第548話 ど男騎士さんと壁の正体
【前回のあらすじ】
名前に相違なく男らしさ満開のモノリス男――パンモロ。
しかし、同じ物体に魂を固着させた存在の魔剣エロスは、彼のそんな男らしさに警戒を示した。その一方で、彼の正体について何かを察したようであった。
そんな緊迫する場面で、突然に男騎士達の前に暗黒大陸の残党が姿を現す。
「すまない!! 壁役は任せてくれて構わないが、攻撃の方は頼む!!」
「任せてくれ、パン・モロ!!」
久しぶりの戦闘パート。
まさしく壁。期待できる防御力。モノリス男と男騎士による、オークとの戦闘が始まった。
◇ ◇ ◇ ◇
イニシアチブを先にとったのは男騎士の方である。
暗黒大陸との激闘時点で戦士技能レベルは既に8であった。そこに加えて、戦士技能レベル10の大英雄――スコティの魂が宿っている魔剣エロスを持っている。
海千山千のオークたちに戦いにおいて遅れをとるはずもない。
男騎士の剣閃はまず真っ先に、先頭へと飛び出してきたオークの喉仏を、下からの切り上げにもかかわらず粉砕した。
血反吐をまき散らしながらその場に崩れ落ちるオーク。
しかし、その影から、大上段に棍棒を構えたオークが迫る。
振り上げた剣の切っ先を微妙に避けて襲い来る攻撃。無防備になった男騎士の腕に向かって、オークの棍棒は狙いすまされて振り下ろされた。
しかし――。
「させぬ!!
黒い壁がにょきっと地面から現れた。
かと思うとオークの棍棒を受け止める。まったく回り込めるような隙間はない。
しかし、そこに自然とモノリス男は回り込んだ。
まるで魔法のように飛び出したその姿。
男騎士は戦闘中にもかかわらずにわかに動揺した。
だが、彼より動揺したのは攻撃をしかけようとしたオークの方だ。
突然の壁の出現にテンポを崩される。十分な加速を付けられなった棍棒は、ごつりと鈍い音を立ててモノリス男の黒光りする体に弾かれた。
攻撃の無効化。
更に、それがオークの心に隙を生む。
くそうとごちったが最後。その言葉を紡ぐための口と肺腑を繋ぐ気道は、モノリス男を足にして剣を構え直した男騎士の横薙ぎの一閃により断絶された。
「……お見事」
呟いたのはモノリス男である。
生前は冒険者だったという彼は、声色だけであったが男騎士のその太刀筋に心胆寒からしめている様子だった。
おそらく、彼は生前男騎士ほどの境地に至るほどの使い手ではなかった。
だが、彼の技量が分かるほどの使い手ではあったのだろう。
その言葉に反応するよりも早く、今度は得意の大上段。
瞬く間に仲間二人を倒されて、困惑している斧を持ったオークに、男騎士が裂帛の気合と共にいつものそれを放った。
「バイスラッシュ!!」
上段唐竹割り。
真っ二つ。
まるで魚をおろすよう。
頭の先から股間の先まで、肋骨の合間と腸を裂いて切り下げられたオークは、怨嗟の言葉をこの世に残す間もなくその場で絶命した。
そこからはもう一方的である。
比較的少数だったというのもあるだろう。それにしても、ただの一度も体に攻撃を受けることなく、男騎士はオークをなで斬りにしてみせた。
はぁ、と、ため息が満ちたのは、会敵から十も数え切らない時だった。
「なんて見事な剣捌きだ。すごいな、こんな大英雄のような立ち回りを見せる冒険者、俺は久しぶりに見たよ」
「……ほう?」
「久しぶり?」
これに反応したのは魔剣、そして男騎士であった。
素で言ったのだろう。
モノリス男はとくにその反応を受けて、しまったなどとは口走らない。
しかし、確実に墓穴を掘っていた。
男騎士レベルの戦士技能を持った冒険者はそうそう居ない。
更に言うならば、戦士技能8以上を持った冒険者は、この二百年に渡ってたったの三人しか現れていない。
目の前の男騎士。
そして、彼が手に持っている魔剣エロス。
最後に一人――。
「その前に見た冒険者っていうのは、団子鼻のドワーフ男。しかも、エルフ好きの変わり者じゃなかったか?」
「おぉ!! 知っているのか、我が朋友ドエルフスキーを!!」
大英雄のお供にして、彼がバビブの塔に囚われて後も冒険者として世界を巡っていた男しかいない。
ドワーフ男。
英雄エモア。
彼以外にその域の戦士技能を持つ者はいないだろう。
そして、その推理が正しいことはすぐに証明された。
少しの躊躇も警戒もなくモノリス男の言葉によって。
世間は狭いというべきか。
いやはやそれよりも、あのドワーフの顔が広すぎるというべきか。
なんにしても、カカと魔剣は乾いた笑いをカタコンベの中に響かせる。
「なるほど、やっぱりそういうことか。エモアから俺さまのことも聞いていたんだな。だからこっちが拍子抜けするくらい自然に正体を言い当てやがった」
「……ややっ。大英雄どのはどうやら勘もいいらしい。参ったな、俺は今回特に恩を売るつもりはなかったんだけれども」
「恩よりも罪悪感の方が大きいんだろう。なにせ、てめぇの息子のせいで、ここまでの大混乱が世界に巻き起こっているんだからな。やれやれ、しっかしまぁ、白百合女王国の王族っていうのは、女から男から皆揃ってこうなのかい。死んでなお、まだ責任感じてこんな迷宮を編み上げるなんてよう」
何を言っているんだと、知力1の男戦士が察しの悪いことを言う。
それに、大英雄とはまた異なるはっはっはという威厳の籠った笑い声でモノリス男が返事をした。
「待て、まったく意味が分からない。貴殿はパン・モロではないのか?」
「そうでありそうでない。嘘は言っていないさ。都合のいい真実だけを吐き続けて、この場を穏便に済まそうと思ったんだが、どうやら大英雄さまは誰もかれもそうはさせてくれないみたいだ。流石はドエルフスキーが負けを認めた男だ」
「ぬっはっは。そうとも、俺さまこそ英雄の中の大英雄。そんな俺に向かって、万が一にもペテンが通じるなんて思ったのがそもそも間違いだ。そして、そんな遠慮することはねえぜ。俺たちは結局被害者なんだからな」
なぁ、王様。
その言葉を魔剣が吐き出したきり、カタコンベの中に、なんだか寒々しい沈黙が満ちた。
誰もそれを否定はしない。
沈黙は肯定の意を含んでいた。
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