第566話 出雲虎と本性

【前回のあらすじ】


 どうしたことでしょう。

 男騎士は知力が足りない。


 幻惑系魔法に対する抵抗値がすこぶる低い男騎士。

 彼は出雲虎の手によりあっさりと『虎になる秘術』をかけられてしまった。


「……虎だ……虎だ……俺は虎になるのだ」


「はい、君は虎のフレンズなんですよ、ティトくん」


「……虎だにゃーん……にゃーん……にゃーん」


 そう、虎になってしまったのだ!!

 サーバル虎になってしまったのだ!!

 危険なことに!!


「猫!! だからもう!! 危険なパロディの綱渡りはやめて!!」


 そんなこんなで。

 はたしてレジスタンス梁山パークの手に堕ちた男騎士はどうなってしまうのか。

 女エルフの出番が本当にないけれど、このまま突っ走ってしまうのか。


 パロディは多いけれども、シリアスモードぶっちぎり。

 今週もピンチピンチのどエルフさんはじまります。


◇ ◇ ◇ ◇


「おい!! しっかりしろ!! ティト!! 自分を強く持て!!」


 男騎士の腰の魔剣が呼びかける。

 しかし、男騎士にはその声が届かぬほど幻惑系魔法が深く決まっている。


 そこは知力1。

 抵抗しようにもほぼほぼ素でファンブル。

 冒険者技能を加えても難しい。

 しかも抵抗判定値の高い強烈な魔法では無理もない。


 こればっかりは仕方なかった。


 意識が混濁し、胡乱な目をし、朦朧とする男騎士。

 彼に魔剣の言葉は届かない。


 そんな彼らを前にしてあははと笑う梁山パークの首領。

 不敵だがどこか憎めないその笑い。その匂い立つ魔性に、脇で侍っていた偽男騎士が少し顔色を青ざめさせた。

 畏怖、恐怖、そして同時に敬意。


 男騎士と違い、真に冒険者として自立していない偽男騎士。

 彼にとって首領の姿は決して逆らってはならない強者として映っていた。


「さて、ティントォくん。よく彼を連れてきてくれました。おかげで、また僕のⅥ号軍団ティーガーちゃんが増えました。しかもこれはリーダーになれる器ですよ」


「はっ!! もったいないお言葉です!! ついては、俺もⅥ号軍団に……」


「それは無理かなぁ」


 あっさりと申し出を却下される偽男騎士。

 首領だけあって人物を見る眼は確か。偽男騎士に戦士としての才覚がないことをどうやら出雲虎しゅつうんこは見抜いているようだった。


 そして、誰が本当にこの大陸を救った英雄なのかも。


 ほがらかとした笑いが止まり、首領の視線が偽男騎士に向かう。


「さて。では救国の英雄ティントォくんには、またパトロールをお願いしますね。作戦決行の時は近いですから。今は敵に僕たちの事情を知られるのはまずいです」


「はっ、わかりました!! こいつはどうしましょう!!」


「ティトくんにはもうちょっと強化魔法を施してみます。ここに置いていってください」


「分かりました!!」


 最敬礼でしょぼくれた顔を誤魔化す偽男騎士。

 よほど自分も親衛隊――Ⅵ号軍団ティーガーちゃんになりたいのだろう。

 顔からはなんで男騎士がという悔しさが滲み出ていた。

 それを隠せない辺りが、まだまだ彼も青臭い。


 その青さを笑うように、首領の口元が微かに吊り上がる。

 しかし、それを見ている者は誰もいない――。


 かくして偽男騎士が首領の家から退出する。

 ドアが閉まり、駆け去る彼の足音さえも聞こえなくなった頃。


「……ふぅ」


 鞄を背負った丸い目の首領はため息をこぼした。

 そのため息の意味を魔剣が考えるよりも早く。


 ぶわりと室内に風が舞ったかと思えば、首領の身体をつむじ風が包み込む。

 小旋風に包まれた首領の影。

 そのシルエットがあきらかに変わったかと思えば、巻き込まれて飛んでいた机上の書類の束がひらりひらりと元あったように机の上に落下した。


 旋風の中にある人影はかわいらしい姿からすっかりと変わってしまった。


 どこか中性的で優しい雰囲気は霧散した。

 男臭く古臭い画風になった梁山パークの首領。

 頭はつるりと禿げあがり、身体は修験服に包まれている。

 鋭くなった瞳には確かな男らしさがある。


 どこかレジスタンスの首領とは思えない、それまでの柔和な面影はもはやそこには微塵もなかった。


「やれやれ参った。まさかこんな大物が懐に飛び込んでくるとは。どんどんと当初の思惑とは違う方向に話が流れて行っている。どうしてこんなことになってしまったのか。やはり儂の不徳の致すところということか」


 手にしていた虎の剣を鞘に納めてごちる梁山パーク首領――もといハゲ修験者。

 額の脂汗を手の甲で拭い取ると、彼はうむとなんだか苦々しい顔で男騎士へと近づいたのだった。


 ぴとりと男騎士の身体に触れる。

 盛り上がった男騎士の肩の筋肉。

 その感触を指先で確かめながら、ハゲ修験者はなにかに納得したようにしきりに首を縦に振る。


「すばらしい。まさしく大英雄と呼ぶのにふさわしい肉体だ。中央大陸を救った真の大英雄の肉体とはこれほどのものとは。我が暗示にかかって意識を失ってなお、鮮烈なまでのパワーが伝わってくる。いやはや、しかし、彼を連れてきたのが、偽の大英雄というのはなんの因果か」


 ぺたりぺたりと男騎士の身体をまさぐるハゲ修験者。

 別にそういう趣味ではなさそうだが、徐々にその指先は彼の下半身へと動かされていく。背骨に沿って降りた指先が腰先のベルトを掠めた時だ。


 うんと修験者は眉根を寄せた。


 視線の先には赤い魔剣――。


「これはまさか。古に聞く大名刀――破邪の魔法剣エルフソードではないか? 彼の大英雄スコティと、その仲間であった戦士エモアが持っていたというが、どうしてそんなものを彼が持っているのだ」


「そいつはよぉ、その大英雄さまがこの男はと惚れ込んだからにきまってらぁな」


 精神魔法により意識を失っているはずの男騎士。

 しかしその腕が突然鎌首を上げる。

 かと思うとハゲ修験者の手を掴んでいた。


 すわ、なにごとかと距離を取ろうとするハゲ修験者。

 だが、男騎士の手が逃さない。


 万力のように締め付けたかと思えば次の瞬間、腕からぐるりと逆さに天へと振り上げられる。木の床に寝そべっていた男騎士が身を返す。その起き上がった際の余力でもって、ハゲ修験者に投げを仕掛けた。


 次の瞬間には文字通り立場が入れ替わっていた。

 男騎士が馬乗りになり、ハゲ修験者が床に仰向けに倒れている。


 いや。

 入れ替わっているのは立場だけではない――。


「ったく、手間取らせやがってよぉ。しかし、知力1ってのは本当に精神を乗っ取りやすくて助かるねぇ。こいつの馬鹿さ加減には、俺もたいがい呆れていたが、今回ばかりは助かったぜ」


「……馬鹿な!! 確かに我が魔法アーッスカロンが決まっていたはず!! どうしてこの魔法を破ることが!!」


「俺が重ねて魔法をかけただけよ!! かかっ、大英雄の執念なめんな――このポッと出の雑魚魔法使いが!!」


 男騎士の中身もまた入れ替わっている。


 いま、彼の身体を動かしているのは他でもない。


 その愛剣。

 魔剣エロスだった。

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