第292話 どエルフさんと久しぶりの休日

「はぁ。久しぶりに休めるわ。ここ最近、ほぼほぼ休みなしで冒険に出てたから、くたびれたぁ」


「宿屋でこうしてゆっくりするのも随分久しぶりですね」


「だぞ。本当なんだぞ。けど、うかうかもしていられない。今回の冒険でいろんなことが分かったんだぞ、それを忘れないうちに文献にまとめなくては――なんだぞ」


 とっぷりと日も暮れて夜。


 ここは男戦士たちが活動拠点としている街。

 そして、彼らが贔屓にしている冒険者向けの宿屋である。


 男戦士パーティの女三人は、ちょうど空いていた三人部屋を借りると、三つ並んで置かれているベッドにそれぞれ腰かけて嘆息した。


 なんにしても、この街のギルドマスターこと店主からの依頼は完遂した。

 幸福の神から頼まれた話――暗黒大陸の脅威についての話――はまだ残ってこそいるが、一旦休息という奴である。


 安普請の作りとはいえ久しぶりのベッドある。

 ショーク国で、タターミとオフトゥンのありがたみを味わった彼女たちだったが、それはそれ、これはこれ。

 その久しぶりの寝心地に、はぁ、と、また、女エルフが溜息を漏らした。


 と、そんな女エルフを眺めながら、女修道士シスターがくすりと笑う。

 なによぉ、と、振り返った女エルフ。

 不満げに頬の端を吊り上げた彼女に、いえ、先ほどのことを思いだして、と、女修道士は意地悪な顔を造って応えたのだった。


 ほんのりと、女エルフの白い頬が桃色に染まる。


「べ、別に、あれは、未来ある少女エルフたちに、あいつらの妙な思想が伝染するのが嫌だっただけで、深い意味はないんだからね」


「なんだか普通にツンデレみたいなことを言い出しましたね」


「ツンデレって……だからぁ、そんなんじゃないってば!!」


 もう、と、言って手元にあった枕を手に取ると、向かいの女修道士シスターに投げつける女エルフ。たわわに実った胸でそれを受け止めた女修道士は、やりましたねと言いながらシイタケみたいな瞳を光らせて、すぐにそれを投げ返した。


 枕投げ合戦の開始である。


 そんな二人を脇目に、いい歳して何をしているんだかと、ワンコ教授が嘆息する。

 彼女はそんな喧騒を離れて、部屋に一つだけ置かれている机へと向かった。


 大通りに面した窓際に置かれた机。

 そこには、手元を明るくするための、魔法製の照明器具が設置されている。

 それに魔力を通わせて明かりをともせば――。


「……だぞ? ティト?」


 ふと、窓の外に男戦士の姿が見えた。

 ぽつりワンコ教授が呟く。


 別の部屋を取った筈の男戦士が、どうして暗闇の中、宿屋の前の道に立っていたのだった――。


◇ ◇ ◇ ◇


「では、頼んだぞハンス。それと、ヤミ」


「……依頼は確かに請け負った。俺も冒険者だ、きっちりとこなさせて貰うさ」


 そう言って、男戦士から厚紙で造られた書簡を受け取った大剣使い。

 彼が頷くと、にょほほほ、と、金髪少女が笑った。


「まぁ、大法力使いにしてくろがねの巨人を倒したわらわがついておるのじゃ、どーんと、大船に乗ったつもりで待っておるがよい」


「……それを本当に倒したこいつの前で言うか」


「ふっふっふ、分かっておらぬようじゃのう。嘘というのは、吐き続けるからこそ効果があるのじゃ。中途半端に吐く嘘ならば、最初から言わぬ方が吉というもの」


 認める時点でどうなのだ。

 大剣使いがあきれた顔をしながら頭を掻いた。

 そんな彼らに咳払いをして、もう一度、男戦士は視線を送る。


 頼りにしている。

 そう言いたげな視線に、自然と冒険者二人の顔が引き締まる。


 どうやら男戦士はこの二人を雇い、書簡を届けるよう依頼したらしい。

 その依頼の先がなんなのか、また書簡の内容がなんなのかは分からない。


 だが――。


「ふむ」


 書簡を手にする大剣使いが、その鉄面皮な顔を少し怪訝に歪めた。


「しかしまさかティトよ。お前が彼の一団の者だったとは」


「うむ。流石にこの依頼をされた時にはびっくりしたのじゃ。しかも、このような書状を発布できるほどの立場にあったとは。人は見かけと言動によらぬものよのう」


「……そんな大したものではない」


 謙遜するでない、と、金髪少女が肘で男戦士の脇をつつく。

 しかし、そのどこか道化じみたやり取りに、男戦士は迷惑そうに顔を歪めた。


 ふむ、と、また、大剣使いがひとりごちる。

 その迷惑そうな様子を見て何かを察したような顔つきであった。


「まぁ、鬼をその身に宿している時点で、訳アリだとは感じていたが。冒険者などに身をやつしているのもそれが原因か?」


「……鬼を宿していては騎士とは言えぬからな」


「しかし、お主ほどの技量、そして高潔さがあれば、そのようなこと些細なことなのじゃ。鬼族の呪いのことはあったとして、それも抑えられている。気にするようなことではないのではないか?」


「こればっかりは、このペテン師嬢ちゃんの言う通りだ。もっと自信を持っていいと思うぜ、ティト」


 誰がペテン師なのじゃ、と、大剣使いの後ろ脛を蹴り上げる金髪少女。

 やめろ、とも、痛い、とも言わずに、大剣使いはそれを受け止めた。


 ぐぬぬ、と、びくともしない大剣使いを睨みつける金髪少女。

 そんな彼女をよそに、男戦士と大剣使いは視線を交わし続けていた。


 男戦士の依頼に応える代わりに、それだけは、はっきりと言わせてもらう。

 そうとでも言いたげな力強い視線が男戦士に向かった。


 その視線から逃げるように、男戦士は彼らに唐突に背中を向ける。

 それはなんとも寂し気な背中であった。


「とにかく、その書類を確実に届けてくれ。任せたぞ、ハンス、そして、ヤミ」


「……任せろ。その後は、すぐに俺もまた合流する」


「ふっふっふ、くろがねの巨人退治の後は、暗黒大陸の兵を相手に大暴れ。天国のお付きの者たちよ、見ておるかえ。わらわのヒロインックサーガを!!」


 かくして、男戦士から離れていく、大剣使いと金髪少女。

 彼らは闇の中を太陽が消えた方角――西に向かって歩いて行った。


 それを見送ることなく、男戦士が溜息を吐き出す。


 そうして、彼が見つめたのは、己の拳だった。


「もっと、自信を、か」


「……俺もそう思うぜティト。聞いた限りじゃ、お前さん、いくら鬼に身をやつしたからって、引退して冒険者になることはなかったんじゃねえか」


「……エロス」


「まぁ、おめぇのそういう融通の利かなさは俺も好きだがよ。だがいかんせん、息苦しいだけだぜ、そんなのはさ」


 魔剣の柄に手をかけて、男戦士が、いいんだ、と、呟く。

 なら構わないが、と言ったっきり、喋る魔剣はただの魔剣へと変わったのだった。


 夜の帳に包まれる街。


 振り返り、大剣使いたちが消えた先に視線を向けると、男戦士はしばらく空虚な瞳をしてその闇の奥を眺めていた。


 まるでどうしていいか分からないように。

 あるいは、何かを後悔しているように。

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