第555話 ど男騎士さんと同意書
【前回のあらすじ】
白百合女王国の地下に広がるカタコンベ。
魔神シリコーンの血を引く者たちの魂を封印するために編まれたその巨大な魔法は常にその魂を監視していた。そして、監視しているからこそ、言い切ることができた。
女傑カミーラは生きていると。
死した王と女王の魂をリソースとして、駆動し続けるカタコンベの封印魔法。愛する女のために死後の安寧を投げ出した男は、同じく、愛する者を持つ者たちに助けを求めた。彼の愛した女を救ってくれと。
白百合女王国女王カミーラを助けて欲しいと。
答えは決まっている。
「女傑カミーラの救援確かに請け負った。リーナス自由騎士団の騎士ティトが、その名において誓おう。必ず、彼女を救い出してみせる」
大陸一のお人よしにして大陸の守護者。
当世の大英雄の選択肢に断るという選択はないのだった。
◇ ◇ ◇ ◇
「それで、カミーラの居場所については分かっているのか」
「あぁ、それについては分かっている。彼女は今、梁山パークの座敷牢の奥深くに閉じ込められている」
「梁山パーク……。あれか、行きにすれ違った、よく分かんねー奴らが言ってた、白百合女王国で最近イキっていやがるっていう」
女傑カミーラの不在。
そこに付け込んで現政権の打倒を目論んでいるレジスタンス勢力。
その中でも最も組織力が高いと聞かされた梁山パーク。最も、現政権にとってかわる公算が高い彼らが、まさかのこの女帝不在の状況に加担していた。
男騎士たちの間に、言葉にならない衝撃が走った。
白百合女王国を建て直すためには、彼らの手を借りることも一つの手段かもしれない。そんな風に思っていた者たちが、実はこの混乱の元凶だったのだ。
当然――。
「許せぬ。梁山パーク。悪戯に国とその民を惑わして、自分達にとって都合のいいように操ろうなどと言語道断」
「昔から外道のすることだぜ、そういうのはよぉ。まっとうなやり方で権威ってのは覆すから筋が通るし人もついてくる。なるへそ、そうなると、何が何でもカミーラの奴を助けなくちゃならんし、梁山パークもこれ以上悪さができぬよう潰しておく必要があるな」
「いや、待ってくれ、そこにも深い事情があるんだ」
白百合女王国に満ちている陰謀。
それに触れて息巻く男騎士とエロ魔剣。
そんな彼らに申し訳ない声をかけたのは他でもないモノリス男だ。
人の形に擬態したといっても所詮は石でできた身体である。どうにもぎこちない、そしてたどたどしい素振りで、彼は義憤に燃える男騎士に待ったをかけた。
何を待たなくてはいけないのか。
梁山パーク側にも、女傑カミーラを捕えなければならない、何かしらの理由があったのだろうか。そんなものがあるとは思えないし、そもそも男騎士たちが想像したこと以外に、彼女を座敷牢に幽閉する意味が分からない。
しかし、大陸をあまねく見渡して、白百合女王国に連なる者たちの魂を、縛り付けている大魔法ならば分かることもあるのだろう。
詳しく話を聞くしかないと、男騎士たちは次のモノリス男の言葉を待った。
実は、と、次につながる言葉が重い。
「彼女はシュラトと戦うにあたり、本来の能力以上の力を使うことになってしまった。それにより、身体――主に脳に多大な負荷をかけてしまったんだ」
「……おいおい」
「……まさか」
「カミーラは生きてはいるが自分を失っている状態だ。自分が白百合女王国の女王であることも忘れている。いや、忘れているというよりもむしろ――」
ボケてしまったんだよ。
無情な響きが男騎士の耳を右から左にすっと抜けた。
人生の伴侶の口から発せられるにはいささか残酷な響きの言葉。
そして、男騎士にとってトラウマとも言える展開。
そう、フラッシュバックするのはかつての戦い。
下着一つで男騎士と戦った、あの、凄絶なるやり取り。
男期は目頭を押さえた。
ついでに耳も抑えようとしたが、それより早くモノリス男が言葉を発した。
「今、カミーラは、梁山パークで戦災老人として手厚い加護を受けているんだ。奥座敷でほぼ寝たきりの状態。何人かの親切な梁山パークのメンバーが、かいがいしく世話をしているような、そういう状況なんだよ」
「お、おぁーっ!! おぁ、おぁぁあああーっ!! 聞きたくない!! 聞きたくないぞそんな話!! というか、オチがよめてきているじゃないか!!」
「彼女はもちろん自分の名前さえも思い出せない!! 梁山パークの者たちも、あまりに変わり果てた彼女の姿に、まさか彼女がカミーラとは思っていない!! 思い違いの重なりの末に、今、こういう厄介な状態になっているんだ!!」
「なんだそれ!! そんだけ酷いボケ方をしてるってことか!!」
「……という訳でティトどの。君に頼みたいのは他でもない」
ごそごそとモノリス男が懐から取り出したのは一枚の紙切れと小瓶。
そこにはそう――。
「介護委託同意書。これを君に託す。どうかこの書類を持って、カミーラを迎えに行ってくれないかティト君。君だけが頼り――いや、君にケアマネージャーを頼みたいんだ!!」
「……待ってくれ!! 俺は大陸を守るリーナス自由騎士団の騎士ティトなのだ!! 戦うことしかできない悲しいナイト、あるいはウォーリーアー!!」
「いいやそんなことはない!! 君がパンツを着替える彼女を介助しているのを、私もこの魔法の権能でみていた!! 介護スキルについては申し分ない!! 君になら安心して妻の介護を任せられる――そう私は判断した!!」
頼むティト君と頭を下げる白百合女王国の先王。
威厳も何もかもかなぐり捨てて、頼み込む姿には憐れさえ浮かぶ。
しかし――。
「待ってくれ!! 何度も言うが俺は騎士だ!! 介護士じゃない!! そういうのはもっと他に適任者がいると思うんだ!! ちゃんと資格を持ったようなそういう人が!!」
「いやいない!! 君が恐らくナンバーワンだ!!」
「嬉しくない!! そんな暫定ナンバーワン宣言、少しも嬉しくない!!」
老人の救援はできても介護となるとまた話は違う。
助けた後のアフターケアも考えると、男騎士にはおいそれと、それを承認することはできないのだった。
それはそれ、これはこれであった。
「……まぁ、ボケたばーちゃんの世話なんて、すすんでやりたくないわな」
「頼むから肉親でやってくれ!!」
「その肉親が頼りにならないから困っているんじゃないか!! 反抗期のシュラトとそりの合わないエリザベート!! 君に任せた方がよっぽど――」
「いやだぁああああ!! ノーモアオババァ!!」
異世界でも老人の介護事情はややっこしいことこの上ないのであった。
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