第556話 ど男騎士さんと浪漫飛行薬

【前回のあらすじ】


 男騎士は白百合女王国国王から介護委託同意書を託された。

 ざんねん、男騎士はケアマネージャーとして、要介護認定を受けたオババのお世話をしなくてはならなくなった。


「……まぁ、ボケたばーちゃんの世話なんて、すすんでやりたくないわな」


「頼むから肉親でやってくれ!!」


「その肉親が頼りにならないから困っているんじゃないか!!」


 愛する女を救う感動の物語。

 と見せかけた、要介護老人の擦り付け合い。

 汚いなど国王さん、汚い。

 そして内容的にも汚い。


「ほんと、こんな流れに持って行くとは……。どうなってんの?」


 どうなってんですかね。

 作者もちょっとびっくりです。


 とはいえ、要介護・要支援の老人の世話ってのは大変で大切です。

 あまり笑いごとと思わず、明日は我が身と思っていただければ、ネタにした甲斐があったというもの。


 皆さんも、頼れるものは頼りましょう。

 公的制度、融通の利く身内、有料施設。

 なんにしても、自分が楽なように頼れるものに頼る、任せられるものに任せる。そういう割り切りが大切かと思います。作中でシャルルとティトがみぐるしいやり取りを繰り広げていますが、これもある意味では仕方なしというもの。


 くれぐれも、自分の人生を犠牲にするようなことをせず、あまりしょい込まずにやれることをやるくらいで、それでいいのではないでしょうか。


「……いや、あんた、介護とかした経験ないのに、よくそんなこと言えるわね」


 本当にね。

 とはいえ、身内だからこうでなければならない、というのはこういう抜き差しならない事情の前にはないと思います。

 人間はどうしても見栄を張って生きようとするモノですが、恥や弱さを晒してでも生きれるのもまた強さのひとつの在り方です。逃げたってかまいません。なんにしても、生きているだけで丸儲けなのですから、あまり無茶はしないに限る――と私は思います。


 とまぁ、そんな感じで。


「なんで説教くさいのよ。三十ちょっとしか生きてないのに」


 いったいどんな方向にこの話は進んでいるのか。

 どう着地するのか。作者も分からぬまま本編でございます。


◇ ◇ ◇ ◇


【ティトハドウイショヲテニイレタ。ババアノセワヲマカサレテシマッタ。カイゴレベルガ1アガッタ】


「……ォゥ」


「レベル鑑定士に問い合わせないと分からねえが、要らねえスキルを手に入れちまったなティト。ご愁傷様」


 力ない魔剣の声にしょんぼりとした顔をする男騎士。

 とはいえ前に白百合女王国女王のパンツを取り換えた時にも、男騎士の耳元でレベル妖精は囁いている。


 既に男騎士は介護技能を持っていた。


 基本的に、技能レベルの上昇は指数関数的な挙動を示す。

 レベルが低い状態ではちょっとした行動によりレベルアップしてしまうのだ。今回のように、クライアントから信頼されて仕事を任せられたりするだけで簡単に。


「極めたくない技能だったのに。どうしてこんなことになってしまったのか」


「まぁ、いつかなんかで役に立つ時がくるさ」


 介護技能がいったいどんな局面で必要になると言うのだろう。

 むしろそういう局面に遭遇した際、経験ないんでちょっと言って逃げられるように、極力技能を持ちたくなかったのに。技能レベルをあげたくなかったのに。


 そんな恨めしい感じで男騎士はため息を吐きだす。

 それから背嚢に同意書をしまい込んだ。

 一方で、もう一つ、彼は石造の王からアイテムを受け取る。


 茶色いガラス瓶に入ったそれはちゃぷちゃぷと中で音を立てている。

 液体というのは今更指摘されなくても容易に理解できた。さて、それにしてもどうして、こんなものを一緒に渡すのか。そもそもいったいなんなのか。

 これはと男騎士は躊躇なく白百合女王国の先王に瓶の中身について尋ねた。


「カミーラの介護をしてもらうのに当たって必要かなと思い用意した。私がドエルフスキーと共に冒険していた時に手に入れたマジックアイテムで、死んだときに一緒にこのカタコンベに埋葬されたものだ」


「……大丈夫なのか、それは?」


「飲む系のアイテムだと胃に来そうだな。つっても、マジックアイテムなら大丈夫な気もしないでもないが。まぁ、それよりもなによりも効能だな」


 腹を下すことよりも、それを飲んだ結果どうなるかの方が大切。


 徹底して冒険者脳。

 魔法のアイテムと聞いてまずはその効能を確かめようとする男騎士と魔剣。

 そしてそれを差し出した石造りの王――モノリス男もそこは元冒険者。

 まぁ、そういうだろうねと頷いて顎をなぞった。


「その効能を一言で表現するならば飛ぶための薬。と言っても、物理的に飛行できる訳じゃない。飲んだ瞬間に、その前後半刻ほどの記憶をすっ飛ばしてくれるアイテムだ」


「……狂化バーサークの毒薬ということか」


「いや、言うほど狂暴になる訳じゃない。どっちかっていうと、現実逃避するだけかな。その名を――浪漫飛行薬という」


【魔法アイテム 浪漫飛行薬: 服用することにより一時的に理性を蒸発させて月までぶっとぶ精神状態にすることができる薬。あきらかに効能的にはやばい奴だが、中毒性もなく違法性もないのでセーフ。嫌な時、辛いとき、裸になって地中海を泳ぎたいとき、そんなときにぐいっといっぱつ決めると翼を与えてくれる、なんともレッドライダー、ぐりふぉーんを授ける、僕は君の剣的なアイテムである】


 神妙な顔をして男騎士の肩に手をかける石造りの王。

 もし、痛みに耐えられなくなったら、この薬を飲んで自決するのだ。そんな感じの雰囲気を醸し出しながら、彼は男騎士の肩を叩いた。


「辛いときにはこれを飲んで楽になりたまえ。人間は忘れることができる生き物なのだから」


「……なおさら、そんな仕事を赤の他人に押し付けないでくれ!!」


 引き受けると言った手前嫌とは言えない。

 嫌とは言えないが、文句の一つくらいは言わないとやっていられない。


 悲痛な男騎士の叫び声が、ごわんごわんとカタコンベの中に木霊するのだった。

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