよと優しく諭す第二王女。

 その姿に、もしやも何も、第一王女は彼女の母がどういう状態にあるのかを理解した。そして、この梁山パークの中で、彼女がどういう扱いを受けていたのかも――その無駄に小綺麗な衣服や、戦う前より肥え太った体つきから察した。


 そうそれは、手厚い看護がなければ決してなりえない姿。


「まず、はじめに。梁山パークは危険な組織ではないわ。確かに、現行政府にとって代わろうとしたのは間違いないけれどそれ以前に――こんな手厚く戦災老人や孤児を世話してくれる民間組織はないわ」


「ローラ?」


「社会福祉法人格を与えてもいいくらい。梁山パーク老人ホームと言ってもいいんじゃないかしら。おかげでカミーラもこの通り、すっかり年相応の認知症老婆よ」


 年相応の認知症老婆とは。

 その瞬間、ジューン山の頂に、成層圏から降り注いだような強烈な冷風が吹き荒んだ。


 思わず真顔になる女エルフたち。

 第一王女に至っては、顔を引きつらせて青い顔をしていた。


 是非もなし。

 親のボケと老いほど、子を心の底から寒からしめるものはこの世にないのだ。

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