第336話 どエルフさんと女たちの意地

【前回のあらすじ】


 エルフ剣術とは。褌で剣を手に取り、暑苦しい男たちが裸で舞う、暑苦しい剣術のことである。


「風評だ!! エルフの地位がまた下がる!!」


◇ ◇ ◇ ◇


「なんと、これもお気に召さないと申されるかエルフさま。せっかく街で最高の剣の使い手が、褌と汗を振りまいて剣舞をお見せしたというのに」


「そんなもん見せられてお気に召す方がどうかしてると思うのだけれど!! というか、アンタらもこの男戦士アホも、勝手にエルフの文化を捏造するな!!」


「捏造とはまた随分な言い草。これは紛れもなく、このササキエルの街に伝わるエルフ文化――そんな文化を、まるで悪習のように言うのは、幾ら本物のエルフとはいえ失礼ではないか」


「そうだ失礼だぞモーラさん!! エルフが失伝した幻の剣技をこの方たちが保存してきてくれた。そう考えれば、出て来るのはそんな言葉じゃなくて、感謝の言葉のはずだろう!! 何を考えているんだ!!」


「滅んでしまえそんな文化!! 要らんから滅んだんでしょーがよ!!」


 まったく、今回のエルフはとんだあばずれじゃとばかり深いため息を溢す老女。

 張り切って剣舞を披露したふんどしの男二人も、すっかり意気消沈して、今にも死にそうな感じでその場を後にした。


 そんな彼らを心配そうに見送る男戦士。

 彼らが建物の陰に消えると、彼は語気を荒げて女エルフを非難した。


 しばらく、そんなやり取りを続けていると――。


「仕方ないですのう。では、第三のプログラムと行きますかのう」


「まだあるの!?」


 老女はそう言うや、またぱんぱんと手を叩いた。

 すると――。


「「「はぁーい!!」」」


 出て来たのは十数人からなる若い娘たち。

 彼女たちも、先ほどの男二人と同じく、耳の先に粘土をこねつけてエルフ耳にしている。更に頭から金色をした――カツラを被っているではないか。

 遠目に見ればエルフに見えなくもないその格好。


 あら、今度はまともじゃないと女エルフの顔が仏頂面からようやく戻った。


「今度は剣舞ではなく普通の舞、エルフ音頭ですじゃ」


「エルフ音頭!! そんなものがあるのか!!」


「エルフと言えども寿命はある。死んでしまった祖先のエルフを偲んで踊るものですじゃ。これは流石に、エルフさまもご存じですじゃろう?」


「いいえぜんぜんちっとも」


 いい笑顔で女エルフは言った。

 エルフと言っても地域差はある。きっとこの踊りを踊るエルフたちと女エルフは、違う地域なのだろう。知らないのは仕方ないことであった。


 けれども先ほどの暑苦しい男たちの褌踊りと比べれば、こっちはまだ見れたもの。

 いいじゃないやってみなさいよとばかりに、女エルフはふぅんと、エルフに擬態した少女を眺めて息巻いたのだった。


「では皆の者!! 今度こそエルフさまをちゃんと楽しませるのじゃ!! 心してかかるのじゃぞ!!」


「「「分かりましたババさま!!」」」


 元気な女性たちの声が響く。

 それと同時にちゃんかちゃんかと弦楽器の軽快な音が街に響き出した。


 あらやだ本格的じゃないと女エルフが口元を抑えたその時――。


「エールフ、おっぱいおっぱい、ボーインボーイン♪」


 突然、老女が妙な歌を口ずさみ始めた。

 女エルフの顔から血の気と笑顔が引く。同時に男戦士も土のような顔になった。


 あ、これ、まずい奴だ、と。


 そんな彼らの様子など気にする素振りもなく、老女はまたこぶしを利かせて、同じフレーズを口ずさんだ。


「エールフ、おっぱいおっぱい、ボーインボーイン♪」


「「「ボーインボーイン♪」」」


 歌に合わせて、エルフに模した街の女たちが、胸に手を当てて左右に振る。

 毬でも詰めているのだろうか。たわわに膨らんでいるそれは、リズムに合わせてたゆんたゆんと壮観に揺れた。


 見事、エルフ踊り、見事。

 男からしたら絶景としか言いようのない、見事な踊りである。


 しかしながら――女エルフからしてみれば。


「も、モーラさん。伝統文化だから。そういうしきたりだから」


「……ふぅん。乳ぃ揺らして卑猥な言葉を唱えるのが伝統文化か。変わった話もあったもんよのう」


 不快。

 それ以外の何ものでもなかった。


 何故かと説明する必要もないだろう。

 貧乳エルフ。どんなに激しく走っても揺れることないフラットな胸板を持つ彼女には、そのエルフ踊りは酷く滑稽なものに見えたのだ。


 いや、滑稽というか、まぁ、なんというか。


 ぐっと、女エルフが杖を握る手に力を籠める。


「とりあえず、悪習は燃やしておこうかしら」


「だ、ダメだモーラさん!! これは文化なんだ!! 別に、モーラさんをからかってやってる訳でも、エルフを馬鹿にしてやってる訳でもないんだ!!」


「悪意以外の何ものも感じないわよこんな踊り!! なによ、エルフ、おっぱい、ボインって!! 世のエルフの九割は、貧乳だってのに――喧嘩売ってんの!!」


「――いや、それはモーラさんの勝手な思い込みで、ボインのエルフも世の中にはそれなりにいるし。そもそもモーラさんが極短に小さいだけで」


「おう、言葉の響きに悪意を感じたぞ。に小さい。悪かったのう、小さい上に短くって――まずはお前から燃やしてやろうか!! このエルフ馬鹿一代!!」


 魔法の杖を振りかぶる女エルフ。

 その様子を見て、おぉ、杖を振り上げて喜んでおられると、また老女が勘違いして声をあげる。


 出力最大の魔法で、この街ごと燃やし尽くしてやろうか。

 そんな思いが女エルフの頭を過ったその時――。


「いけませんよ。この街での乱暴狼藉は、この私が許しません」


 突然、その杖を何者かが掴んだ。

 聞きなれない声。だが、どうして、妙にひっかかる。


 振り返ってみればそこに立っていたのは――足まで届く黒い長髪に純白の修道士服を着た女。彼女が女エルフの得物をがっちりと掴んでいた。


 身長は彼女より少し小さいくらい。なかなか、人間にしては高身長だ。

 しかしそれよりも女エルフが気になったのは――。


「……コーネリア?」


 瞳に星が入っていないし、衣装も違うが、その姿が自らのパーティメンバーの一人にそっくりなことだった。


 その問いかけに、少女は静かに首を横に振って否定する。


「いいえ違います。私はコーネリア姉さまではありませんよ、モーラさん」


「……!?」


「リーケット!? どうして貴方がこんな所に!!」


 ちょうどそれと時を同じくして、耳に馴染みのある声が女エルフに届いたのだった。その声の方を向けば、声と同じく見慣れた顔。瞳の中に星を飾ったしいたけおめめ、女修道士シスターコーネリアがそこには立っていた。


 しかし、その顔は今までにないくらい真剣で、そして、焦りを伴っていた。

 その表情の理由は女エルフを止めた女にどうやら関係あるらしい。


「ご無沙汰しております、コーネリア姉」


 表情豊かなコーネリアと違って、彼女を姉と呼ぶその白い服を着た女は、無表情にそう言ったのだった。

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