第557話 ど男騎士さんとカタコンベからの脱出

【前回のあらすじ】


 人間は辛いときには忘れられる生き物である。

 そう、辛いとき、苦しい時、悲しい時。

 人間は逃げることができる生き物である。

 逃げたっていいんだ、それが人間だから。


「テレレン♪ 浪漫飛行薬~♪ 辛かったら、逃げてもかまへんのやで!!」


「そんな薬より、婆さんの痴ほうをどうにかする薬を出してくれ!!」


 痴呆症の入ってしまった白百合女王国女王カミーラ。彼女を押し付ける見返りとして与えられたそのアイテムは、いささか理不尽な品物だった。


 安請け合い、駄目、絶対。

 男騎士は自らの人の好さを今回ばかりは呪わずにはいられないのだった。


◇ ◇ ◇ ◇


 さて。

 白百合女王国カミーラ。その介護についての委託書と、いざという時の薬を手に入れた男騎士。国王から預かったそれを背嚢に、彼は今や歩く石造となった、白百合女王国先王に先導されてカタコンベを歩いていた。


 その視線の先に明るい光が見えてくる。


「出口か!!」


 叫んだのは男騎士が腰にぶら下げている魔剣エロス。

 件の介護の話からはや一刻。悪霊を避けて避けて前に進んでいた彼らは、実際疲労困憊であった。エロスの叫ぶような口ぶりに遅れてすぐに、男騎士もどうなのだという視線を自然と歩く石造に向けていた。


 あぁと頷き立ち止まる白百合女王国先王。

 そして、彼はその場で立ち止まった。


 さぁ、行ってくれという視線だけが男騎士たちに向けられる。

 どうしたもこうしたもない。彼がそうしなくてはいけないことは、かかるこれまでのやり取りを見てきた男騎士たちからすれば、理解するのに難しくない。


「言った通り、私はこのカタコンベに魂を縛られている存在だ。これより先の領域に足を踏み込むことはできないし、君たちの旅を手助けしてやることはできない」


「……シャルル」


「まぁ、それだったら暗黒大陸が出しゃばって来た時に、とっくに助けに向かっているわなぁ。こうして女王を助けるために、わざわざティトを縁によってダンジョンの中まで呼び寄せるなんてこともしなくていいはずだ。同じ、ダンジョンに囚われていた経験のある者として、お前さんの境遇には同情するぜシャルル」


「……そう言って貰えるだけで心が少しだけ楽になる」


 白百合女王国先王が硬い顔で笑う。

 そして男騎士たちに静かに首を垂れた。


 カタコンベと同じ色をした土気色の顔の王。

 その表情を十全に伝えることはできない。しかしそんな状況にあっても、彼がどういう人と形を生前していたのか、伝わってくるようなそれは見ていて心地よい所作であった。


 ここでこの優しく威厳ある王とはお別れ。

 愉快な旅もこれにておしまい。短い旅の仲間であったが、話したこと、そして彼の思いを知った後となっては、惜別の想いはどうしても沸き起こる。


 たとえスケベパンティを穿いて自我を喪失する迷惑オババの介護を頼まれたと言ってもそこはそこ。それはそれ。

 男騎士は黒い王の手を取って、強くそれを握り締めたのだった。


「……ティトどの」


「任せてくれシャルルどの。貴方がこのカタコンベに囚われて果たせぬ思いは、必ずこの俺が果たしてみせる。だから安心してここで待っていてくれ」


「事が無事に済んだ際には、婆さんも連れてまた来てやるよ」


 いや、それはできないんだと、黒い王が寂しく微笑む。

 瞬間、男騎士たちが背を向けた光差す通路が強く光る。何事かと思うより早く、その光の中に男騎士たちは飲み込まれていた。


 歩いてもいないのに、黒塗りの王との距離がみるみると離れていく。

 なんなのか、いったい何が起きているのか。

 過去何度となく不可思議な現象には立ち会ってきた男騎士たちではある。別段、取り乱すほどの驚きはない。しかし、自分たちの身に起きている現象を上手く処理することができずに混乱はする。そんな男騎士たちに手を振って、白百合女王国のカタコンベの主は、寂しい顔をするのだった。


「このカタコンベに生者が入り込むのはそもそも不可能。魔女ペペロペの秘宝と、シュラトの血により、暗黒大陸の尖兵が紛れ込みこそしたがそれも例外なのだ」


「……では、シャルルどの!!」


「おいおい!! ちょっと、強引じゃねえのそいつは!!」


「ティトどの。たまたま、貴殿の魂が、まだ蘇生して日が浅く、この場所に引っ張りやすいからこそ、こうして我らは会うことができた。カミーラのことを任せることができた。けれども、我らの道はそもそも交わらぬ道だったのだ」


 もはや今生において自分たちが再び会うことはないだろう。

 そんな決意を言葉の端に滲ませて、王はまた寂しく笑う。


 暗き孤独の洞の中にて、確かに希望を抱きながら、偉大な王は次代の英雄にすべてを託した。託して彼らを、地上へと送り出した。


「さぁ、頼んだぞ、当世の大英雄。お前ならきっとこの世界も我が妻も、そして呪われた我が子たちも救うことができるだろう。私は信じている。その期待に報いてみせてくれ。リーナス自由騎士団の騎士ティト」


「あぁ、誓おう!! 俺が必ず!! 必ず貴殿の愛した女と、国と平和を守ってみせる!!」


「……まーた安請け合いしちまってまぁ。けど、それでなくっちゃな、お前じゃないぜティト」


 徐々に黒い点へと変わっていくモノリス男。

 白い光に包まれながら、男騎士はぐっとその手を握り締めた。

 その掌中に決して違えることのできない、男の約束があるとでもばかりに、彼は強く手を握り締めるのだった。


 決意を胸に、覚悟を表情に、そして、背中に使命を背負って。


「任せてくれシャルル!! 俺は!! 絶対に!! やってみせる!!」


「きやあああああああ!!」


 と、決めたところでお約束。

 この作品はギャグ小説。

 男騎士たちの周りを包んでいた白い光。


 それが朝靄のように徐々に消えたかと思えばそこには――。


「おひょーっ!! 裸のかわい子ちゃんたち!! なにこれ、ここは桃源郷なの!?」


「なにやっているの貴方たち!! ここがキャラバンの女子脱衣所だって分かっているの!? というか、どうやって忍び込んだのよ、この変態!! 変態!! 変態!!」


 お約束のどエルフオチが、エルフでもないのに待っているのだった。


「……ふっ、流石だなどエルフさん、さすがだ」


「なに変なこと言って誤魔化そうとしてるのよ!! ちょっとこっち来なさい!!」


 誤魔化してみたが通じない。

 すぐさま裸の女たちに取り囲まれる男騎士。

 うらやまけしからん状況なのに、今日の彼には一切余裕がなかった。

 どエルフネタにもキレがなかった。


 男騎士にとって白百合女王国はやはり鬼門なのか。

 カタコンベから脱出して早々、予期せぬピンチである。

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