第511話 魔神シリコーンと降臨

【前回のあらすじ】


 自分で魔法の名前を付けておいて、連呼されてキレるとか、流石だなどエルフさん、さすがだ。


「アンタが面白がってこんな変な名前にしたんでしょう!! 作者!!」


 みんな、真面目にやってるんですよ。

 恥ずかしくないんですか。

 貴方のお養母かあさんのために体を張ってる仲間や伝説の大英雄たちに対して、なんて恥ずかしい魔法を造ってしまったんだと、恥ずかしくないんですか。


「恥ずかしいわ!! いいから早く本編行って!! お願いだから!!」


 はいはい、本当、流石だなどエルフさん、さすがだ。

 クライマックスまでこんな調子なんだから――。


◇ ◇ ◇ ◇


 白濁破壊汁が戦場を駆け抜ける。

 粘性と凄まじい勢いを伴ったそれはそう――まるで二週間ほど我慢に我慢を重ねて放った何かのようであった。何かについて、具体的に言うことは避けるが、そう、男ならば分かっていただける勢いかつねばこい何かであった。


 描写のいかがわしさはともあれ、とんでもない速さと質量を伴って女エルフの魔法は彼女の養母へと向かう。直接射撃。しかも空気抵抗による弾道の浮き上がりがないそれは、すぐに大英雄の背中へと迫った。


「甘いわ!! セレヴィの娘!! 二度同じ魔法が私に通じると――!!」


「そいつぁどうかな!!」


 大英雄スコティ。

 背後から迫る白濁破壊汁を避けるべく屈んだかに見えたその時だ。彼は青い剣を両手で振るった。


 刀身に手を添えた軽い一振り。

 とても人を断ち切ることなどできない、軽いその斬撃であったが――。


 大魔女ペペロペの足元を切り裂くだけの威力はあった。


 その刃先が彼女が履いているブーツを断つ。


 布切れに変える。

 糸くずに変える。

 塵芥へと裁断する。


 よもやそのような攻撃を仕掛けてくるとは思っていなかったのだろう、再びペペロペの顔が恐怖に引きつった。


 いや、引きつったのは顔だけではない。


「そんな!? いや、まさか!!」


「見ているんだろうセレヴィ!! お前の娘が人生を賭けてお前を助けにやって来てくれているんだぜ!! 応えてやれよ!! それが母の務めだろう!!」


 魔女ペペロペの呪いの効果が薄まったその足元。

 それが浮き立つことはない。


 しっかりと、その二つの足はその場に踏みとどまった。


 刹那の出来事。

 まさしく、瞬間的な足止め。

 サイドステップで白濁破壊汁を避けようとしていた大魔女の思惑をくじく痛打。


 それまで彼の魔女の支配下にあった女エルフの養母の身体。

 それが、かつて愛した男の声に応えて、彼女の娘の声に応えて、はじめて大魔女の呪いに抗って動いたのだ。


 いや、むしろこの時を待っていたと言っていい。

 彼の魔女に確実に逆らうことのできるその時を。


「くっそぉっ!! やってくれたなぁ!! スコティ!! セレヴィ!!」


「そりゃこっちの台詞だ!! 喰らいなこの厄魔女!! これが、俺たちが、そしてセレヴィの娘が、待ち望んだ瞬間だ!!」


 転移魔法で逃げようと杖を掲げたペペロペ。

 しかし、その手に向かって鞭が伸びる。


 その持ち主は、大英雄たちの荷物番。

 再び、魔狼をかつて戒めた神鉄の鎖ドローミを取り出して、彼は魔女から杖を奪い取った。


 まだとあがく彼女の身体を、更に血の鎖が戒める。

 そして、その背中から直接、ドワーフ男が羽交い絞める。


「なぁ!? 貴様、エモアァ!!」


「逃さねえぜペペロペよぉ!!」


「貴方!? 白濁破壊汁が迫っているのよ!! たとえ呪われていないにしてもあんなものを男の身で浴びようだなんて――正気なの!?」


「呪いなら、とっくの昔にかかってるさ」


 そう言ってドワーフ男はかつての仲間――大英雄へと視線を向ける。

 同じ女を愛した男だけが分かる、それは悲しいやりとりだった。


 だが、ドワーフ男はそれを秘めると決めた男。目の前の死せし大英雄と彼女の幸せを願って身を引いた者。だからこそ、死ぬることに迷いはなかった。


 白濁破壊汁おおいに結構。

 受け止めてみせようと、ドワーフ男は団子鼻を鳴らした。


 盛り上がる筋肉。

 丸太のような腕と脚で、四肢を拘束された魔女セレヴィ。

 振り返ることもできず、迫る白濁破壊汁に晒されることになった彼女は――。


「い……いやぁああああああッ!!」


 無様な叫び声と共に、その奔流に飲み込まれた。


 魔女の怨念が籠められた下着が、白濁破壊汁によって浄化されていく。


 漂白とでもいえばいいのだろうか。

 どす黒い思念がしみ出して、そして、空気の中へと放たれていく。

 大魔女の身体を覆っていた禍々しい気配はついに薄れた。


 白濁破壊汁により、しとどに濡れそぼった女エルフの養母。


 そして、ドワーフ男の最後っ屁。

 小凄い勢いの浄化魔法の奔流を彼も身に受けながら、なんとか二の足で彼は立った。そして意識を失い倒れる大魔女を優しくその場に横たえた。


 その手を握り締め、そして涙ぐんでから、ドワーフ男はゆっくりと、彼女に背中を向けて前のめりに倒れたのだった。


 男の散り様だった。


「……ど、ドエルフスキー!!」


「……エモア」


「あんた、馬鹿よ、エモア。本当に、どうしようもない大馬鹿野郎よ」


 力尽きて倒れるドワーフの戦士。

 愛した女のためにその人生を捧げた男の最後。

 その生きざまを前に涙ぐむ男騎士と彼の仲間たち。


 白濁職の汁溜まりの中で倒れる彼を誰もが見ていた。そのやりとげた男の姿に崇敬の視線を送っていた。


 だが――。


「……勝手に殺すなよ。馬鹿野郎」


 白濁色の液溜まりの中から腕を上げて親指を立てる。

 ドワーフ男は前のめりに倒れたが、それでもまだ生きていた。


 感動を返せなんて野暮なことは言わない。

 皆が彼の名前を呼んだ。


 そう、皆が――。


「……エモア?」


「……セレヴィ?」


 彼の魔女に操られていた時とは違う優しい声色。

 愛しい女の声が倒れたドワーフ男の耳に届く。


 大英雄の耳にも届く。

 大僧侶も、荷物番もその声を聞き逃さなかった。


 彼らが沸き立つその中で――。


「待って!! まだよ!!」


 一度まんまと騙された女エルフが叫ぶ。


 その時だ。

 雷鳴と共に、中央大陸の空に黒い積乱雲が突如として巻き起こった――。


『やれやれ。ペペロペの呪いを無効化するとはな。おかげで、余が自ら暗黒大陸から、ペペロペの遺物を持って来なければならなくなったではないか――』


 どう責任を取ってくれると、厳かな声が天上に木霊する。

 暗黒の空から、そのピンク色をしたそれは、でろりと顔――のような穴を見せて、こちらを伺っていた。


 そう、それこそは。

 暗黒大陸を統べる恐怖の魔神。

 全ての元凶にして、この世界を脅かす神。


「魔神!!」


「おでましか、シリコーン!! 二百年ぶりだな、この野郎!!」


 魔神シリコーン。

 顕現である。

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