第306話 ど戦士さんと刹那の一手

【前回のあらすじ】


 中央大陸連邦騎士団の青年から、騎士団長への就任を要請された男戦士。

 しかしながら即答しかねた彼は一日待ってくれと回答を保留した。


 そんな状態でふと女エルフと合流した男戦士は、一緒に居た回国武者修行中のからくり侍に、勝負を挑まれることとなった。


 やめときなさいなと、いつもの調子で止める女エルフだったが。


「いや、その話、受けよう」


「……はい?」


 意外にも男戦士はその申し出を受けた。

 どういう心境なのかは当人しか分からない。


 ただ、無益な殺生はもちろん、争いごとを好まない紳士な男戦士。

 彼にしては、それはいささか珍しい行動だった。


◇ ◇ ◇ ◇


 はたして男戦士とからくり侍の一番勝負が行われる場所は、目抜き通りはもちろん論外、人目を避けて街の外れとあいなった。


 刀身を鞘から引き抜き、差した丁子油の心地を確認するからくり侍。

 一方で、男戦士はさっさと鞘から魔剣エロスを抜き放つと、ぶらりぶらりと気もそぞろという感じで、それを揺らしていた。


 どうにも落ち着きがないという印象を誰が見ても受ける。

 女エルフが大丈夫かしらと、はらはらとした表情をするのも無理はなかった。


「さて、初めに聞いておく。この勝負、命の取り合いになっても文句はないな」


「えっ、ちょっと!?」


「……あぁ、別に構わない」


「ティト!?」


 からくり侍からの思いがけない危険な提案。

 それに対して、随分と軽く、そして心ここにあらずという返事をした男戦士。

 なんとも暖簾に袖押しなその反応に、たまらず女エルフが彼に駆け寄った。


 ぶらりぶらりと、剣を風に揺らしている男戦士。

 どこを見ているのか分からない空虚な目をした彼。これまたはめ込み式になっている、貝殻を加工して作った作り物の瞳をしたからくり侍。

 その間に割り込んで、女エルフは、男戦士の肩をきつく握った。


 肩に加わった痛みからだろうか。

 現実に引き戻されたように男戦士の瞳にようやく光が戻る。

 すぐに彼はその黒い瞳孔を下に向けると、涙を浮かべながら彼を見ている女エルフを捉えた。

 

「……モーラさん?」


「しっかりしなさい、ティト!! そんなボヤッとした状態で、戦いなんてできる訳ないでしょう、どうかしてるわよ貴方!!」


「……そうだな」


「そうだな、じゃ、ないわよ!! いったいどうしたの!? 貴方、そういうキャラクターじゃないでしょう!? 決闘だなんて、バカバカしいと避けるタイプじゃない!! なのに!!」


 どうして、と、真っすぐに男戦士を見つめて問い詰める女エルフ。

 男戦士はその瞳と問いに対して、返す言葉をすぐに見つけられなかった。


 困惑した表情でしばしの間、男戦士は立ち尽くす。

 それから、やがて。


「……迷っていることがあるんだ」


「……え?」


 ぽつり、と、それだけ、女エルフに告げた。

 そして肩にかけられていた彼女の手を掃うと、さぁ、いざ尋常に勝負と、剣の柄を両手で握りしめて正眼の構えを取った。


 うむ、と、その構えに対して、からくり侍が唸る。

 彼は刀を鞘の中へと納めると、腰を落とし、右膝を前に突き出すようにして、しゃがみ込むような構えを取った。


 鞘を腹の中に潜らせ、その鎬を丹田に押し付けるようにして持つと、ゆっくりと柄に手をかける。


 抜刀術である。

 東国に伝わる剣の妙技。

 鞘の中で刃を滑らせ、抜ける時の摩擦力を使い、その太刀筋を神速の域へと高めるという原理のものだ。


 このような個対個の戦いにおいて、絶対的に優位となる必殺の技。

 命の取り合いと、言ったのは誇張表現でもなんでもない。


 からくり侍は、もとよりこの技を使うと決めたその瞬間より、戦いの決着の末に、それが不可避であると覚悟していた。


「貴殿を一流の戦士と見込めばこそ、拙者も、最大の奥義でかからせて貰う」


「そうでなければ戦う意味などないだろう。遠慮はいらない」


「……参る!!」


 と、からくり侍。

 その背中から紫色をしたおどろおどろしいオーラが噴き出す。そんな風に、一瞬、女エルフたちの目にそれは映った。


 いくつもの修羅場を潜り抜けて来た剣豪が持つ剣気というものか。

 それとも、より単純に、多くの果し合いを斬りぬけてきた、殺気というべきか。


 なんにしてもこのからくり侍、ただものではない。

 女エルフと女修道士シスターが戦慄した。


「あぁ、このタイミングでちゃちゃ入れるのはどうかと思うがよ」


 しかし、ここに来て戦慄していないものが一人いる。

 いや、一本がいる。


 それは男戦士が手にしている剣であった。


 かつて戦士技能レベル10だったもの。

 この程度の修羅場など、幾多と潜り抜けて来たであろう、魔剣エロスであった。


「……なんだ」


 そんな彼の問いかけに、これまた、戦士技能レベル8の男戦士が答える。


「おめえさんのことだ、例の依頼について受けようか、受けまいか、悩んでいるっていう所だろう。この野良試合の結果を持って、どうするか決めようって魂胆だな」


「……あぁ」


「どうするんだ。として、する?」


 まるで、からくり侍に最初から勝ち目などない、と、言いたげな魔剣。

 そんな彼の問いかけを否定せずに、男戦士は浅く息を吐き出した。


、俺は、彼の依頼を受けようと思う」


「……なるほどお前の後悔はそこにあるんだな、ティト?」


 それ以上は言うまい、と、男戦士が返事をしなければ、彼が手にするエロいインテリジェンスソードはまたただの剣へと戻った。


 さぁ、いざ、尋常に勝負。

 二人の目が重なった時――からくり侍の鯉口がキンと鳴って、彼らの間にある空気が歪んだ。


 あぁ、と、切なげな女エルフの声が漏れた時。


 勝負は既に決着していた。


「……お見事」


「いや、見事な踏み込みだった。俺が想定していたよりも随分と早い。居合というのだろう。過去に受けたことがなければ、むざむざこの首飛んでいたことだろう」


 振りぬいたからくり侍の刀は、その刀身を三分の一ほど残して破断していた。


 武器破壊。


 いつの間にか正眼から逆手に魔剣を持ち替えていた男戦士は、その野太い剣の根元で、からくり侍が持つ刀を受けて、なおかつ、受け流すのではなく破壊してみせた。


「……お前、俺様が名剣だから折れなくて済んだものの、普通の剣で受けてたら、死んでたぞ、ティト!!」


「大丈夫だ。その時は鍔か柄を使う。あるいは柔らかい剣の芯で受ける」


「うわァ、えっぐぅ。けどまぁ、俺様でもそうするだろうけどね」


 軽口を叩きあう男戦士と魔剣。

 うなだれるからくり侍をよそに、野良試合はあっけなく幕を閉じたのだった。


 そして、男戦士の今後についての願掛けも――密かに終わった。

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