第322話 ど男戦士さんと皇帝の土曜日
【前回のあらすじ】
中央連邦騎士団へと無事に到着したどエルフさん一行。
そこで待ち構えていたのは、男戦士のことを評価する騎士団の団長たちだった。
思いがけない歓待。
そして大陸でも名の知れた英雄からの厚遇。
少し舞い上がった男戦士だったが――とある騎士団長の登場に戦慄するのだった。
その男とは、ピンク色の鎧にマッシュルームヘアーの男。
名をカーネギッシュ。
「彼は、スコティの永遠のライバルとされた男。連邦騎士団の【黒い死神ヨハネ・クレンザー】――その息子だ!!」
「なんだって!?」
そして、彼の愛剣である魔剣エロスもまた、彼以上に
◇ ◇ ◇ ◇
【人物 黒い死神ヨハネ・クレンザー: スコティと同じ時代を生きた冒険者。戦士レベルは7であったとされる。スコティたちが暗黒大陸の軍勢と戦うより以前、たびたび彼らと衝突を繰り返した宿敵の相手。その後、暗黒大陸との全面戦争では、長年の恩讐を水に流してスコティたちと共闘。大陸の平和に一役を買った。なお、大戦後の詳細が分からないスコティたちと違い、彼については動向が把握されている。大戦の際に利き手を負傷し、戦士として引退を余儀なくされた彼は、冒険者稼業で溜めた金と大戦の恩給により、中央連邦の首都にて孤児院を開業した。そして……】
「その彼が開いた孤児院で剣士としての才能を見出され、直々に手ほどきを受けたのが彼、カーネギッシュだ」
「……なんだ、血の繋がりはないのか」
どこかほっとした口ぶりで呟くエロス。
心の中だけで会話しているので、当の凶戦士に彼らのやりとりは聞こえていない。だが、あからさまに安堵した魔剣の様子に、男戦士は不思議な感覚を覚えた。
なぜ、血が繋がっていないことに、そこまで安堵するのだろうか。
なんにしても、伝説の戦士が見つけた実力者には違いないというのに。
まぁいい、魔剣エロスの奇行は今に始まったことではないと、知能1の男戦士はその様子をスルーした。そして、改めてその才能のある剣士に向き合う。
「バルサ・ミッコス殿に続いて貴方のような方まで。連邦騎士団は人材豊富と見える。やはり、私などいなくても大丈夫なのでは?」
「はっはっは、バルサ殿はもうお歳だし、僕は二つ名の通り【凶戦士】だ。小粒揃いであるとは自覚しているけれど、新しい騎士団を引っ張っていくほどの力があるとは思っていない」
「私も、自分にそれほどの力があるとは思っていないのだが」
「あるさ。君からはそういうフィーリングを感じる。この僕が保証する。だからもっと自信を持ちなよティトくん。いや、ティト団長」
握手もそこそこに手を離した凶戦士は、男戦士の肩を叩いて励ます。
凶戦士の名にはあまりふさわしくない、フレンドリーな物腰と台詞。おまけにウィンクまでついて来たのに、男戦士はたまらず面食らった。
この男、本当に凶戦士なのだろうか。
あの逸話は本当なのだろうか。
そんな疑念が顔の底に浮かんだのを読み取ったのだろう。
ははっと、これまたフレンドリーに凶戦士が笑った。
「もしかして、僕が【凶戦士】って言われてる意味が分からない、って感じかな」
「えぇ、まぁ。とてもその、失礼ですが、戦士にはほど遠いように感じて」
「僕もそう思うよ。本当ならお洒落な吟遊詩人にでもなりたいところだったんだけど、養父――師匠から強く言われてしまってね。臆病な性格を誤魔化し誤魔化し、なんとかやっているっていう感じさ」
「臆病?」
「戦のたびに部隊単位で人を倒しておいて、臆病はないだろうカーネギッシュ」
何を言っているんだと口を挟んだのは老騎士だ。
それもそうだねと、後ろ髪を掻き毟って笑う凶戦士だったが、確かに、その顔には一騎当千の心意気というべきか、気迫のようなものが感じられなかった。
はたして、本当にこの男が英雄なのだろうか。
いや、人は見た目によらぬもの。いざ戦場に立てば、恐ろしい程勇壮な騎士になるのかもしれない。
武者震いが突然、男戦士の体を走った。
許されるなら、この男と剣を交えてみたい。戦士技能レベルが、どれほどなのかは分からないが――なにせその二つ名は大陸中に知れ渡っている。
「カーネギッシュどの。もし、このあとよろしければ、一つ手合わせでもお願いできないかな」
「おいおいティト。お前、何を言い出すんだよ」
からくり侍のようなことを言い出した彼を、すかさず魔剣が止めた。
もちろん、真剣での勝負ということはないだろうが、暗黒大陸の脅威が差し迫る状況でそんなことをしている場合ではない。
なにより、男戦士が負けでもしたら、団長就任という話の雲行きも怪しくなる。
やはりカーネギッシュが上に立つべきではという話も騎士団内で湧くだろう。
しかし。
それをどうこうという前に、男戦士は戦士なのだ。
からくり侍と根っこのところは一緒。
強い男と――戦士と戦ってみたい。
そしてそれは、きっと凶戦士も同じ。
だと思ったのだが。
「いやいやいやいや、無理無理無理無理。もう、決闘なんて勘弁してよ」
「……へ?」
どうもそういう感じでもなかった。
全力で首を横に振って、否定してみせる凶戦士。
マッシュルームヘアーが胞子でも飛ぶのではないかと激しく揺れる。
その反応に、おもわず男戦士が間の抜けた顔をしていた。
「僕は基本的に争いごとは嫌いなんだよ。そうだね、勝負するなら、もっとこう、ふんわりとしたものでしよう」
「……ふんわりとしたもの」
「編み物とかどうかな。実はこの鎧の下に、お手製のセーターを着ているんだけど」
言っている意味が分からない。
男戦士は凶戦士のあまりに平穏かつ突拍子もない提案に、真意を測りかねるように困惑した。
一方で――。
「やっぱり血が繋がってないんだな。なんかちょっと安心したぜ」
エロ魔剣が一人、その様子に安堵の言葉を漏らしたのだった。
「それか歌なんかはどうかな。僕、スウェディッシュポップにはまっていてね。お洒落なのが好きなんだ」
「……はぁ」
「ティトどのは、お洒落興味ない? 冒険者稼業だから、そういうのは難しいか。けど、ちょっとした心持ちだけでお洒落は楽しめるものだよ」
凶というより狂ではないか。
なんだか正体の見えない、連邦騎士団第二部隊の団長の発言に、男戦士はただただ圧倒されるばかりであった。
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