第384話 どエルフさんとパーティから追放された復讐系

【前回のあらすじ】


 男戦士は成年畑から出て来た作家が好きだった。


「エース・ロマン・バティエンス先生と、グラース・レッド・ワン先生は、俺の青春なんだ」


「いや、熱弁されても、どうせえっちゅうねん」


 どうせえっちゅうねん。

 なお、結構公言してますが、作者も大好物です。


◇ ◇ ◇ ◇


 その男は帰って来た。

 名前を変え、姿を変え、そして新たな力を手にして戻って来た。


「辺境伯エルフ・ド・メチャデッカー。表を上げよ」


「……はっ」


 エルフ王国謁見の間。

 氷の女王モーラの前に現れた黒衣の男。隻眼・隻腕、足を引きずり、無精ひげを生やしたその伯爵らしくない男は――獣のような鋭い瞳で女王を見据えた。


 かつての冒険の相棒。

 そして、この世で誰よりも愛した相手を。


「此度の隣国ドワーフ帝国との戦いご苦労であった。貴殿と貴殿の領民の奮戦により、我が国は大きな損害を被ることなく、あの戦いで勝利をおさめられた」


「この国を憂う臣民ならば当然のこと。むしろ、ことの成り行きを静観するなど、女王陛下への不忠の極み。そう思い動いたまでのことです」


 それは明らかな当てこすりである。

 この場に集まった四大公爵――かつての彼の仲間にして、此度の戦で無駄な損耗を避けるために静観を決め込んだ仲間に対して、彼は冷ややかな台詞を浴びせた。


 彼らの誰も男がかつての仲間だと気がついてはいない。

 目の前に居る女王だけが、彼のことを知っていた。


 忘れるはずがない。

 忘れられるものだろうか。


 その時、まるで氷が割れるような音と共に、世界がセピア色に染まった。光は減速し、ただ二人を残して、時が静止した。


「……女王」


「……辺境伯。いえ、ティト。これはいったい」


「全てを失った私が、それと引き換えに手に入れた能力です。今、この場に居る誰も、私たちの言葉を聞き取ることはできません」


「……時を止めたというの」


「……はい」


 女王は玉座から動かない。

 ただ、その顔を真っすぐに、目の前の男に向けていた。


 同じく、彼女の視線から逃げることなく、男もまた彼女を見つめ返す。

 止まった時間の中で、会話までもが凍り付く。


 それを不意に溶かしたのは、男の底冷えするような笑い声であった。


「ご安心召されよ。私は貴方に害意を加えるつもりはない」


「それは」


「過去に愛した人だ。たとえ、私を裏切り、その見返りに、全ての名声を手にして、この国の玉座につこうとも……な」


「ティト!! だってあなたはあの時!!」


 分かっています、と、男は怪しく笑う。


 片方だけの瞳に欠けた歯。

 顔の刀傷が邪悪に歪み、狂気が目の端から零れ落ちた。

 もう一度、男は分かっていますと女王に告げた。


「そこの男たちに騙された。そうなのでしょう女王よ」


「……それは」


「そして今、また貴方は窮地に立たされている。そこの男たちの思惑に踊らされる、哀れで力なき道化の女王を演じさせられている」


 おいたわしや。

 邪悪な笑みと共に男は言い放つ。氷の女王の張り付いたような冷たい表情が崩れたかと思うと、それはみるみると等身大の女性のそれに代わった。


 目の前の脅威に怯える表情に。

 そんな彼女をたしなめるように隻眼の男は静かに微笑む。


「そのような顔をしてはなりませぬ。貴方は氷の女王でしょう」


「……けれども」


「貴方にそのような顔をさせる者たちを廃するために私はここに戻って来た。信じてください。女王よ。私は貴方の忠実なる僕なのです」


 そう手土産に。


「こんなものはいかがか?」


 セピア色に染まった世界が急速に色を取り戻していく。その時、それまで、その世界になかった煮しめたような赤色が、四大公爵の一人の胸に広がっていた。

 胸に突き刺さったレイピアを凝視して固まる四大公爵――かつての男の仲間。


 どうして、何が、と、狼狽える間もなく、彼は絶命した。


 王宮内に悲鳴が木霊する。

 戦慄する女王。


 しかし、その表情に気が付かないほどに、場は混乱のるつぼに滑り落ちた。


「そこの男は、此度の戦にあたって、隣国に便宜を図った由。既に、私の手の者が、一部始終について証拠をまとめております」


「……けれどもこんな」


「言ったでしょう。私は貴方を守る為に戻って来たと」


 氷の女王。貴方の栄光を守る為ならば、私はなんだってしよう。

 誰も彼もが突然に殺害された公爵に気を取られる中、そっと女王の横に近づいた男は、彼女の耳を食むように甘く囁くのだった。


「さぁ、復讐を始めましょう。私と、貴方の、復讐を……」


◇ ◇ ◇ ◇


「……流行に乗っかったのう。今、流行じゃものな、追い出され系復讐モノ」


「全力で乗っかってみた!!」


「意外と楽しかった!! これ、いいわね!! なんかこう、いいわね!!」


 自信と興奮に満ちた声で、肩を組んだ男戦士と女エルフが言う。一仕事やりきった、そんな感じの気負いが、彼女たちの背中からは立ち昇っていた。


 たいへん満足。

 こういう話をやりたかったんだよ、おとぼけファンタジーじゃなくって。

 そんな感じをひしひしと表情から窺わせる辺り、満更でもなかったらしい。


 ここ最近というか、物語中で一度も見せたことのないような、やり遂げた顔をして、二人は風の精霊王にどうだろうかと判断を仰いだ。


 悪くない出来である。

 二人の表情がそんな想いを物語っていた。


 だが――。


「0点じゃボケナスがぁああああああっ!!!!」


「「うぇええええっ!!??」」


 風の精霊王はそんな二人のドヤ顔を、一喝と共に崩して見せた。


 怒髪天を突く。

 風の精霊王の髪が逆立てば、嵐が部屋に吹き荒れて、男戦士たちをかき混ぜた。


 肩を寄せ合いその場にへたり込む二人に、風の精霊王が眉を吊り上げる。


「ラブコメ!! ワシが見たいのはラブコメ!! 流行のなろうモノじゃなくてラブコメ!!」


 やはりカテゴリエラー。

 今週の二人のそれは、いささか、流行を追っかけすぎてクライアントの要求を無視した、身勝手なものだった。


 そういうとこだぞ。


「だって、一度でいいから、人気の設定やってみたくって……」


「そうすれば、俺たちも人気者になれるんじゃないかと思って……」


「もっと自分たちのアイディンティティを大切にするんじゃ!!」


 ごもっともである。


 あれ、なんかこう、小説講座で説教されてるような。

 あれ、あれれ、目から塩水が……。


 こういうとこかなぁ……。

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