第234話 どエルフさんと蜃気楼
【前回のあらすじ】
見渡すばかりはどこまでも砂漠――という第三階へと上がった男戦士たち。
吹き付ける太陽光と熱砂に体力を奪われる前に、地図にある次の階段に向かって最短経路を全力で駆けることを提案した女エルフであったが――。
「――お、おかしい」
「どれだけ走っても、全然次の階段に近づけないです」
「だぞ。あんなに近くに見えるのに。どうしてなんだぞ」
駆けれど駆けれど、一向に、階段へと近づくことができない。
これは何かがあるに違いない、と、引き返した彼女たち。
しかし、そこで更に不可解な事実に彼女たちは遭遇する。
数十分に渡って駆けていたにも関わらず、彼女たちが登って来た二階と三階を繋ぐ階段は――振り返ってすぐ、真後ろにあったのだ。
はたしてこれはいったいどういうことか。
その時、男戦士がスライムを頭から被った。
「むはーっ、世界が歪んで見える。けど、気持ちいー!! サイコー!!」
「世界が、歪んで、見える?」
その言葉に、何かを感じ取った女エルフ。
ピンク色をした脳細胞がひらめいた瞬間であった。
「いや、だから、それを言うなら灰色の脳細胞でしょ!!」
◇ ◇ ◇ ◇
再び、男戦士たちパーティは、二階から三階へと続く階段の前に戻っていた。
魔性少年が用意した三階の地図を、皆が見えるように階段の床へと広げる。
いいかしら、と、女エルフが話を切り出した。
「まず、どれだけ走っても塔に近づくことができなかった件について。これについては、完全に私たち魔法トラップに引っかかったみたいだわ」
「だぞ?」
「どういうことですか?」
罠については考古学者であるワンコ教授に一日の長がある。
とはいえ、魔法については女エルフの方が詳しい。
特に古代の魔法については――。
女エルフは自分の杖を取り出すと、ふいとその場で空中に円を描く。
すると、どうだろう――。
ぽんと空気の弾ける音がしたかと思うと、そこに現れたのは女エルフの現身。
ほんの少し、いや、かなり、胸のところが増量されたそれは、はぁい、と、男戦士に向かって投げキッスをかました。
「なにっ!? 胸のあるモーラさん、だと!?」
「胸のあるってなによ!! あるって!!」
あるなしの二元論で考えないでちょうだい、と、女エルフが怒る。
しかして、男戦士はそんな彼女の言葉など耳に入っていない様子。
「好きだモーラさん、結婚してくれ!!」
ルパ○ダイブ。
ぬるりとスライムでねとねとになった体で、その現身に向かって飛びついたのだ。
しかし。
その魔法で出された巨乳の女エルフは、するりと男戦士をかわす。
なにくそ、と、また、男戦士が飛びつくが、またするりと、巨乳エルフは男戦士のモーレツアタックをかわしてみせたのだった。
ぴょんぴょん、と、何度も何度も、これを繰り返す男戦士。
流石にそれを眺めていれば、女修道士もワンコ教授も、そして、魔性少年たちも、彼女が言わんとせんことが分かって来た。
「つまり。私たちは、階段の幻影に向かって移動していた、と、そういうことですね、モーラさん」
「流石はコーネリア、話が早くて助かるわ」
「だぞ? けど、移動もしていなかったんだぞ?」
「ティトを見てみて。ほれあの通り、何度も同じ場所でダイブしているでしょう。つまりね、幻惑魔法は距離感まで誤魔化すことができるのよ」
確かに男戦士は、同じ場所でダイブを繰り返しては立ち上がり、繰り返しては立ち上がりと、間抜けな道化を演じていた。
そして、まるで自分が移動していないことに気がついていない――。
「モーラちゅわーん!! あーそびましょーう!!」
男戦士の頭の悪さが拍車をかけてその間抜けさを増長させていた。
「まぁ、そこに加えて見えない壁なんかもあったんだろうけど。とにかく、そういうこと――私たちは近づいていると魔法によって錯覚させられていたのよ」
なるほど、そういうトリックだったのか、と、納得すると、彼らはダイブを繰り返す男戦士を放っておいて、再び地図の方に視線を向けた。
とすると、この地図はいったい、どうやって使うのだろうか。
ふとその時、だ。
「だぞ?」
ワンコ教授が何かに気が付いた。
彼女はすぐに、魔性少年に今居る二階の地図を貸してくれるように頼む。
訳も分からず了承した彼からそれを受け取ると、博士は、その二つの地図を並べてその位置関係を確認した。
「……なるほど、なんとなく分かったんだぞ」
「どういうこと?」
「これを見るんだぞ。下の階の階段の位置と、上の階の階段の位置。二つとも同じ場所にあるんだぞ」
つまりだ。
幻惑の魔法により、どこまで自分たちが進んだかは分からないが、そこに至るまでの歩数は、下の階層の地図と合わせることで、大体見当がつくということだ。
言われてみると、三階のマップの紙は、二階のそれに比べて薄くできている。
まるで重ねて使ってくれとばかりになっていた。
ようやく、これで、三階の謎――そして攻略法が見えて来た。
「つまり、ここ三階は幻惑の魔法により、正しく進めているのかが、分からないフロアということですね」
「そうね。だけれども、幻惑が及んでいるのはこの建物の中のモノだけ。適切な目印を置いて、それを元に移動を確認すれば――」
「だぞ!! 次の階段まで辿りつくことができるんだぞ!!」
早速、女エルフが懐から種が入った袋を取り出す。
得意の植物魔法だ。
一粒、ピーナッツ大のそれをほいと二階の廊下へと投げると、それはたちまち成長して、人の背と同じくらいの木となった。
さらに杖を一振りすれば、その樹の葉の色が目まぐるしく変わる。
赤、紫、青、緑、黄色、橙、そして赤。
これを適切に配置して、マッピングしていけば、迷うことはないだろう。
「これを目印にして進みましょう」
「だぞ!!」
「名案です。流石はモーラさん」
果たして、三階攻略の目途は立った。
よくもこんな忌々しい部屋を造ってくれたな、と、女エルフが眉を吊り上げる。
再出発を前に意気込む女エルフたちであった。
と、そんな彼女の後ろで、魔法の効果切れか、巨乳エルフの姿がぼやりと消える。
途端、男戦士がはっと我に返った。
「はっ、俺はいったい、何を」
「はい、それじゃ行くわよティト。三階に再挑戦よ」
「むむっ、なんだかすごく酷い幻を見せられていたような気がするが――分かった、モーラさんの指示に従うとしよう」
リーダーである男戦士の了承は得た。
かくして、男戦士パーティ再出発――かと思ったのだが。
じっと、女エルフが男戦士の前に立ちふさがって動かない。
これはさて、どうしたことか、と、女修道士たちがその光景を前に困惑する。
なにより、困惑したのは男戦士だ。
「ど、どうしたんだ、モーラさん。行かないのか、三階に?」
「そうね、行こうかしら」
「だったら、早く、先陣を切ってくれ。今回は君の案内に俺も従う」
「そうね、そうしてくれるかしら」
けれどもそう言いながら、女エルフは動かない。
どうしたいんだ、と、男戦士が首を傾げる。
同じように眉をひそめたワンコ教授と魔性少年。ただ一人、女修道士だけが、しょうがないですね、という感じにその光景を眺めていた。
「モーラさん、もしかして、何か怒っているのか?」
「――別に」
そうは言うが、彼女の男戦士に向けた言葉には、そこはかとない棘があった。
エルフ心というのはいつの世も複雑なものである。
◇ ◇ ◇ ◇
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