第476話 どエルフさんとトラウマン

【前回のあらすじ】


 三倍おっぱい拳はあっても、エルフと一緒になるポタ〇はないのであった。


「フュー〇ョンでも!! フュー〇ョンでもいいから!! 先っちょだけでも!!」


「なんじゃ先っちょだけって!! ないもんはない!! それが真理じゃ!!」


 エルフと一つになりたい一心。店主も必死であった。

 もうなんというか、必死な中年男性のありさまであった。


「三万ゴールド!! 三万ゴールド出すから!!」


「なまめかしい数字出すのヤメロ!!」


 これ以上やると、なんかやばい感じのあれであった。

 社会ネタはほどほどにネ!!


◇ ◇ ◇ ◇


「という訳で、各々、精神的な時の部屋に入ってもらうぞ」


「各々って言うけど、そんなに数あるの、精神的な時の部屋って?」


「まぁ、ざっと12個――ダースであるぞ」


 なんのためにと男戦士たちがその無意味な部屋の多さに呆気にとられる。そんな彼らをほっほっほと笑い飛ばして、海王神は歩き始めた。


 砂を固めて作られたよく分からない材質の廊下。

 踏めば柔らかく、砂浜を歩いているようだが、足を除ければ跡はない。なんとも不思議なその床に、男戦士たちは驚きながらも海王神の背中を追って進む。


 しばらくしてそれは現れる。

 床と同じく、砂を固めて作られた謎の素材により造られたドーム状の建造物には、ぽっかりと穴が開いている。言った通りに、十二個、放射状、時計のように配置されたそれを眺めて、はぁと男戦士たちはため息を口から漏らした。


「中に入る前にこれだけは言っておく。この部屋の中で待ち構えているのは、お前さんたちが人生の中で残してきた後悔する瞬間じゃ」


「人生の中で残してきた」


「後悔する瞬間」


「どうやっても取り返すことのできない、どうやっても贖うことのできないその瞬間。それがずっと繰り返される。それに対して、打ち勝って見せることで、お主たちは一皮むけた人間になることができるのじゃ」


 人生においてもっとも困難な場面にあえて再び挑み、それを越えることで精神的な成長を果たす。なるほど、海王神の言っていることはなんだか理に適っているように、男戦士たちには聞こえた。


 女エルフは養母との過去。

 男戦士はリーナス自由騎士団の過去。

 隊長やヨシヲ、店主たちにも、それぞれ超えなくてはいけない過去が、きっとあるに違いないだろう。


 それを超えて、トラウマを克服することで、彼らは今、強さを手に入れようとしている。

 揺らぎのない芯の通った冒険者としての強さを獲得しようとしている。


「それが終わればあとは自由時間じゃ。好きにダイエットなり、トレーニングなりするとよい。という訳で、心の準備はよろしいか、各々方」


「……あぁ!!」


「……超えてみせるわ、過去の自分を!!」


「やれやれ、どうやら過去ってのは、逃げても逃げても追いかけてくるもんだね」


「ドゥフフフ!! この拙者に恥ずかしい過去など一つもないでござる!! ござるがしかし、己をここで超えてみせるでありますよ!!」


「五万ゴールド!! 五万ゴールドまでなら出すからぁ!! ねぇ、お願い!!」


 相変わらず、エルフと合体することを諦めきれない店主をさておいて、男戦士たちは覚悟を決める。頷いて彼らは、放射状にそれぞれの部屋に入っていった。

 ふと、女エルフの背中に、彼女の義妹である第一王女が追いつく。

 彼女はそっとその背中に三歩遅れて従った。


「お供いたします!! お義姉さま!!」


「……そうね。ちゃっちゃと過去を清算して、美エルフ三百歳エルフザップでパーパラッパしないといけないものね!!」


 頑張るわよと、そう息巻いて、二人は扉の中へとその姿を消した――。


◇ ◇ ◇ ◇


 暗い、暗い部屋がそこには広がっていた。

 自分の姿も見失うような闇の中に、突然に放り込まれた女エルフと第一王女は、どうしたらいいのだろうかと、しばし息を止めてその場に立ち尽くした。

 お互いの手を握り締めている、その感覚だけがありありと分かる。


 精神的な時の部屋。

 過去の越えられなかった瞬間が待ち構えていると、海王神は彼女たちに告げた。

 果たして、女エルフにとって越えられなかった過去の瞬間とはなんなのか。彼女のことをよく知らない第一王女が、手の感覚に頼って女エルフの方を見る。


 その時――。

 急に視界が開けたかと思うと、木漏れ日が満ちる木でできた部屋が現れた。

 これは、と、女エルフが青ざめた顔をする。


 しかし、そんな彼女の顔は、アラスリエルフとは思えぬほどに若々しかった。

 いや、若々しいのは元からである。より正確に例えるならば、幼く、そして、小さくなっていた。


 子供に、彼女の体は戻っていたのだ。


「お姉さま、その格好はいったい!!」


「エリィ、貴方も!!」


 同じく、義姉の手を握る第一王女の姿も、とてもとても幼くなっている。

 王女というより幼女。そんな呼称がしっくりくる自分の格好に、第一王女は目を剥いた。


 若返っている。

 過去、越えられなかったその瞬間に立ち向かうと、海王神は女エルフたちに告げたが、いささか若返り過ぎたような気がしないでもない。

 そんなことを思う彼女たちの耳に。


「こらぁ!! ダメでしょう!! 勝手にお母さんの部屋に入ったら!! 本当にもう、貴方たちと来たら、悪戯っ娘なんだから!!」


 後ろから聞こえてきたのは金色の長い髪を編みこんで揺らしている清楚な女性。

 体のラインがしっかりと隠れるワンピースを着こんだそのエルフの女性は、頬を膨らませて眉根を寄せてこそいるが、目だけはしっかりと笑っていた。

 娘たちが起こした些細な悪戯を、心の底から楽しんでいるような、そんな表情。


 思わず女エルフの顔が強張る。

 それは――稀代の魔女の呪いにむしばまれる前の大英雄。

 かつて女エルフがその身を救われ、そしてその身に返しても返しきれない愛情を注いでくれた大切な人。詰まる声と喉をなんとか動かして吐き出すように――。


「お養母かあさん!!」


 女エルフは、その温かい笑顔をこちらに向ける、エルフに向かって叫んだ。

 自分とは似ても似つかない、完璧なゆるふわマシュマロボディラインを維持した、まさしく正統派エルフという感じの母に向かって、女エルフは絶叫するような声を上げた。


 それに驚いた顔をしたのは第一王女ではない。


「どうしたのモーラ!! 何か、怖いことでもあったの!!」


 彼女たちの前に現れた養母の幻影。


 あぁ、そうだ。

 この人はこういう人であった。

 女エルフが久遠の彼方に封印していた、彼女との思い出を引きずりだす。

 そして、それを涙に変えて、彼女は幻影の養母の元に縋りついた。


「お養母かあさん!! お養母かあさん!!」


「もう、どうしちゃったのモーラ。私のことを探していたのね。よしよし、心配しなくても大丈夫よ。お養母かあさんは、どこにも行ったりしないから……」


 この試練、海王神が念を押すだけはあって、辛く厳しいものになりそうである。

 待ちに待った、本編シリアス展開であったが――。


 それはあまりに、女エルフに辛い展開であった。

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