第474話 どエルフと精神的な時の部屋

【前回のあらすじ】


 壁の魔法騎士を強襲する暗黒大陸。

 そして、ついに裏切りを開始し始めた第三部隊。

 中央大陸連邦共和国対暗黒大陸の戦いもいよいよ佳境。


 そんなさ中だというのに。


「やはり精神的な時の部屋か……いつ出発する? 私も同行する」


「ティト院!!」


 くだらないテンプレパロディを炸裂させる男戦士たち。

 どエルフパーティは今日も今日とて、平常運転、これからよく分からない美エルフ三百歳エルフザップにより肉体を引き締めるため、精神的な時の部屋へと海母神の使者と共に向かうのであった。


「行くぞ!!」


「「「応っ!!」」」


「並んで普通に立つな!! お前ら!! やめろ!!」


◇ ◇ ◇ ◇


「ふむ、マーチさんとこの頼みとあれば断れぬな。いいぞ、存分に使うがよい」


「ありがとうございます海王神さま」


「いいんじゃよ。今よりもっと強くなりたい。そういう気持ちは大切じゃとワシは思う。そのために、精神的な時の部屋を貸すのはやぶさかではない」


 海母神マーチの使者の手引きにより海の中の孤島へとやって来た男戦士パーティ一行、隊長、ヨシヲ、気絶した異世界漂流者ドリフターの少女、そして修行をする必要があるのか分からない店主。そんな彼らを出迎えたのは、海母神より偉いのかそれとも偉くないのか、名前的に微妙な感じだけれど、すこぶる気さくなサングラス神だった。


 しかしながら顔は青色をしていた。緑色ではなく青色をしていた。

 ブルー・ディスティニーと言うよりブルースカイ。そんな格好の恰幅の良い男は、これまたなぜかゴキブリのような格好をしていた。


 海王神ピピコロ。

 もうなんか、いろいろとツッコむのがあれな感じである。

 故に、女エルフたちはスルーした。


 本当に最近ジャン〇ネタばっかりだなと、思いながらもスルーした。


 それはさておき、水色の顔をした神が男戦士たちを見る。

 ふむ、と、ごちって、そのたぽたぽの顎下を撫でる彼は、その視線を男戦士と女エルフに向ける。


「見込みがあるのう。精神的な時の部屋で修業をすれば、技能レベルが上がるやもしれぬ。面白い逸材じゃ」


「うぇっ!? 美エルフ三百歳エルフザップをやりに来たんですけど!?」


「俺は、なんというか、最近筋肉を鍛える時間がなかったので、整えておこうかなと思って来たんだけれど」


「うむうむ、そうかもしれん。しかし、精神的な時の部屋は、己に打ち勝つ場所でもある。時間の流れがゆっくりになるのは二次作用。己の中に巣食っている、勝たなければいけない負の側面と向き合うのがその本質なんじゃよ」


「勝たなければならない」


「負の側面」


 男戦士と女エルフが海王神に向かって目を剥く。

 水色の、まるでクラゲが人間に擬態したような、そんな神を前にして、彼ら二人は言い逃れの出来ない暗い顔をした。


 心当たりはあった。


 男戦士は、リーナス自由騎士団を逃げ出して、冒険者となった。

 その原因に対して、彼は逃げに逃げて、打ち勝たないままここに来ている。

 壁の魔法騎士との開口一番の丁々発止なやりとりも、未だにそれを引きずっている証拠であった。


 女エルフは言わずもがなである。

 彼女は、養母セレヴィを魔女ペペロペの手に落としたことを気に病んでいた。

 それに対して思い悩み、苦悩し、懊悩して、そして、確実に彼女を、暗黒大陸の魔女の手の中から救い出すべく今回この場に来ていた。

 もちろん、だらしなくなった体を、養母に見られたくない、養母と比べられたくないという思いもある。それもまた事実だ。

 そういう思いがあることも確かな一方で、とにかく、彼女に勝つために、今の己の殻を破るべきだとも考えていた。


 そんな二人をして、海王神は才能があるという。


「……超えられるでしょうか。こんな、自分を」


「超えられる越えられないではない、超えるのじゃ。ここは自分を超越する場。女エルフよ。お主が本当に力を望むのなら、答えは既に出ている。超えてこの精神的な時の部屋を後にする。それが、お主がやらなくてはならないことである」


「……私がやらなくてはならないこと」


 あらためて突きつけられた命題。

 避けては通れぬ宿命に、女エルフの胸が痛む。

 そんな彼女を気遣うように、男戦士はそっと女エルフの背中に手を添えた。


 力強い、パーティを守って来たその手に、はっと女エルフが振り返る。

 男戦士は優しいまなざしを女エルフに向けていた。


「打ち勝とう、モーラさん。俺も自分の過去に決着をつける」


「……ティト」


「暗黒大陸と戦うために自分に打ち勝つんだ。今、成長する時が来た。そのために、死力を尽くそう。なんとしてでも、己を超えてみせるんだ」


 男戦士の手をそっと握る女エルフ。

 しばらく、その温かさを味わった彼女。

 それから女エルフは目を見開くと、そうねと男戦士の言葉に応えた。


 ダイエットに己の克服しなければいけない負の側面。

 思いがけず突入することになった精神的な時の部屋での修行であるが、どうやらそれは男戦士たちの今後について、避けては通れない試練のようであった。

 再び、女エルフが腹を括る。


 その醜くはないけれど、無様にたるんだ腹を括る。

 しかし、その目は生き馬の目を抜いたように、エネルギーに満ち溢れていた。


「分かったわ!! ダイエットも、負の側面の克服もやってみせるわ!!」


「うむ。それに、精神的な時の部屋には、豊胸効果もある」


 ピクリ、と、女エルフの耳が動く。

 まったく出てきた、どうでもいい、まるで温泉の成分説明のようなワードに、ピクリピクリとそのエルフ耳が反応した。


 豊胸効果。

 そんなものまであるのか。


「では!! 精神的な時の部屋を出た時には、私は!!」


「バインバインのボインボインとまではいかんじゃろうが、多少は成長していることだろう。なんじゃ、お前さん、そういうの気にする口か」


「おっぱいを気にしない女の子なんていません!!」


 俄然闘志を燃やす女エルフ。

 俺もバインバインのボインボインになれるだろうかと、いつものように小ボケを炸裂させて、男は無理じゃと断られた男戦士を横に、彼女は黄色いオーラを立ち昇らさせた。

 相変わらずよく分からないが、すごいやる気なのは確かである。


 そんな彼女を見て、ふむ、と、海王神が顔を歪める。


「お主なら使うことができるかもしれんな。三倍おっぱい拳を」


「三倍!!」


「おっぱい拳!!」


「三倍ですって!!」


 女エルフが食いつく。それはもう食いつく。

 本当に、貧乳エルフにとって、胸の問題は死活問題だったのである。


 ど貧乳だからなどエルフさん、ど貧乳だから。

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