第335話 どエルフさんと男たちの意地

【前回のあらすじ】


 モーラさん、吐く。


「他人事みたいに!! 誰のせいだとおも――おろろろろろろろ!!!!」


 かつて、こんなに汚いヒロインがいただろうか。

 流石だなどエルフさん、さすがだ。


「もう勘弁して!!」


◇ ◇ ◇ ◇


「すみませんエルフ様。ついつい祭に熱が入ったばっかりに、このような酷い扱いをしてしまって」


 一列に並んで頭を下げるササキエルの街の市民たち。

 その表情から悪気がなかったことは充分に伝わって来た。


 御輿から降りて衣装を脱ぎ、いつもの姿に戻った女エルフは、その盛大にいろいろとぶちまけた口をハンカチで拭う。

 まだまだ戻らない青い顔のまま、彼女は市民たちを睨みつけた。


 誰のせいとは言わないが、酷い目には遭い慣れている女エルフである。

 悪意のない、純粋な謝罪を前にしてしまうと、顔をしかめることしかできない。


「まぁ、悪気がないのなら許すけれど」


「――本当ですか!?」


「エルフさまが、エルフさまが俺達の事をお許しくださった!!」


「祭じゃ!! 祭の続きの始まりじゃぁ!!」


「エルフ祭の再開じゃぁ!!」


「やめいやめいやめい!! とにかく、もう御輿は勘弁して!!」


 再び御輿に自分を担ぎ上げ、わっしょいわっしょいと騒ぎ始めようとする市民を、慌ててて止める女エルフ。残念そうに指を咥える市民たち。

 どうやら、まだ騒ぎ足りないらしい。


 虎視眈々とエルフの身を狙う彼ら。

 そんな彼らから守るように、女エルフにさりげなく男戦士は近づくと、市民たちに睨みを利かせた。


 ようやくほっと女エルフが息を吐く。


「もう勘弁してくれる。歓待してくれるのは悪い気分じゃないけれど、もう少し穏便にしてくれないかしら。これでも私、か弱い女エルフなんだから」


「かwよwwわwwwいwwww」


「おい、なんで草生やした、おい」


 腕をまくって市民に殴りかかろうとする女エルフ。そういう所がか弱いとは程遠いのだが、どうもわかっていないらしい。

 やれやれと男戦士がそんな彼女を羽交い絞めにして止めた。


 そんな中――祭を取り仕切っていたババ様なる老女が女エルフの前に歩み出る。


「エルフ様は激しい歓待はお嫌いと申すか」


「お嫌いというか苦手というか。歓待されるのは結構なんだけれども、こっちの事情みたいなものを汲んで欲しいところよね。ただでさえ、いきなり祭り上げられてこっちは困惑しているというのに」


「なるほど――では、名残惜しいところですじゃが、第二プログラムの方に移らせて貰いますかのう」


「第二プログラム?」


 はてと首を傾げる女エルフと男戦士。

 老女がぱんぱんと二回手を叩けば、御輿を担いでいた男たちがわっせわっせと街の奥へと駆けていく。


 いったい何が始まるのだろうか――。

 すると入れ替わりに、剣を手にした褌の男が二人、のっしのっしと歩いて来た。


 どうしてその耳先は、粘土が塗りたくられて尖っている。

 エルフの耳を模しているのは明らかだった。


「それでは第二プログラム、妖精剣舞エルフソードダンスの披露に入らせていただきます」


妖精剣舞エルフソードダンス!?」


 そう言うや、二人の屈強な男が両手剣を抜き放つ。

 褌を振り乱し、そいや、そいやそいやと掛け声をかけると、彼らは激しく剣を振り回し始めた。


 ちょっと待った待ったと、またしても女エルフが止める。


「何やってるのよ!! 危ないじゃない!!」


「ですから、妖精剣舞エルフソードダンスと申したではありませんか」


「聞いたことないわ!! なによ、勝手に変な舞を造らないでくれない!?」


「変な舞とは失礼な。これは、この街の礎を築いた佐々木エルフさまが考案した、立派なエルフ剣術が奥義の一つ」


 エルフ剣術。

 耳になじみのまったくないその響きに女エルフが仏像のような顔をした。


 対して、男戦士――。


「エルフ剣術だって!? まさか、あの伝説の!?」


 食いつく。

 流石は古今東西のエルフ文化に、当のエルフよりも詳しいエルフ好きである。どうやら彼はエルフ剣術を知っているようだった。


 知っているのと女エルフの仏頂面が男戦士の方を向く。

 うむと力強く頷いて、男戦士はエルフ剣術について語り始めた。


「エルフ剣術。辺境のエルフ一族に伝わるという精密細動の妙技と言える剣術だ。その足運びは軽やかにして大胆。蝶のように舞い蜂のように刺すという」


「……へぇ、知らない」


「開祖であるエルフとその一族の血統は今は途絶えてしまったらしいからな。失伝した幻の武芸としてその筋では有名だ」


「……どの筋よ」


 呆れたという視線が男戦士の顔を射抜く。しかしながら、そんなものなどなんというもの、気にならないという感じに瞳を輝かせて、男戦士は剣を持つ二人の男に爛々とした瞳を向けるのだった。


「エルフの間では失伝したと聞いていたが――そうか、こうしてササキエルの街の人間には受け継がれていたのか」


「いかにもその通り!!」


「この街に住む男は全て、エルフ剣術を十の頃から嗜んでいる!!」


「おぉっ!!」


「そんなエルフ剣術を極めた達人の俺たちが!!」


「エルフになりきって舞う剣舞!!」


 どうか見てやってくださいと、男たちは再び剣を振り回し始めた。


「やいやいやいやいやいやいやい!!」


「るんたったるんたったー!! ちゃらりちゃらりらー!!」


「凄い!! あんなに高速に剣を動かしながらも、まったく剣先が相手を掠めないなんて――よほど厳しい修練を積んだに違いない!! すばらしい剣舞だ!!」


「そうですじゃろう、そうですじゃろう、ふぉっふぉっふぉ」


 当の主賓である女エルフをそっちのけに盛り上がる男戦士と村民たち。

 ふんどしが舞い、男たちの汗が飛び、恍惚の表情でその顎先を剣が過る。絶技には違いないが――。


 少し距離を置いてみれば、おぞましい光景以外の何ものでもない。


「やめて、こんな暑苦しい演舞に、エルフの名前を使わないで。お願いだから」


 さめざめと泣く女エルフ。

 そんな彼女の様子に老女が気づいて感嘆の声をあげた。


「おぉ、エルフさまが泣いておられる!! 感動しておられるぞ!!」


「おぉ、おぉおぉ!!」


「やり申した!! 我らやり申したぞ!!」


「大儀である二人とも!! 見事なエルフの舞であった!! 流石はササキエルの街最高の剣の使い手である!!」


 涙の意味を勘違いして褒めちぎる老女。

 もはや女エルフは、この地獄のような時間が過ぎるのを、ただ待つことしかできないのであった。


「では、更にもう一舞!! 今度は片手剣二つでより激しく!!」


「なんと二刀流も使えるというのか!! これはいよいよ凄いぞモーラさん!! エルフ剣術とは思った以上に高度らしい!! 流石だなエルフ剣術、さすがだ!!」


「もうエルフってなんなのよ。自分でも分からないわ……」

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