第512話 出てきた!! アンタはど九尾さん!!

【前回のあらすじ】


 炸裂する呪いの変換スペル・マイグレーション

 白濁の海に沈むドワーフの戦士エモア。

 絵面的には死んでいるが、なんとか生きててほっとする一同を余所に、暗黒の積乱雲が彼らの頭上に渦巻いた。


 その渦中から顔を出すのはこの争いの原因となったモノ。


「魔神!!」


「おでましか、シリコーン!! 二百年ぶりだな、この野郎!!」


 魔神シリコーンであった。


◇ ◇ ◇ ◇


 魔神シリコーン。

 その体はまさしく衝撃的な桃色をしていた。

 そしてその体には大きな大きな虚無へと続く穴が開いている。


 肉の柱かあるいは筒か。それはでろりと暗黒の積乱雲の中からぬめり落ちると、びちりびりちとその場でのたうった。


 かつて男騎士たちが攻略したバビブの塔よりいくらか小さいそれは、人間の知覚の外にあるまさしく神。自らの正気を疑いたくなる、圧倒的な威容を放つそれは、誰の目にもラスボスであることが明白であった。


 魔神柱。

 いや、魔神穴ホール・オブ・オナー


 今ここに、この世界最悪の神が顕現した。


 同時に、倒れたペペロペの身体が桃色に発光する。

 魔神シリコーンの巫女として、その庇護を受けている彼女は、その庇護者たる魔神の登場により、これまでの戦いも虚しく、瞬く間に復活を果たしたのだった。


 宙を舞い、破れた衣服を再生させながら、魔神の前へと向かう魔女ペペロペ。

 彼女は復活もそこそこに、自ら仕える神に目を剥いて声をかけた。


「魔神さま!! 何故ここに!!」


『たわけが。お主たちが腑抜けなばかりに【漢祭】を発動させ、忌々しきオッサムたちの使者、スコティが復活したのではないか。その尻拭いに、我が自ら重い腰を上げただけのこと』


「しかし、魔神さま!! まだシュラトが居ります、我らは戦えます!!」


『黙れペペロペ!! この地に我が権能が及ぶのは、シュラトの暗黒剣の効果があってのこと!! 元より、お前たちに期待などしておらぬ!! この侵略を始めた時より、我自らがこの地に顕現する――それが目的よ!!』


 そんな、と、絶句する大魔女。

 自らが信じる主に裏切られたことがショックなのだろう。割り切ることができないという表情で、彼女はそびえたつピンクの肉柱を見上げていた。


 その一方で――。


「なるほど、それが本当の狙いだった訳ね!! 魔神シリコーン!!」


 大僧侶は男騎士たち陣営の中で、その真意をただ一人素早く見抜いた。

 どういうことですかと、すぐに法王が祭壇の上から彼に向かって説明を求める。

 仰ぎ見られてかつての大英雄パーティの頭脳役は、真面目な顔で祭壇上の彼女と女エルフたちに語りだした。


「神々は、彼らを崇め奉る者たちの信仰によって力を得るわ。より強い信仰が、神々により強い力を与えるのよ。それはリーケット、貴方も教会に所属している身だからよく分かるわよね」


「はい。それは、もちろん」


「私たちは、神の奇跡を人々に広める一方で、畏敬の念も広めていた。それが結局、我らの崇める神々の力に巡り巡ってなるからよ。教会の設立理念はそこよ。ただの慈善事業で私たちもやっている訳じゃないの。もっとも、我らが戴く海母神マーチさまは、そのような方ではないけれど」


「……しかし、それと魔神シリコーンの登場になんの因果関係が」


 あるのだろうかと問おうとして、法王も思い至った。

 だがそれよりも早く、彼女の姉の方がその真の狙いに気が付いて声を荒げた。


「魔神を崇める暗黒大陸の者たち。その魂を中央大陸に呼び込むことで、魔神シリコーンは自身への信仰をこの大陸で一時的に高めたということですね」


「その通りよォん、コーネリア!! 姉妹揃って話が早くて助かるわ!!」


「……そんな。では、もとより、魔神シリコーンは、直接中央大陸の人々を攻撃しようとしていたのですか。それは、神のあり様として許されることなのですか」


 少なくとも、人類に対して不干渉とすることを取り決めた、創造神や海母神たちの理念からは大きく外れることになる。もちろん、海母神はこうして教会を通すことで、人間たちを救ってはいるが――それはそれである。


 彼らの多くは人間から請われない限り、そして、与えた試練を達成しない限り、積極的に彼らに関わろうということはしない。


 しかし、魔神はその約定を破り、暗黒大陸に直接的な介入を行っていた。

 戦禍を起こし、そこに住む者たちを相争わせ、負の感情を彼の大地に巻き起こしていた。そして、畏敬と畏怖の感情により、その力を更に増していった。


 それをまた、彼はこの中央大陸でもやろうとしている。


 法王の錫杖を握り締める手に力が入る。


「なんということ!! 許せません、魔神シリコーン!!」


「人の営み、我らの行く道を見定めるため、神々は大地を去って隠棲したわ。そして、世界を人の手に委ねたの。けれども、魔神シリコーン。あれだけはまだ、この世界を自分の思うがままに操ろうとしている」


「許し難い邪悪!! まさしく、魔神!!」


『なんとでも言うがいい、小さき者たちよ――』


 ふははと魔神の高笑いが暗黒の雲がたなびく空に木霊する。

 悔しさに、法王も、その姉も唇を噛み締めていた。


 神が出てて来ては、人間の身である彼女たちにできることなど知れている。

 このまま自分たちは魔神の力に屈するのか。


 男騎士が拳を握り締める。

 女修道士シスターとその妹である法王ポープが手を取り合う。

 だぞぉとワンコ教授があきらめのため息を吐く。

 第一王女が悔しさに顔を歪める。


 その時――。


「まだよ!! まだ諦めるには早いわ!!」


「モーラさん!!」


「魔神シリコーンが人間たちの営みに直接介入することを決意したように、海母神マーチもまた、私たちに肩入れすることを約束してくれたわ!! 今こそ、彼女の力を借りる時よ!!」


 再び、女エルフが服に手をかける。


 魔界天使白スク水

 ウワキツな格好に変じて、クラスをチェンジしようとする。

 海母神マーチの力を受けて、メイクアップイアイアしようとしたまさにその時――。


「だぞ!! アレはなんなんだぞ!!」


「えぇっ!?」


「なにっ!?」


「あっ!? あれは!?」


 暗黒の積乱雲が揺れる空を指さしてワンコ教授が叫ぶ。

 その視線の先にあるのは――。


 空飛ぶ、黄色い九つの尻尾であった。


「「「「「なんなんだアレは!?」」」」」


 男騎士たち一同が目を剥いて狼狽える。

 それはあまりに目に馴染みのない光景。

 そして、これまでのストーリーで伏線もなにもなく、いきなり差し込まれた唐突なご都合展開。それは、そういう素っ頓狂な声を上げてもしかたなかった。


 ただ。

 なんにしても。


「だから!! こっちが覚悟決めた瞬間に梯子外すのやめて!!」


 ――女エルフ。またしても脱ぎ損であった。

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