第428話 どエルフさんと異世界転生者

【前回のあらすじ】


 西の王国は南の港町。

 流石は欲望渦巻く貿易港。深夜だというのに街は喧騒に満ち溢れていた。


 そんな中、男戦士は不意にピンク髪の少女と衝突してしまう。

 なにやら抜き差しならない様子の少女。どうしたことかと戸惑う彼らの耳に届いたのは――。


「待つでありまーす!! 拙者の運命の女ディスティニーヒロインどのー!! このヨシヲと清く正しい異世界転生をやろうではありませんかー!! デュフフフ!!」


 聞いたことがあるけれど、聞き覚えのない台詞の、男の声であった。


◇ ◇ ◇ ◇


「本当にもうマジで勘弁して!! お兄さん、お姉さん、ぶつかっちゃってごめん!! けど、いまちょっとヤバい奴に追われてるの――それじゃぁ!!」


 そう言うや、少女は男戦士の横を通り抜けると向かいの通りに消えた。

 脇を抜けようとする少女を捕まえられない男戦士ではなかったが、彼女を追って聞こえてくる、男の声の方が気になってそれはできなかった。


 そう、その男の声を――彼らは知っている!!

 青い外套を身に纏い、雷光を走らせて戦場を駆けるその男の名を――彼らは知っている!!


 魔法技能レベル8(雷魔法限定)!!

 当世最強の魔法使い。

 そして自分のことを異世界転生者として信じてやまない痛い奴。


 そう奴の名は――!!


「このタナカヨシヲと、異世界無双をしましょうぞ!! デュフフフ!!」


 青いバンダナに坊主頭、丸眼鏡にニキビ面、そして黒い学ラン。

 まさしく異世界転生してきたイガグリ坊主――が、手を振り上げてこちらにやって来たのだった。


 声以外、完全に不一致。


「誰だお前は――ッ!!」


 男戦士と女エルフが叫ぶ。すると、そのヨシヲと思しき人物は、ややという感じで二人を見て、その牛乳瓶の底みたいな丸い眼鏡の縁を上げた。きらんとその目が夜闇の中に煌めく。


 そう、まるで異世界転生してきたオタクのように。

 異世界転生してきたオタクのように(二回目)。


「誰かと思えば、ティト殿にモーラ殿!! どうして貴殿らがこんな所に!!」


「どうしてもうこうしてもないわよ!? というか、ヨシヲさんなのよね!?」


「フフフッ、キ・アヌ〇・リーブじゃないでござるよ!! よく似ているとは言われるでござるが!!」


【人物 キ・アヌ〇・リーブ: かぎりなく不可能な無茶ぶり系企画AVに出るAV男優である。代表作は、宙づりになった状態でチョメチョメする作品だったり、アクロバティックにイナバウワーかましながら高速で腰を振り続ける作品だったり、なんというかすごく無駄に身体能力が高いAV男優である。AV男優でありながら、男からの支持も高く、男が抱かれたい男ランキングでは、毎年五位以内に入る。なお、ちょっと不細工で親近感のある顔も男からすると高評価らしい】


 どう見てもキ・アヌ〇には遠い芋くさい顔をしているヨシヲ。

 というか、以前、白百合女王国であった時の方が、まともな顔をしていたのに――今はまさしく陰キャ異世界転生を心から望む中学生男子みたいになっている。


 これはいったいどうしてしまったんだと、男戦士たちが戦慄する。

 魔法の効果や痛い発言は別として、割と美男子の部類に入る筈だったヨシヲ。この世界の登場人物の中では、割と美青年だったヨシヲ。書籍化されたら、割と主人公の男戦士を食うくらいの人気が出そうなビジュアルっぽいヨシヲ。


 それが今――ただの中学生男子みたいな格好になってしまっていた。


 そこに居る誰もがヨシヲの過去の姿を知っていた。

 知っていただけに、彼の変貌を信じることができなかった。

 皆、一様にして顔を青ざめさせて、彼を光のない瞳で見つめている。


 するとヨシヲ。


「デュフフフ!! どうしたでござるか皆の衆!! 久しぶりの感動の再会でありますのに、湿っぽいのはよくありませんぞー!!」


 何処が発祥かよく分からないオタク喋りでそんな彼らをからかった。

 男戦士も、女エルフも耐えられなくて――すぐにツッコミを返していた。


「それはこっちの台詞だ!! このちょっとしかない間に何があったんだ!!」


「何をやったらそんな、骨格が変わるレベルで変貌することができるのよ!!」


「というか、普通にキャラクターが崩壊している!!」


「完全に別物じゃないの!! 小説で声だけが一致しているって言われても、喋り方が変わってたら識別不能よ!! アンタ、そこん所分かってるの!!」


 まくしたてるような男戦士と女エルフの怒涛のツッコミ。

 それに対してヨシヲは真面目な顔をすると、くいっと、掌でその牛乳瓶の底のような眼鏡の縁を持ち上げて――。


「……共通語でおk!!」


「「ヨシヲォォオォオオオ!!」」


 いかにも、オタっぽい返しをして、男戦士たちを苛立たせるのだった。

 あまりに四次元に展開した内容に眩暈を覚える男戦士と女エルフ。


 もうこれ、いったいどうしたらいいんだろうか。

 そんな感じで女エルフが頭を抱えた――その時。


「タナカの呪いだ!!」


「えっ……!?」


「そ、その声は!!」


「ヨシヲは呪いのアイテム、タナカの眼鏡によってそんな状態になってしまったんだ!! すまない、俺がついていながら――こんなことになってしまって!!」


 そう言って、闇の中から現れたのは、男戦士たちのもう一人の尋ね人。

 ヨシヲと共に、南の国の動乱を治めた男――商隊の隊長にして隻眼の軍師。


「「ビクター!!」」


「久しぶりだなティト!! そして――マイ、プリチーエンジェル、ケティたん!!」


 ロリコン商隊隊長であった。

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