第363話 どエルフさんとスペルマイグレーション

【前回のあらすじ】


「くらいなさい!! 【呪いの変換スペルマイグレーション】!!」


 白い飛沫が魔女ペペロペ――女エルフの母の身体に浴びせかけられた。


「……しかし、実の母親にぶっかけるなんて、とんでもない話だなこれも」


「とんでもねえよなぁ。いくら義理でもちょっとヤバいよな」


「どエロスさんもそう思うか」


「いや、義理だからギリギリオッケーとか、そういうことも思ったけれど。やっぱ実際に目にしてみると、無いわーって思うよ。しかもこれほら、娘が母親にだよ」


「特殊(な魔法)だよな」


「特殊(な魔法)だぜ」


「……なんの話をしとるんじゃおどれらは!! こっちが必死になって魔女をどうこうしようとしているというのに!!」


「いや、本編で言えないから、こっちで言っておこうかなと」


「流石だなどエルフさん、さすがだ」


「うるさーい!! あぁもう、さっさと本編行くわよ!!」


◇ ◇ ◇ ◇


 女エルフ渾身の白濁光線――【呪いの変換スペルマイグレーション】。

 それが魔女ペペロペの身体に浴びせかかる。


 白い粘着質なその光は、暗黒大陸の魔女の身体にまとわりつくと、瞬く間にその装備にこびりつき始めた。


 マント、ブーツ、ボンテージ、猿轡、アイマスク、手袋。

 その身に着けている魔女ペペロペの遺物と思われる装飾品たちが、白く白く彼女の魔法により漂白されていく――。


「いっ、いやぁあああああっ!!」


「……やった!!」


「おほっ、なんだよ効果てきめんじゃねえか!! やるなエルフの嬢ちゃん!! 流石はセレヴィの娘だぜ、才能あるじゃんよ!!」


「魔女ペペロペ――やったか!!」


 力なく、その場に膝をついて崩れ落ちた魔女ペペロペ。はぁはぁと、艶めかしくも荒い息を上げて、彼女はしばし肩を揺らした。

 はらりとその顔から、彼女の瞳を覆っていたアイマスクが剥がれ落ちる。


 トパーズのような輝かしい瞳。

 新緑の森の中にあっても浮き上がるようなシャープな鼻立ち。

 そのあまりの美しさにはっと男戦士たちが息を呑んだ。


 美しい女エルフ。

 五百歳とはとても思えぬその素顔に、男戦士はもちろん、同性の女軍師たちまで思わず魅了された。

 ただ一人――その素顔に違う感慨を抱いている女エルフを除いて。


「……養母おかあさん」


 女エルフのどこか自信のない台詞に、ぴくりと魔女ペペロペ――だった者の肩が震えた。まるで久しく視覚を失っていたように、とろんとした視線と共に顔を上げれば、魔女の依り代だった者は女エルフを仰ぎ見る。


 ぼつりぼつりと、その唇が震える。


「……も……ら」


「……養母おかあさん!!」


「……モーラ!!」


 杖を投げ出して女エルフが養母へと駆け寄ろうとした。

 先ほどまでの戦闘の激しさなど露も感じさない。代わりに目に涙をいっぱいに湛えて、彼女はようやく巡り合うことができた旅の目的であるその人を――両の腕で抱きしめようとした。


 離れ離れになり、会えなかった時間を取り戻そうとばかりに。


 しかし――。


「なーんちゃって」


 邪悪にトパーズの瞳が輝く。

 それは瞬く間にルビーのような赤色に染まると、邪悪な魔力の渦を伴って、女エルフを睨みつけた。


 はっと息を呑んだ男戦士。

 彼が目にしたのは、魔女の素体たるエルフが握りしめているもの――。

 見間違いなどではない。それはまさしく、かつて自分を貶め、白百合女王国を崩壊へと追い込んだ古代遺物オーパーツ


 ペペロペのスケベ下着であった。


「こんなこともあろうかと、切り札を用意しておいて正解だったわぁん」


「……いけない、モーラさん!!」


「無駄よぉ!! 迂闊な所は親譲りね、この体セレヴィの娘!! 死になさぁい!!」


 禍々しい魔力の奔流。

 尖り、蜷局を巻き、瘴気を放ち、それは女エルフへと迫る。

 思わず男戦士が魔剣エロスを放り出して女エルフの前へと飛び出した。

 しかし、人一人が盾になってみたところで、大魔女の力を押しとどめることなどできるものではない。


 無駄死にか。

 そう男戦士が思った時。


絶対領域ハイ・バリアー!!」


 男戦士と女エルフを守るように、虹色をした魔力の壁が五つ展開した。強力な大魔女の魔力はそれに阻まれ、岩打つ波のように左右に分かれて流れた。

 いったい何がとあっけにとられる男戦士たち。


 その渦中に――聞きなれた声が響く。


「……どうやら間に合ったみたいですね」


 姿を現したのは頼れる男戦士の仲間。

 女修道士シスターが、円卓の間の入り口に立ちその杖を魔女ペペロペに向けていた。

 そして、彼女だけではない。


「だぞ!! 一人だけ抜け駆けするなんてずるいんだぞモーラ!!」


「良い格好をひとりじめなんて――ほんとうにどうしようもないどエルフですね。流石ですどエルフさん、さすがです!!」


「コーネリア!! ケティ!! 貴方たち!!」


 男戦士パーティ、残りの二人が救援に駆け付けたのだった。


「だぞ!! 魔女ペペロペ、観念するんだぞ!!」


「連邦大陸――いえ、この世界にあだなす不倶戴天の敵、暗黒の巫女ペペロペ!! 教会の名において、貴方を封印させていただきます!! 覚悟!!」

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