第247話 どエルフさんと忍者地獄篇

 さて。

 男戦士たちが踏み入れた第六階は、それまでのどこかトリッキーなダンジョンと違い、スタンダードな暗い通路になっていた。


 これまで攻略した中では第二階が最も雰囲気が近いだろう。


「なんだろう。ここから、急に難しくなるっていうから、これで結構身構えていたけれど、全然そんな感じはしないわね」


「だな、今のところ、妙な気配もしない」


「厄介なのは、ちょっと暗いということだけでしょうか」


 塔の中層にあるはずなのに、この暗さはいったいどうしてなのか。


 石造りの壁から光が漏れ入ってくることもない。

 窓もなければ、燭台さえも刺さっていないシンプルなその造り。

 これまでの変態的な魔法ダンジョンを目にしてきた男戦士たちは、少し当惑した。


「だぞ、ちょっと調べて見るんだぞ」


 そう言って、ワンコ教授が辺りの壁を持ってきたカンテラで照らし出す。


 するとどうだろう。

 何故かそこにはぬめぬめとした、黒い液体が光っていた。


 四本指の形をしたそれ。


 注意深く、それをピンセットの先でこそぐようにして取ると、ワンコ教授は何を思ったか急いでポーチの中から試験管を取り出した。


 そして、水筒の水を試験管に少量入れて、水色をした札をその中へと入れる。


【アイテム リトマス紙: 酸性とアルカリ性を判別することができる便利な紙。理科の実験で使うけれど、実社会ではまず使う余地のないものだよ】


「どうかしたの? ケティ?」


「――だぞ。酸性反応が出たんだぞ。四本指で、酸性の体液、そして、暗い部屋を好むモンスターとなると」


「……なるほど。コーネリアさんマジックシールドの展開をお願いできますか?」


 ワンコ教授の分析で、何かを察した魔性少年が指示を出す。

 言われるがままに、女修道士シスターは、マジックシールドを男戦士の前に展開した。


 次いで、魔性少年が目を閉じると、手をゆっくりと上げて通路の前方にかざした。

 ピリピリとひりついた空気が辺りに満ちる。


「――むん!!」


 ぐらり、と、塔が揺れた。


 金髪少女の自称大法力などとは比べ物にならない、本当の超能力である。

 あわ、あわわと、金髪少女が声をあげ、女エルフたちが何事と目を見開く中。


「そろそろ来る頃です!! モーラさん、魔法の準備を!!」


「えっ、あぁ、うん。けど、そろそろって……」


「見ればわかりますよ!! ほら、あそこです!!」


 前方から大挙して現れるのは、赤い霧――。


 ではなく、赤く大きな図体をした蛙たちであった。


 それらはすべて、女修道士シスターが展開しているマジックシールドにぶつかる。

 なるほど、と、男戦士がそれを間近に見て、納得した。


【モンスター レッドシャドウ: 大蛙のモンスター。致死性の毒と高い隠密性を持ち、暗い場所に潜んで、毒液を突如霧散して先生攻撃を仕掛けてくる。ただし、それ以外は普通の大蛙と同じである】


「今です、焼き払ってください、モーラさん!!」


「分かったわ!!」


 火炎魔法を詠唱し、バリアの向こう側で火柱を巻き起こす女エルフ。


 バリアと火に挟み撃ちにされ、こんがりと焼けたレッドシャドウたち。

 数にして十匹ほどだろうか。こんがりとその体液で照り焼きにされてしまった蛙たちは、その場に仰向けになって転がった。


 そのあまりにあっけない顛末に、おぉ、と、感嘆の声が誰ともなく漏れた。


「なるほど、赤い血煙の正体は、こいつらの毒霧だったわけか」


「知らずに進んでたら大変なことになってたんだぞ。気づいてよかったんだぞ」


「先ほどので、この通路の突き当りまでレッドシャドウは駆除したはずです。こまめに進みつつ、この戦法で確実に駆除して進みましょう」


 冷静にそう言う魔性少年。

 ここに来て、ようやくその本領発揮である。


 超能力という得体の知れない能力。

 それが、これほど頼もしいものはないな、と、男戦士は素直に思った。


「ふむ、このバ○ブの塔を揺らすほどの力とは、恐れ入ったな」


「ははは、まぁ、このくらいのこと朝飯前ですよ」


「この調子でばんばんバ○ブの塔を揺らしていきましょう、コウイチさん!!」


「下のフロアにも影響が出そうなので、できれば控えめに行きたいんですけどね」


「何を言っているんだ、バ○ブの塔なんだぞ!!」


「そうです、バ○ブの塔なら震えても問題ありませんよ!! むしろ普通です!!」


「バビブバビブ煩いなぁっ!! あんたら、コウイチくんが困ってんでしょーがよ、やめてあげなさいよ!!」


 と、ツッコんだのは女エルフだ。

 しかしそのツッコみに対して――。


「え、なんのことですか?」


 と、コウイチは庇い甲斐のない間の抜けた返事をしたのだった。


 おやおやぁ、と、いつもの顔。

 もとい、女エルフ弄りの顔になる男戦士と女修道士。


 またやってしまった、と、女エルフは頭を振った。


「バ○ブバ○ブ連呼すると、いったいなにが問題なんだ、モーラさん!!」


「バ○ブの塔が震えると、いったいどうして困るんですか、モーラさん!!」


 ここ最近、真面目なダンジョン攻略が続いていたから、すっかりと忘れていた。


 こいつらはこういう奴らなのだ。

 隙あらば下ネタをツッコんでくる。


 こんな命の危険が差し迫っているような場所だというのに。


 はぁ、と、ため息を吐く女エルフ。


「こんな時でも心にエロ心を忘れない、私、感心しましたよモーラさん」


「あぁ、こんな暗くてジメジメしたダンジョンの中でも、そんなことを考えられるなんて、流石だなどエルフさん、さすがだ!!」


「よし、お前ら、ちょっとそこに正座しなさい。真面目にダンジョン攻略する気が無いっていうなら、私がいっちょその性根を叩きなおしてあげるわ」


 暗いダンジョンの中に、女エルフの血走った赤い目が輝いていた。


 子供たちに見せるもんじゃない。

 いそいで大剣使いは、ワンコ教授とコウイチ、そして、あっけにとられる金髪少女の視線を隠したのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る