第235話 どエルフさんと毒の部屋

 トリックさえ分かってしまえば、第三階の攻略は思いのほか簡単であった。


 女エルフの植物魔法で発生させた樹を目印に、その姿が遠のく方へと移動する。

 遠のいたのが止まれば、そこにまた、植物魔法で樹を置いてマッピング。


 そうして、着実にマッピングをこなしていくこと、十回とちょっと。

 ぐるりと砂漠のフロアを大回りするような形で、移動した男戦士パーティは、ついに第四階へと続く階段に辿りついたのであった。


「ひゃぁ、意外と手間のかかる攻略だったわね」


「だぞ。途中、デスワームとか出てきて、大変だったんだぞ」


「ジャイアントスカラベもきつかったですね」


「しかしなんといっても、マミーの群れが大変だった。あんな巨乳でとんでもないバブみのあるマミー、俺は初めてみたよ」


 胸があればなんでもいいのかこの獣は、と、女エルフが軽蔑の視線を向ける。


 はてさて。

 そんなやり取りを笑い飛ばして、魔性少年が次のフロアの地図を広げた。


「さて、第四階はこの通り、図面通りならば普通のダンジョンとなっています」


「だぞ。いたって普通なんだぞ。なんだか、普通すぎて面白くない感じなんだぞ」


「――ですが、前情報によると、ここが一番危険なフロアなんだそうです」


「前情報?」


 はい、と、魔性少年がエルフの問いに答える。

 彼の後ろに立っていた大剣使い、彼と目を合わせる。


 すると、ここまで朴訥として、喋らなかった大剣使いが、突然に語り始めた。


「かつて、この塔で素材集めをしていた、冒険者仲間から聞いた話だ。四階は、所謂、毒のフロアと呼ばれているらしい」


「毒のフロア?」


「古今東西、ありとあらゆる毒虫が、そこには集められているそうな。それ故に、その毒を求めて四階に上がる冒険者も多いんだが――適切な処置ができずに、ダンジョンの肥やしになる奴も多い」


 ぞっと女修道士たちの背中に冷たいモノが走った。


 ふぅん、と、けろりとした顔をするのは女エルフだ。


 彼女はなんだかんだで、解毒系の知識は豊富である。

 毒虫の群れの、一つや二つがなんだという感じなのだろう。


 そして男戦士に至っては――鬼の呪いでそういうのは一切効果がない。

 一同の中でも際立って、けろりとした顔をしてその話を聞いていた。


 とまぁ、流石にその反応を見ると、ちょっと魔性少年たちが意外な顔をする。


「あれ、意外と怖がらないんですね?」


「まぁねぇ。ある程度の解毒は、冒険者のたしなみみたいなものだから」


「むしろ適切に毒を処方することにより、どことは言わないがパワーアップすることもあるからな。どことは言わないが、主に下半身が」


 そういうのはいいから、と、女エルフが男戦士を小突く。

 慢心、あるいは、これまでの実績から来る奢りだろうか。


 なんにしても、男戦士と女エルフの余裕ある表情は、魔性少年たちの眼には少しばかり不安に映ったようだった。


「大丈夫よ。いざとなったら、この馬鹿を盾にして、強引に進めばいいだけだし」


「え、ティトさん、毒が効かない体質なんですか?」


「いや、効くには効くけど、どう言えばいいのか――」


 鬼族の呪いについては、パーティメンバーには改めて話したことだ。

 だが、魔性少年たちには話していないことである。


 これを今、ここで言うことで、パーティ解散ということにはならないだろうか。


 なにせ、鬼族の呪いは、やがて呪いにより鬼になるという危険な呪いだ。

 そんな呪いの事実を隠して、パーティを組んだと知れば、彼らはどう思うだろう。


 そういうことを危惧すると、やはり言うのは得策ではない。


「まぁ、その、なんだ。俺も長年冒険者をやってるからな。多少の毒には血清ができていて、抵抗値があるという訳だ」


「はぁ、なるほど」


「血清ねぇ」


 どこまで本当なんだろうか。

 という感じに明らかに男戦士の言葉を疑っているのが分かるやり取りであった。


 まずい言い訳だったか、と、苦い顔をする男戦士。


 しかし――。


「じゃぁまぁ、一旦はそういうことにしましょう。いいですよね、ハンスさん?」


「コウイチがそう言うのならば、雇われの身である俺に異存はない」


 魔性少年たちは、男戦士の怪しい証言を信じた。


 それは、裏を返せば、その明らかに嘘だと分かることを信じてみせることで、彼らに対して借りを作ったと言っても差し支えなかった。


 ふむ、と、男戦士が難しい顔をする。


 ここで借りを作るのが、果たして正解だったのか、どうなのか。

 それが正解なのか分からない――それは、そういう思いから出た表情であった。


 と、そんな彼の脇を女エルフが小突く。


「なんにしても、アンタのそれを話すのは、もうちょっと後でいいわよ」


「モーラさん」


「あっちだって、何か隠し事しているのは間違いないんだもの。特に、あのコウイチとかいう少年は――なにかもっとエグい秘密を抱えてるわよ」


 バビブの塔に眠る、先祖と因縁のある兵器を壊したい。

 そう、魔性少年は男戦士たちに冒険の目的を説明した。


 しかし――果たして本当にそうなのだろうか。


 実は、先祖のその力を自分のものとし、この世界に何かしらの復讐をしようと、企んでいるのではないのか。

 協力を申し出ておきながらも、そんなことを女エルフは警戒しているようだった。


 一方で、男戦士はと言えば、そう説明されても、今ひとつピンとしない感じで顔色を曇らせるのであった。。


「そういう裏表があるような少年には、俺には見えないがな」


「アンタってば人が善すぎるのよ。もうちょっと、疑り深くなりなさいよね。そんなだから、いいように冒険者ギルドでも使われるのよ」


「――むぅ」


 落ち込む男戦士。

 お人よしなのは彼自身も、自分の欠点として自覚しているところがあった。

 それだけに、仲間から面と向かってそれを言われると、ちょっと手痛い。


 思いがけないその落ち込みぶり。

 耐えかねたようにため息を吐いたのは女エルフ。


「まぁ、それがあんたのいいところでもあるんだけどね」


 ツンデレ。


 まさしく正しいツンデレの見本とでも言わんばかりに、デレてみせた女エルフ。

 それは彼女もまた、男戦士に負けじと劣らずのお人よしである証左だった。


 ――だが。


 妙な間が辺りを支配する。

 あれ、なんか失言したかしら、と、男戦士の方をみると。


 はい。

 いつものように彼は、驚いた顔で女エルフを見ていたのだった。


 はい。

 これはあれですわ。いつものあれですわ。と、女エルフが唇を噛む。


「下げて下げて、こきおろして、そして最後にちょっと上げる。これが俗に言う、○ンデレ、という奴か!!」


「ツンデレ!! それを言うならツンデレ!! なによ○ンデレって!!」


「○ンコに来るデレ、略して○ンデレだろう!! ちくしょう、毒も盛られていないっていうのに、ビンビン来てるぜ!!」


「やめなさいちっちゃい子もいるのに!!」


「その気にさせたのはモーラさんだろう!! って、まさか、この流れもまた、○ンデレの一環だというのか!? こんな高等なテクニックを使いこなすなんて、流石だなどエルフさん、さすがだ!!」


「だから、違うって言ってるでしょうが!!」


 しかしいくら男戦士に怒っても、あえてツンデレだということは否定しない。

 

 どこまでも奥ゆかしい女エルフであった。


◇ ◇ ◇ ◇


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 ヨシヲ好きな方は良ければお読みください。


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