第385話 ど逃がし屋さんと疑惑の騎士団長

【前回のあらすじ】


 今週はカテゴリエラー。

 ラブコメをオーダーしたのに、シリアスものをぶち込まれて、風の精霊王に怒られる男戦士と女エルフ。読者のニーズを正確に捉えること、それこそが、創作において最も大切なことなのだ……。


 あれ、目から塩水が……。


「ど作者さん……」


「いろいろと大変なんだなど作者さん……」


 やだなぁもう。

 大変だなんて口で言っている人間は、言うほど大変じゃないものですよ。

 ははは。はははは。ははははは。


 まぁ、それはさておき、今週末もやっぱり【逃がし屋】さんのお話です。

 しばらくは週末が【逃がし屋】パートになる感じなのでよろしくお願いします。


◇ ◇ ◇ ◇


「んで、団長が裏切っているってのは? 詳しく教えてくれトットくん」


「はい。まぁ、僕が直接見た訳ではないのですが」


 第七部隊が管理する騎士団の応接室。

 その中に男戦士の弟子こと逃がし屋と、第七部隊の団長である女騎士、そして彼女の従士が膝を突き合わせていた。


 と言っても、女騎士はさっきから膝を抱えて塞ぎこんでいる。

 怯えているのは明らか。それほど、彼女にとってその団長の裏切りというのは、衝撃的な出来事だったのだろう。


 だとしても従士にその事実を告げさせるか。

 顔には出さなかったが、逃がし屋は女騎士の臆病ぶりをいささか残念に思った。


 基本女性にはフェミニストな逃がし屋だが、戦士として前線に立つ人間に対しては別である。そこはそれ、大陸最強のリーナス自由騎士団の団員である。女性でも相手が戦士ならば、戦士としての技量をしっかりと見定める。


 その上で無茶なことはさせないのが彼の主義だ。

 そういう男であった。


「で、その団長っていうのは誰なんだい。連邦騎士団には七人の団長がいる。もっとも、彼女が怯えている時点で――彼女より立場が上の人物というのは分かるが」


「アレインさまは連邦騎士団の中でも、まぁ、ぶっちぎりで格下ですから」


 それを言っちゃうか。


 騎士も騎士なら、従士も従士だ。

 付き従うべき騎士に向かってあっけらかんと格下と言い放つ従士に、なんというか、また逃がし屋は肝を冷やした。とはいえ、こちらは腑抜けた女騎士とは違い、戦士としての確かな実力を感じる。


 長じて、自分や男戦士や壁の魔法騎士に勝るとも劣らぬ騎士になるに違いない。

 それだけにこの少年が、情けのない女騎士に従っているのが、どうにも不思議で仕方なかった。


 まぁ、それはさておき。


「団長と、アレインさまが言うからには、その相手は一人しかいません」


「……なるほど。騎士団全体の団長、ということだな?」


 名前は出さないが、そのやり取りだけで、逃がし屋は事情を察した。

 裏切っているのは――。


「第一部隊団長バルサ・ミッコス」


 連邦騎士団の取りまとめ役にして実質的な顔。

 どうあっても逆らうことのできない相手である彼に対してならば、女騎士の怯えぶりも説明がつく。


 だがしかし、逃がし屋にはその話が今一つ信じられなかった。

 第一に――。


「彼が裏切った場合、連邦騎士団に与えるダメージは最も大きい。暗黒大陸側として考えた時、彼が裏切るメリットというのは大いにある」


「はい」


「だが、彼と彼の一団が、連邦騎士団を裏切るメリットが分からない」


 まずはそれが一つだ。

 第一部隊の団長である老騎士は、既に名声も地位も金も十分なものを持っている。この上、彼が今生に何を求めるというのだろうか。


 もちろん人間の欲望というものには限りがない。

 どこまでも果てしなく自己の利益を追い求める人間も時にいることを、逃がし屋もよく承知している。


 だが――。


「そういう人物ではないだろう、彼は」


「そうですね、バルサさまが裏切られていると聞いた時には、確かに僕も信じられないと耳を疑いました」


 高潔にして高貴。

 大陸の守護者を自負する連邦騎士団の長。

 それは、決して激しい権力闘争の末に転がり込んでくるものでは無い。


 権謀術数は組織で出世する上で必要な技能である。

 しかし、それはあくまでサブの技能。肝心なのは実績だ。

 彼は誰よりも多く、連邦騎士団に対して不利な状況で闘い続け、常に勝利し続けてきた質実剛健な将だ。なによりも連邦騎士団に忠誠を誓ってきた騎士だ。


 これまでの彼の行動がその野心を否定している――そう思えたのだ。


 そして二つ目。

 こちらがよっぽど性格よりも重要なのだが。


「なぜ、会っていたのが、あのゴブリン野郎なんだ?」


「ゴブリン外交僧ゴブリンティウス。やはり外交僧だからではないでしょうか?」


「……いや、あのゴブリン野郎の口車が、彼を転ばすほどのモノとは俺には思えない。まだ魔女ペペロペにたぶらかされたという方がよっぽど説得力がある」


 ゴブリン外交僧が弁が立つのは、彼もやり取りを見ていて知っている。

 また、ちゃっかりとした手を仕掛けてくる、したたかな面も把握していた。

 だが、老騎士を口説き落すほどの技量がその舌にあるかというと――。


 それはやはり疑問符だ。


 魔女ペペロペほどのネームバリューがあるならば、話しの席にもつくだろう。

 しかし、あの日あの時あの場に現れるまで、その名を聞いたこともないような相手に対して、はたしてどれほどの信頼ができるだろうか。


 どうも彼らが会っていたからというだけでは、納得できない状況がある。

 まいったなとばかりに逃がし屋は後頭部を掻き毟った。


「聞いた情報だけじゃ、バルサ・ミッコスを明らかに黒だと言い切るのは弱い」


「けど、実際にあのゴブリン外交僧と会っていたのですよ」


「アレイン殿が幻覚を見せられたのかもしれない。失礼だが、魔法技能はどれくらいだ。知能についても――幻覚魔法に対する精神抵抗ができるだけあるのか?」


 それはと口ごもる従士。

 主人の頼りなさを、傍で仕えている彼が一番よく把握していた。

 だからこそ、はっきりと、それが幻覚でなかったと言い切ることができない。


 実際、彼も彼女の話を聞いた時、半信半疑になったのだ。

 仕方のないことだった。


 だが――。


「本当に私は見たんだ、信じてくれ!! もし信じてくれないというなら、くっ殺してもかまわないんだ!!」


 本人が見たと言って譲らない。

 これもまた、逃がし屋にとっては無視することのできない話であった。


 ふむ、と、彼は顎先を撫でる。


「……とりあえず、連邦騎士団の内情を探る目安にはなるか」


 彼はそうして一つの結論を出した。


 女騎士の証言は信じる。

 だが、第一部隊団長の老騎士が裏切っているかどうかは――。


「分かった、俺が直接調べよう」


 自分で見極める。そう彼は腹を括った。

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