第475話 どエルフさんと三倍おっぱい拳

【前回のあらすじ】


 はたして、海王神が言い出した、三倍おっぱい拳とはいかに。


◇ ◇ ◇ ◇


「な、なんなの、その三倍おっぱい拳って」


「うむ。言葉の通りの必殺技じゃ」


「三倍がどこに係るのかが大切なのよ、おっぱいなの、拳なの、どっちなの!?」


「文法にうるさい口なの!? もうっ、そんなの言わんでも分かるでしょ!!」


 おっぱいじゃよ。

 海王神さまのその言葉と共に、女エルフはガッツポーズを取った。

 ぐっと拳を握りこんでそれを引き下げると、しゃぁ、と、いつになく大きな声を上げた。


 そして繰り出した。矢継ぎ早に繰り出した、どエルフ正拳突きを虚空に向かって次から次へと、意味もないのに繰り出した。

 それくらい、どエルフにとって、おっぱい三倍拳は衝撃であった。


「それは!! それはどうやったら使えるようになるの!? 教えて海王神さま!! お願いよ!!」


「うん? まぁそうじゃのう。精神的な時の部屋で、真面目に頑張って修行すれば、わざわざ教えるまでもなく、自然に使えるようになるじゃろう」


「精神的な時の部屋!! やってくれるじゃないのよ!! やってくれるじゃない!!」


「まぁ、そういう場所じゃからね、あそこは」


 ご存知の通り、このど貧乳どエルフは、自分のスタイルを気にしていた。

 特に腹回りの出ている感じよりも、胸周りの出ていない感じを気にしていた。

 究極的に気にしていた。むしろ、病的というくらいに気にしていた。

 ともすれば、暴走しかねないくらい、彼女は自分に胸がないことを恥じていた。


 そう、そんな彼女にとって、三倍おっぱい拳は朗報。

 そんな秘術が使えるようになるだなんて、聞いていなかった、知らなかった、けれどもそんなことどうでもよくなるくらいに嬉しかった。


 彼女は歓喜した。

 自分の胸が、もはや大きくなる余地すらない、まな板みたいなその胸が、成長することができることを、素直に喜んだ。


「いや、言うて、一瞬だけ三倍になるだけだからの。そんな恒久的に、おっぱいが三倍になる訳ではないから、あまり期待しすぎても」


「分かってるわよぉ。そんなのぉ。けど、一時的にも三倍になれるんでしょう。だったら、何も言うことはないわよ。うふふっ」


「……なんじゃろう。なんか途端に心配になってきた」


 そうか三倍かと目を輝かせて言う女エルフ。

 恋焦がれ、憧れ続けた理想のプロポーションがついに手に入る。

 もはや、女修道士シスターに乳ネタで弄らせたりはしない。

 そしてなにより、貧乳ネタで憐れな思いをしなくてすむ。


 三倍おっぱい拳を使えば、とりあえず、彼女のおっぱいは三倍になるのだ。

 貧乳を回避することができるのだ。申し訳程度に、胸は膨らむのだ。

 滾らぬ訳がない。女エルフが滾らぬ訳がなかった。


「ふっふっふ!! 絶対に、精神的な時の部屋を攻略して、三倍おっぱい拳を手に入れて、そして――標準的なエルフに私はなってみせるわ!!」


「標準的なエルフ!!」


「気にしていたんだなモーラ。自分の胸が、標準的なエルフヒロインに届いていないということを、気にしていたんだなモーラ。くっ、だったら言ってくれれば、寄せてあげたりするブラや、吸引して大きくする感じの装置なんかも取りそろえたのに」


「いらんわそんなもん!! おっぱいは自分で育てるもんじゃい!!」


 その方法論で育たなかったから、悲惨なことになっているんじゃないのか。

 そんな空気が、男戦士たちパーティの間に満ちたが、それはすぐに霧散した。


 とにかく。


「いよっしゃーっ!! 美エルフ三百歳エルフザップ!! 精神的な時の部屋!! 最高じゃないのーっ!!」


 思わず、それまでの経緯を忘れて叫ぶくらいに、彼女は今、ダイエットと豊胸に燃えていた。燃え上がっていた。


 さて、そんな喜ぶ彼女の横で。


「海王神さま。三倍ちんち〇拳とかはないのですか?」


「なんじゃ、お主も肉体にコンプレックスを抱えている感じか。残念ながらない。あったらワシが使っておるわ」


「三倍ロリコン拳とかはねえのかよ?」


「それは違うお病気じゃのう。余所に見て貰ってくれんか」


「三倍とか、おっぱい拳とかまどろっこしい、もっとこう、超スーパーアルティメット厨二病拳とかはないんでありますか?」


「ないわい!! おっとろしいパワーインフレじゃのう!!」


 男戦士たちがやいのやいのと三倍おっぱい拳に反応する。

 思い思い、自分の三倍にしたい能力を述べているが、どれもいまいち男どもの欲望が勝ちすぎる、勝手なものであった。


 まぁ、ちんち〇、厨二病は分かるとして、三倍ロリコン拳とはいったいなんなのだろう。

 事案ではないかという空気が、女たちの間に流れた。


 そこに重ねて――。


「海王神さま。三倍拳ではないのですが、ひとつお願いがあります」


「なんじゃぁ? おぉ、いい歳したおっさんじゃのう。分別がありそうな顔しておいて、お主もなんか体にコンプレックスを抱えておるのか」


 深刻な顔をして、店主が何やら切り出した。

 やべぇ奴がなんか言い出したと思いながらも、女エルフたちは彼を止めることはできない。それよりも早く、彼は海王神に頭を下げていた。


 止めるも時間もなかった。

 店主、必殺の土下座であった。


 それだけに、場に緊張が走る。

 はたして何を言い出すのかと息を呑む仲間たちの前で彼は――。


「エルフと!! エルフと合体する道具などはないでしょうか!!」


「ないわ!! なんじゃ、それは、どういう意味じゃ!! エッチな意味か!! それともあれか、融合的な意味か!!」


「どちらでも可でございます!!」


「どちらもないわ!!」


 相変わらずぶれない。

 安定の店主であった。

 流石だな店主、さすがだと、女エルフが白い眼を向けた。


「うむ、エルフと一つになりたい男心!! その気持ちはよく分かるぞ、店主!!」


「…………」


 さっと女エルフは男戦士から離れた。

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