第307話 ど戦士さんと弟子入り

【前回のあらすじ】


 奇縁によりからくり侍と決闘することになった男戦士。

 しかし、その心はここにあらずという感じ。魔剣を手にして、ふらりふらりとうつろな目をしてその場に立ち尽くしていた。


 はたして、そんな彼を見かねて声をかけたのは女エルフだ。

 彼女に喝を入れられて、ようやく男戦士は正気に戻った。


 はたして彼は何のために戦うのか。

 どうしてこの勝負を受けたのか。


 理由はもちろん、決まっている。

 からくり侍より前に受けていた、中央大陸連邦騎士団の団長就任についてだ。


 彼はこの勝負に――命運を委ねたのだった。


、俺は、彼の依頼を受けようと思う」


「……なるほどお前の後悔はそこにあるんだな、ティト?」


 魔剣との問答でそう答えた男戦士。


 はたして、男戦士は危なげなくからくり侍との戦いに勝利したのだった。


◇ ◇ ◇ ◇


 さて。


 命のやり取りになるかと思った真剣勝負の結末は、両者五体満足という、穏便な形に落ち着いた。


 まだ戦う気力は有り余っているという感じのからくり侍。

 だが、肝心の刀が折れてしまっては戦うことはできない。


 残念、と、独り言ちに呟く彼。

 折れて飛んだ刀の刃を拾い上げると、峰の方を握って鞘の中へと戻す。そして、三分の一ほど手元に残った柄を、申し訳程度にそこに差したのだった。


 貝殻を加工して作られた乳白色の瞳。

 それが木製の瞼によって覆われた。


「拙者の負けでござる。まさか、こうも容易く太刀筋を読まれるとは。まだまだ修行不足というもの」


 がっくりと、肩を落としてそう告げたからくり侍。


 その体は木で出来ている。表情もまた変わるはずはない。

 けれどもどうして、先ほどまで突き刺さるように女エルフたちが感じていた、彼から発せられる妙なとげとげしさは、すっかりとなくなっていた。


 ほっと、そんな様子に溜息を吐き出す女エルフたち。

 果し合いは終わったのだ。


 それを象徴するように、魔剣エロスを鞘に納めた男戦士が、からくり侍に手を差し伸べた。その健闘を讃えてということだろう。なさりげない素振りで、彼は握手を剣を交えた相手に向かって求めていた。やはり、根は紳士である。


 少し戸惑う素振りを見せて、それから、からくり侍が男戦士の手を握り返す。


「生きていれば、まだ幾らでも剣の腕を磨く機会はある。一度くらいの敗北がなんだというのだ、そんなものは気にしないことだ」


「しかし、ここが戦場だったなら、私の首は既に胴を離れている」


「たかが剣を折られただけだろう。戦ならば、ここから組み合い、殴り合い、それでも戦いを続けるものだ。逃げるという手段もある。戦場ならば死んでいるという判断は早計だ。それは戦を知らぬ者の道理」


「戦を知らぬ者」


 ちょっとその言い方は幾らなんでも、と、小声で女エルフが男戦士に抗議した。


 武者修行と戦は別。

 剣が居れた程度で終わるものではない。

 男戦士の言葉は確かに真理ではあった。


 しかし、相手は国を回り猛者と戦うことを由とするような武道者である。

 戦を知らぬとは、さぞその矜持プライドを傷つける言葉だろう。


 戦も、決闘も、冒険も、数多の修羅場をくぐって来た男戦士だ。

 自然にそんな言葉が出てしまったのは仕方がないのかもしれない。

 だが、いささか、意気消沈する相手にかける言葉にしては軽率――。


「ティト殿!!」


 案の定、からくり侍は握りしめた手をそのまま引くと、男戦士を自分の方へと引き寄せた。言わんこっちゃない、と、女エルフが瞳を覆った次の瞬間。


 からくり侍は、ひし、と、男戦士の体に抱き着いていた。


「その言葉、胸に響き申した!!」


 はい、と、女エルフが驚いた顔をする。

 同じく男戦士も、どうしていいのかという感じに、その瞳をしばたたかせた。


 当惑する彼らを置いてきぼりに、からくり侍はまくしたてるように喋り続ける。


「確かに、拙者戦場を知らぬ者!! 剣術の道を究めんと故郷の東国より旅立ち、名のある武芸者と見るや決闘を挑む日々を過ごして参った!! しかし、ただの一度も戦を知らず!!」


「あぁ、うん、そうなのか」


「剣術とは本来戦場の中にあって使われるモノ!! 拙者、ティト殿にその言葉を告げられるまで、すっかりと本質をはき違えており申した!! いやはやなんともおはずかしい!! そうでござるな、剣が折れれば戦いは終わりなど馬鹿げた道理!! 首をへし折るか、抜き手にて相手の腸を引きずり出すか……とにかく、向かい合った敵の息の根を止めるまでが戦にござる!!」


「無茶苦茶ぶっそうねこの人」


 またしても男戦士たちの間に入った女エルフ。

 彼女は強引に男戦士とからくり侍を引き離すと、そんなことを男戦士に告げた。


 あぁ、とも、うん、とも、男戦士は言わない。


 その一方で、無理やり男戦士から引き離されたからくり侍。彼は、そのまま、その場に平伏すると、三つ指をついて男戦士と女エルフに頭を下げたのだった。


「ティト殿!! 拙者、貴殿のその常在戦陣のお考えに敬服いたした!! 是非にも、拙者にその剣術と思想を――いや公私ともども御指南いただきたい!!」


「……なに言ってるの?」


 意味が分からない、と、女エルフが白い目をからくり侍へと向ける。

 それに呼応するように、からくり侍の結い上げた黒い髪が揺れて顔が上がる。白い造り物の瞳が男戦士と、女エルフを交互に見た。


「どうか、拙者を弟子にしてはいただけないでしょうか!!」


「……はいぃいぃ!?」


 女エルフの素っ頓狂としか言いようのない叫び声が街はずれの荒野に響く。


 そんなこと出来る訳がないだろう。

 荒野に広がっていく叫びは、言外に、そんな女エルフの気持ちを含んでいた。


 一方。

 こんな時でも呑気なのが男戦士である。


「騎士団に、弟子か。あれよこれよと、今日はよく頼まれごとをされる日だな」


「悪いことってのは重なるもんさティト」


「そういうものか?」


「そういうもんだ。なに、そういう時は酒でも飲んで、さっさと忘れちまうに限るぜ。まぁ俺様は剣だから飲めないんだけどな」


 腰の魔剣とそんなやり取りをしながらも、うんざりとした溜息を吐く。

 その顔は、あきらかに当事者意識というのが欠如している、なんとも緩み切った間の抜けたものだった。

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