第255話 魔性少年と予感
【前回のあらすじ】
なんとか魔法少女勝負に勝利した女エルフ。
自らの完敗を認めた魔法少女は、男戦士達にフロアを自由に使うように申し出た。
かくして、彼らは七階にて、キャンプをすることにしたのだった。
◇ ◇ ◇ ◇
男戦士、魔性少年、そして金髪少女。
それぞれ、自分たちのキャンプの設営が終わると、彼等は誰と示した訳でもなく、テントの外へと出てくると合同で、食事の準備をし始めた。
「にょほほほ!! ついに前人未到の七階に到達じゃ!! 今宵は宴じゃ!!」
こんなこともあろうかと、お付きの者に大量の食糧を持たせていたらしい。
金髪少女と黒服たちは、見るからに冒険には不釣り合いな、新鮮な肉やら魚やらをクーラーボックスの中から出してみせた。
おぉ、と、これには男戦士たちもにわかに色めきたつ。
「流石はお嬢様ね、やることのスケールがちょっと違うわ」
「だぞ、だぞ!! おいしそうなんだぞ!!」
「いただいてもよろしいんですか?」
「もちろん!!
カンウ対策でついて来たはずなのに、ちっとも役に立つことができなかった。
金髪少女にはそれなりに後ろめたい部分があったのだ。
それが、ご相伴程度で払拭されるなら安いもの。
流石は大人数の信者を抱えているだけあって、そういう心理的なやりとりも、彼女は心得ているのであった。
「にょほほほ!! よいぞよいぞ!! ささっ、今日は楽しく飲み明かそう!!」
本人は至って、そんな素振りを見せはしなかったが。
超能力は偽物。
だが、この手の人身掌握術については、どうやら本物であるらしい。
苦笑いを浮かべて、魔性少年は黒服と女エルフたちに囲まれている、金髪少女を眺めていた。
ふと、そんな彼の視線が次の階へと向かう、石段へと向く。
「気になるのか?」
声をかけたのは男戦士だ。
まるで宴なんて関係ないという感じに、彼等のパーティの常備食である干し肉にかぶりつきながら、彼は魔性少年の隣に立った。
えぇ、と、素直に魔性少年は、その視線の意図を彼に告白した。
「カンウ、レッドシャドウ、そしてリリィさん。五階以降の守護者は、どれも強力でしたからね」
「守護者?」
「この塔の五階以降には、コウメイが配置した強力な守護者が居るんです」
「ほう」
そういえば、そんな話もしたっけっかな。
そんな感じに男戦士が干し肉を齧りながら宙に視線をさ迷わせた。
彼のそんな素振りに生暖かい視線を向けて、再び、魔性少年は階段を見る。
「この階段の先に、いったいどんな守護者が待っているのか。ついつい、考え込んでしまいました」
「心配しなくても、俺とハンス、それにモーラさんたちがいる」
「……そうですね」
けど、と、何だか申し訳なさそうに、魔性少年が暗い顔をする。
いったい彼は何を心配しているのだろうか。
せっかく、ダンジョンの攻略が順調に進んでいるというのに、なんとも言えない表情をする魔性少年に対して、男戦士は首を捻った。
「……なんとなくですが、予感がするんです」
「例の超能力という奴か?」
「えぇ。これより上の階には、僕達の想像を越えるような――なにかとんでもない、バケモノが潜んでいる。そんな予感がするんです」
これまで、女エルフと数々の冒険をこなしてきた男戦士。
そんな彼の直感は、魔性少年が述べたような不安を感じてはいなかった。
気のせいではないか、と、言ってしまうことは簡単だ。
だが、それでは魔性少年が抱えている、不安を解消することにはならないだろう。
男戦士は珍しくふと考えるそぶりを見せた。
それから魔性少年に自分の齧っていた干し肉の半分をちぎって差しだした。
「まぁ、バケモノの類と戦うのは、こう言っちゃなんだが慣れている」
「ティトさん」
「ミノタウロスにドワーフ、
俺の腕を信じろ。
そう言わんばかりに、力こぶを作って叩いて見せる男戦士。
しかし。
魔性少年の顔から、不安の色が消えることはなかった。
「違うんです、ティトさん。この予感はまた、それとは違ったものなんです」
「違ったもの?」
「……
「ふむ」
「あまり考えたくないことですが、もしかするとコウメイは……」
ここで、魔性少年が言いよどむ。
手にした干し肉を握りしめて、それから、階段の奥の闇を眺めて。
彼は、怒りの色を瞳に浮かばせながら呟いた。
「彼は、僕たちの代わりとなる存在を作っているかもしれない」
「君たちの代わりになる存在?」
「……はい」
どういう意味だろうか、と、男戦士が尋ねようとする。
しかし、これ以上その質問に答えるつもりはないとばかり。
機先を制するように魔性少年は、渡された干し肉を手に取ると口をつけた。
男戦士の頭に、以前、女エルフが言った台詞が思い起こされる。
魔性少年はまだ、自分たちに何かを隠しているのではないか。
その隠し事が、彼にこんな表情をさせているのではないか。
「すみません、言っても分からないことですね。忘れてください」
いや、違う。
隠し事ではない。
おそらくそれは彼が言った通りの意味だ。
それを口にしたところで理解されないことなのだ。
事実、魔性少年の先ほどの言葉を男戦士は理解できなかった。
隠しているんじゃない。
誰にも相談できないのだ。
それを悟った時、男戦士の表情がいつになく真剣なものに変わった。
「だからこそ、もっと俺たちを頼ってくれていいんだぞ、コウイチくん」
「……ははっ、そうですね。そのために、高い装備代を建て替えたんですから」
「そうだ。モーラさんの水着まで買ってもらって!! あんなマニアック過ぎて誰も喜ばない、そんなものを買ってもらったんだ!! その恩は――」
「……誰の何がマニアックだって?」
連続して背後を取られた男戦士。
振り返ればそこにはマニアック。
水着姿、戦闘能力が増された、女エルフが静かに微笑んでいた。
「ふっ、俺の背後を取るとは、やはり俺が相棒として見込んだエルフだけはある」
「あぁ、そう、ありがとう、ちっともうれしくないけど」
「流石だなどエルフさん、さすがだ」
「……とりあえず、一人だけ先に上の階に行っとく?」
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