第429話 壁の魔法騎士と開戦

【前回のあらすじ】


 南の港町で謎の少女とぶつかった男戦士。

 どうやら少女は追われているらしい。いったい誰がこんないたいけな女の子をと思った瞬間、後ろから駆けてきたのは――。


「誰かと思えば、ティト殿にモーラ殿!! どうして貴殿らがこんな所に!!」


「どうしてもうこうしてもないわよ!? というか、ヨシヲさんなのよね!?」


 なぜか、キモイ進化を遂げた青い運命に導かれし男、ヨシヲであった。


 はたしてヨシヲの身に何が起きたのか。

 後から現れたビクターが言う「タナカの呪い」とはなんなのか。

 そんな疑問を残しつつ――ここで一旦箸休め。


「あれ!? なんか久しぶりにギャグ小説っぽくなってきたのに!?」


 物語は再び中央大陸連邦共和国首都リィンカーンに残ります。

 そう、逃がし屋を失った中央連邦共和国側。そして、リーナス自由騎士団側に。


 という訳で、週末だけ真面目にやるシリーズ再開。

 どエルフさん外伝『壁の魔法騎士』はじまります。

 もちろん主役はこの男――。


◇ ◇ ◇ ◇


「こんな夜分に申し訳ない。私は元西の王国の百人隊長、ハンスと申す者」


「……あぁ、ティトとカツラギから話は聞いた。君が益荒男の一人、ハンスか」


 リーナス自由騎士団団長。

 ゼクスタントは暗い部屋の中で大剣使いと面会していた。

 第一部隊団長の老騎士よりあてがわれた、南正門より少しばかり離れた所にある、今は使われなくなったギルドの庁舎。そこに机を置いて、首都リィンカーン周辺の地図を広げている。


 ゼクスタント団長は訪問者に目もくれず、一心不乱に地図の上に置いた駒を動かし、なにやら作戦を立てているようだった。


 普通、そのような無礼な態度を取られれば、どんな人間でも怒るものだ。

 しかし大剣使いは壁の魔法騎士のそんな素振りを咎めることはなかった。いや、むしろ逆に、自分が入ってきても途切れることのない、その集中力、そして、盤上で繰り広げられている、暗黒大陸との決戦に関する、無数の机上戦に目を奪われた。


 駒は大中小とあり、大が100人、中が50人、小が10人を表しているようだった。つまり、この目の前で机上戦を披露している男の頭の中には、少なくともその単位での情報が集まっている。

 そして、一心不乱に机上で繰り広げられる模擬戦は、元西の王国の百人隊長であるハンスをしても、理にかなったものだった。


 リーナス自由騎士団の団長という肩書。そんなものにわざわざ頼らずとも、この目の前で明日の戦いについて手を尽くして考えている男の姿を見れば、彼が只者ではないのは分かった。

 それだけの経験が、それを目にしている大剣使いもあった。


 真にその道に通ずる者はその力量を些細なことから推し量る。大剣使いは、繰り広げられる机上の戦から、それを読み解いたのだった。


「勘違いするな」


「……何を」


「軍略はカツラギに任せている。今、俺は、彼女の立てた五十の軍略を確認しているだけに過ぎない」


「では兵の数は」


「自分で調べた。優秀な内偵を別の案件で使っているのでな。昔取った杵柄で、手ずからやった。久々に骨が折れた」


 大剣使いは言葉を失った。

 重苦しい沈黙が夜の間をただただ漂う。


 部下の立てた軍略を全て把握しようという試みもさることながら、兵数を自分で調査し正確に把握するなど――団長のすることではない。

 少なくとも、百人隊長として所属した西の王国において、そんなことをする将を、ついぞ大剣使いは見ることはなかった。


 それだけに。

 こともなげにそう言い切った壁の魔法騎士に純粋な畏怖を覚える。


 この男は違う、と。


「……それで、なんの用だろうか。ティトから伝言を預かったか?」


「……ん、あぁ、すまない。その通りだ」


「この時間にお前が来るということは、遅れるという所だろう」


 察しもいい。


 その役目を大剣使いが果たすより早く、ただ、彼が来たという事実だけで、何が起こっているのかを壁の魔法騎士は把握してしまった。

 図星かとも、そうなのかとも、尋ねない。

 ただ彼はそれがもう事実であるという感じに、手の中の駒――黄金、白、緑、赤、紫に塗られた、ひときわ小さな――を転がすのだった。


 そのうち、緑の駒を正面――第二騎士団の横へと置いた。


「貴殿には、第五騎士団から選りすぐった兵を率いて貰いたい。百人隊長ならば、それくらいの指揮はできるな」


「漢祭りは?」


「それよりも、まずは都市の防衛が先決だ。ティトが帰還次第、戦線を副官に任せて離脱してくれ。とにかく、今はこちらに将が足りない」


「それほどか」


「なにせ、内患を抱えている」


 壁の魔法騎士の言葉に、大剣使いは目を見開いた。

 内患――つまり裏切者の存在を、この男は掴んでいる。

 そして、それを自分に告げた。


 いきなり随分と信頼されたものだと、大剣使いはその仏頂面に汗を走らせて、静かに拳を握りしめた。そして、次にいったいこの目の前の正体の知れない化け物が、どのようなことを申し出てくるのかと、冷えた心地で待った。

 そんな大剣使いに、また視線を向けず、壁の魔法騎士は乾いた声を向ける。


「なに、貴殿に話したのは、漢祭りに必要な人材だからだ。そのような男が、よもやこちらを裏切るようなことはするまい」


「俺に内偵まがいのことをさせるつもりはないということだな」


「既に優秀な手駒を一つ失っている。この上、漢祭りに必要な人材を失う訳にはいかぬ。それに――」


 もはやこちらも目星は付いている。

 そう言って、壁の魔法騎士ゼクスタントは、一枚の便せんを取り出した。


 蝋で封のされていないその便せん。

 その宛名には走り書きで――団長へと、角ばった文字が書かれていた。

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