第501話 ど暗黒騎士さんとど男騎士さん

【前回のあらすじ】


 まぁ、なんだかんだとありましたが。

 いよいよ、満を持して暗黒大陸死闘編――クライマックス突入です。


 どエルフらしからぬシリアスにシリアスな展開が、これから続くと思われますがどうか最後の最後までお付き合いをお願いいたします。


◇ ◇ ◇ ◇


「……暗黒騎士!!」


「……シュラト!!」


 そう呟いたのは壁の魔法騎士と女軍師。

 伝説の戦士達の参戦に気が緩んでいた彼らを、一瞬で奈落の底へと叩き落すように、その漆黒の鎧を着た男は突然に現れた。


 かつての大英雄。

 そして、伝説の剣による斬撃を、訳もなく受け止める暗黒騎士。

 涼し気にその黒髪を揺らして、彼は手にした一振りのショートソード――暗黒剣を横に切り結んだ。


 緩やかな一太刀であった。

 とても、人どころか虫さえも殺せるとは思えない、優しい剣であった。

 しかし――。


「ぐっ!! ぐあぁあっ!!」


「う、そ、でしょぉっ!!」


 その一太刀には瘴気が籠められていた。

 暗黒大陸に蔓延っている、中央大陸に対する怨嗟。殺し合い、憎しみ合い、食らいあうことでしか、生きることを許されなかった、そんな暗い感情が、澱となり、力となり、瘴気となって放たれた――呪いの籠った一撃であった。


 男ドワーフの巨体が吹き飛ぶ。

 吸血鬼の血の鎖が吹き飛ぶ。

 自由を取り戻した暗黒大陸の巫女をその腕に抱いて、暗黒騎士は怜悧な瞳を伝説の戦士達に向けて、そしてその場に立ち尽くしたのだった。


 伝説の戦士をして敵わない。

 そんな圧倒的な力が暗黒騎士の肩から立ち上っていた。

 それは白百合女王国が封じてきた力。そして、暗黒大陸に生きる者たちが欲した、正統なる魔神の力を引き継ぐ者としての力。


 その圧倒的な力を前に、場は恐怖に包まれた。


 それでも伝説の戦士二人。

 彼らはその矜持からか立ち上がり暗黒騎士を睨みつける。

 潰えぬ闘志に敬意を示すように暗黒騎士がひとたび剣を鞘の中へと納めた。


「巫女殿の体との因縁については私も把握している。しかし、驚いた。まさか、エモアはともかく人間であるクリネスまで生きていようとは」


「……貴方みたいなイケメンに、名前と顔を覚えて貰えるなんて光栄ね」


「……同じエルフ好きの誼として見逃せとはいかないようだな、黒いの」


 暗黒騎士は答えない。

 言葉の代わりに剣を抜き放って、彼はその切っ先を男ドワーフへと向けた。

 その剣先から黒い炎が立ち昇ったかと思えば――彼の周囲にぽつりぽつりと、灰色の幽鬼の影が現れる。そう、それこそは死霊の兵たち。


 中央大陸連邦共和国を食いつぶさんとする、暗黒大陸の怨嗟の塊。

 そして、魔神の下僕たち。


「我々暗黒大陸の民は、長らくあの島に閉じ込められて、骨肉の争いを繰り広げてきた。それに対して、お前たち中央大陸の者たちは、この広大な大地、そして、領土欲をかき消す恵まれた地形により、安寧と平和を享受してきた」


「逆恨みというんだぜ、そういうのは」


「貴方たちが掲げる魔神が、そうなるように仕組んだと、どうして考えられないのか不思議でならないわ」


「……確かに魔神様は我らに災いを与えたもうた神だ。暗黒大陸に生きる者たちを祝福する一方で、それを呪いもする」


「だったらなんで、その魔神に対して反旗を翻さないのよォ」


「信仰とはそういうものだろう」


 それを出されると大僧侶は反論できない。

 神とは一方的に信じ敬うものである。その理を知り、説く者だからこそ、暗黒騎士の言葉には何も言い返すことができなかった。


 黙りこくる大僧侶に代わって、男ドワーフが斧を構えてそれに応える。

 ならばもう、力で雌雄を決するほかない。戦士たちの間にある、言葉にせずとも分かる暗黙知により、二人はしばしにらみ合った。


 死霊の兵たちを引き連れて剣を構える暗黒騎士。

 その背中に大僧侶と連邦共和国の民たちを背負って立つ男ドワーフ。


 いざ、と、二人の戦士が気炎をあげたまさにその時――。


「……なんだあれは!?」


 連邦大陸の兵の一人が叫んだ。

 暗黒に満ちた西の空を指さして、戦のさ中であることを忘れさせるような、大声を上げて叫んでいた。


 そう、西の空の彼方に見えたのは、闇の中を切り裂いて飛ぶ金色の雲。


 いや、違う、それは雲ではない。

 そんな綺麗な物ではない。


 金色の毛。

 そう、エルフの髪の毛。

 爆発魔法によりいい感じにカールした、エルフ毛。


 しかし、分からない。兵士たちはそのいきさつを知らないから、それがなんなのか分からない。

 そして、その上に乗っている男たちが、いったい何者なのかも知らない。


 壁の魔法騎士が目を剥いた。

 女軍師と魔脳使いが口をだらしなく開いてそれを見た。

 剣閃を交えながら、赤い鬼と死神がそれを見上げて刹那ではあるが気を逸らした。

 殺人メイドがはたきを落とし、それに応じていた大剣使いと金髪少女が、なにごとだと素っ頓狂な声をあげる。

 巨人相手に大立ち回りをしていた竜騎王。彼もまた手を止めて、巨人を尻に敷きながら、その西から来る奴らを見上げていた。


「……まさかそんな!!」


「嘘でしょう!!」


「あっ、あれはまさか――」


 暗黒騎士、その従者のダークエルフ、そして暗黒大陸の巫女が顔を引きつらせる。

 その横で、斧を構えた男ドワーフと杖を手にして立ち上がった大僧侶が笑う。


「……やれやれ、ようやくお出ましか。もう少し遅かったら、ふんどしが擦り切れるところだったぜ」


 プリッ。

 自慢の尻をプリめかせて、そう呟いたのは、戦場をエルフリアン柔術で、駆け抜けていたキングエルフ。その雲の正体も、そして、その上に乗っている者たちの正体も、唯一知っている彼は、気だるげにため息を吐いたのだった。


 そう、それこそは――。


 風の精霊王のパンツを身に纏いて金色の髪の上に立ち闇を切り裂き飛ぶもの。


「間に合った、か……!!」


 壁の魔法騎士の唇が歪み、そして、その頬に涙が浮かぶ。

 堂々と、パンツを揺らして飛ぶ友の姿。

 彼は何かを察して、一人肩を震わせた。


 そう――。


「リーナス自由騎士団!! 自由騎士ティト!! ただいま参上!!」


「同じく、彼のパートナー!! モーラ!!」


「神の僕にして愛の伝道師!! 女修道士シスターコーネリア!!」


「だぞ!! 考古学者のケティ、もなんだぞ!!」


「ここであったが百年目!! お母様の仇、取らせていただきます!! 白百合女王国が第一王女、エリザベート!! お姉様と共にここに帰還です!!」


 男騎士たち。

 帰還す。


 戦場がにわかに沸き立った。

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