第544話 どカタコンベとど男騎士さん
【前回のあらすじ】
女エルフの説得により、自分の義妹たちを信じることを決意した第一王女。
まずは第二王女に声をかけようとしたその時――。
「……あれ? そう言えば、ティトさんの姿が見えませんが?」
なんだかいつもだったら、エルフィンガーティト子モードに突入して、煩く言って来そうな男騎士。
しかし、そんな彼が妙に今日は静かだ。
そんな違和感から、辺りを見渡せば。
そこに居るはずの彼が何故か忽然と姿を消していた。
男騎士、突然の失踪。
はたして彼はどうしてその姿を消したのか。
なんでこのタイミングで何も言わずにいなくなったのか。
混乱する女エルフたちを余所に――。
「……ここは?」
白百合女王国では基本単独行動。
男騎士、流浪編はじまります。
◇ ◇ ◇ ◇
男騎士が目を覚ましたのは仄暗いの洞窟の中であった。太陽の光は届かない。どころか人の喧騒さえも聞こえてこないような地中深く。
いったいどうしてそんな場所に、自分が移動してしまったのか。
移動しなくてはいけなかったのか。
そもそもそんな移動をする気はなかったのに、どうして移動しているのか。
いろいろと考えながらとりあえず男騎士は身を起こした。
装備周りに特に変化はない。
ついさきほどまで、女エルフたちと一緒に、白百合女王国の街中を歩いていた姿となんら変わりはない。腰に穿いている魔剣エロスさえもそのままだ。
もし、自分が何かの組織に拉致されたり、陰謀に巻き込まれたのだとしたら、真っ先に腰の武器や、身に着けている防具を脱がされていることだろう。
「ラッキースケベはなしか。ふむ、しかし、なればこそこれはいかに」
「おめーティト。ちょっと気を付けろよな。一度死んでるんだから、こういうのに引っ張られやすくなっているんだよ」
「引っ張られる?」
声を上げたのは彼の愛剣。
魔剣エロスである。
昏倒していた男騎士と違って、どうやらここに至るまで明瞭な意識を保っていたらしいエロ魔剣。彼は、なんだかしちめんどくさそうに舌打ちすると、男騎士に対して説教じみた説明を始めた。
「いいか、お前は暗黒大陸との戦いで酷いダメージを受けた。いや、もう直接的にいっちまおう。死にかけちまった。俺様と同じ領域にまで一度足を突っ込んだ。それがどういうことか分かるか?」
「……分からん」
「だよな。そうだよな。こういうのは、冒険で何度も死にかけて、実際に死んで、死に戻った人間にしか分からない感覚だ。いしのなかにいるって言ってなァ。転移魔法を食らったんだよ。それも霊的な奴をな。まぁ、なんだ。つまるところ、俺たちはそういう摩訶不思議な力によって引っ張られやすくなってるんだ」
言っている意味が分からない。
そんなウィザー〇リィの転移魔法が失敗したようなことに、一度死にかけたくらいでなんでなってしまうのだろうか。むしろ、それならば灰になってしまうことのほうが、よっぽど男騎士の状態としては近いのではないだろうか。
言っている意味が分からないという感じに首をかしげる男騎士。
そんな彼の背後に。
――ひたり、冷たい何かが触れた。
咄嗟に振り返る男戦士。
するとそこには。
「……おとーさんだぁ」
「……みてぇ、みんな、おとーさんだよぉ」
「おとーさん」
「おとぉさん」
「おとさん」
「おーとーさぁーん」
仄暗い洞窟の中に立ち込めるのは白色の瘴気。
白く輝くその姿はまさしく霊魂。
突然湧きあがったのは少年少女の霊達だ。彼らは生前の様子を感じさせる、なんとも陽気な顔つきと、それを台無しにする真っ黒な目で男騎士を眺めていた。
思わず口の中に舌が滑り落ちそうになる。
たまらず引き抜いた魔剣エロスで、男騎士は彼らを薙ぎ払っていた。
「やめてよ、おとーさん」
「ひどいこと、しないで」
「おとーさん」
「おとぉさーん」
「すてないでぇー」
ゴーストか、それともスピリットか、あるいは精霊のいたずらか。なんにしても、ただの戦士であり、魔法技能を持たない男戦士にそれに抗する力はない。
ただ一つ。
同じく霊をその身に宿している魔剣エロスを振るえば、まるでバターでも斬る様に、彼らの姿を裂くことはできた。
だがしかし、相手は霊体。
剣によりかき乱されたとしても、かき混ぜられたとしても、しばらくすると元の姿に戻ってしまう。
「これは!! いったい!!」
「引きずり込まれたんだよ。こいつらによってな。白百合女王国の地下にあるカタコンベの中に。まったく、厄介なことになっちまったぜ」
「カタコンベ!?」
「そうさ。大方、白百合女王国の王族に連なる者たちの死体と、葬った王子たちを納めるための地下大迷宮さね。そいつに、不安定だったお前の魂がひきつけられて、こうして瞬間転移させられちまったって訳だ」
事情は把握できたかと言うインテリジェンスソード。
そこは流石の男騎士。
冒険の数々を重ねてきている。
こうして実例を前にすれば状況を把握するのは早かった。
迫りくる子供の霊達を前に剣を構える――。
「ふっ、どうやら何か勘違いしているようだな。俺はお前たちのお父さんなどではない。そう、俺こそは、いえ、私こそは――」
とうと衣装を宙に向かって放り出す。
もはや目にも止まらぬ早着替え。
コンマ何秒の世界で女装した男騎士は、きらりと目を光らせて、その長い金色のウィッグを流したのだった。
「エルフィンガーティト子!! パパではない!! 俺がママだ!!」
絶句する、霊たち。
静まり返るカタコンベ。
そして、あちゃーとため息を吐く魔剣エロス。
次の瞬間、闇に満たされたカタコンベに響き渡ったのは。
「ふざっけんな、このクソババァー!!」
「ぶっ〇してやるぅうう!!」
「マザー〇ァッカー!!」
聞くに堪えない罵詈雑言。
そして、それとは別に沸き起こる、霊障現象。
ガタリガタリと震えるカタコンベ。
たまらず――。
「これはまずい」
「戦略的撤退!! 撤退だ!! だぁもう、何やってんだよティト!!」
男騎士たちはその場から逃げ出した。
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