第230話 ど戦士さんとコウメイの罠

【前回のあらすじ】


 ダンジョン「バビブの塔」の一階。

 そこは、軍神ミッテルや建国の英雄を祭る観光名所となっていた。


「ふっさ、ふっさふっさ、もっさもっさもっさ!!」


「もっじゃ!! もじゃもじゃ、じょりじょりのー、もじゃもじゃ!!」


 毛にご利益があるという、ショーク国の英雄カンウの像に祈る男戦士と大剣使い。


 大剣使いは生え際に――。

 そして男戦士はそっと自分のズボンに――。


「あーあーあーあ!! ダメですダメダメ、それ以上はやめてください!!」


◇ ◇ ◇ ◇


 二階へと続く階段は一階フロアの奥の奥。

 黒いカーテンで間仕切りされた一角にあった。


「随分と簡素な間仕切りね。モンスター降りてこないの?」


「まぁ、冒険者が多いのでね。二階は、ほぼほぼモンスターは狩り尽されています。出て来てスライムや、アバレダック、マタンゴくらいでしょうか」


「どれも一般的な自生タイプのモンスターね」


「けど、ここ、元は観光施設なんですよね。どうしてそんな場所にモンスターが?」


 素朴な疑問をふと女修道士シスターが投げかけた。

 このダンジョンに立ち向かうにあたってそれなりに知識を仕入れて来たのだろう。それはですねと、淀みなく魔性少年は女修道士シスターの方を向いた。


「ここを建てたのは、ショーク国の大宰相コウメイだと言われています」


「コウメイ?」


「はて、どこかで聞いたことのある名だな」


「それはきっと、『コウメイの罠』、ですね」


 おぉ、と、男戦士パーティが一斉に手を叩いた。


【キーワード コウメイの罠: 上中下巻の三冊からなるトラップ奥義書。ダンジョン構築時の参考書として、そしてダンジョン攻略にチャレンジする前に冒険者が知っておくべき基礎知識として広く読まれている書物である。なお、巻末付録の出師表は、ダンジョンとはなんらいっさい関係ない内容だが、涙なくして読むことができない名文として知られている】


「あの伝説のトラップマスターコウメイが建てたのか!!」


「そういや、宰相がコウメイがどうこうとか言ってたわよね」


 今更ながら道具屋でのやり取りを思い出す女エルフ。

 とまぁ、そんな誰でも知っている有名な、ダンジョン構築人ビルダーの名前が出てくれば、なるほどモンスターがわんさかいるのは仕方ないかとなる。


「コウメイは、高祖ゲントゥクが蒐集した大切なミッテルにまつわる聖遺物を、末代まで守護するためにこの塔を建立しました。モンスターを配置したのもその一環という訳です」


「なるほど」


「けど、逆にモンスターがその大切なお宝を壊しちゃったりとかはしないの?」


「その辺りは抜かりなく。各階層ごとに生息させるモンスターに適したよう、フロアの環境を整備しているのです。そのためモンスターは基本的に、上下のフロア間の移動を行いません」


「へぇ」


「流石はコウメイですね」


「だぞ。伝説になるだけはあるんだぞ」


 ぽろりぽろりと称賛の声が男戦士パーティ一行から上がる。

 えぇ、本当に流石だと思いますよ、と、魔性少年がその言葉を追従した。


「さらに、本当に大切な宝は上層部――五階以降に配置したといいます。それも、厳重なトラップや隠し部屋などに」


「用意周到だな」


「何人かの冒険者が、ダンジョンからミッテルの宝を持ち帰りましたが、どれも、贋作あるいは神代より後世、その神話にあやかって作られたものでした」


「それって、本当に、この頂上に二十八号があるの――って、話にならない?」


 ちょっと意地悪な顔をして女エルフが魔性少年にじっとりとした視線を送る。

 そんな視線にも笑顔を崩さずに応対する彼。


 たまらず、ほぉ、と、彼女は歓心の声を唸らせた。


「それは大丈夫です。二十八号は、まず間違いなくここにあります」


「不思議ね。どうしてそう言い切れるわけ?」


「――勘。というと曖昧すぎてよくありませんね」


 けど、分かるんですよ、と、魔性少年が続ける。


 彼は男戦士たちにはない随分と特殊な力を持っている。

 おそらく、その力でもってこの地に先祖にまつわる聖遺物――くろがねの巨人があることが分かるのだろう。


 男戦士たちは顔を見合わせると、ひとまず彼の言葉に納得した。


「おい、こんなところで油を売っていてもしかたない。さっさと二階へあがるぞ」


 そんな彼らを差し置いて、先に間仕切りのカーテンの中に入って行った大剣使い。

 あぁ、待ってくださいよとそれに続くのは魔性少年だ。


 カーテンの向こうには石造りの階段があるのだろう。小気味よく、石段を蹴って駆け上がっていく音が聞こえてくる。


「私たちも行きましょうか」


「そうですね」


「だぞ」


 彼らに続けとばかりに女エルフがカーテンに手をかける。

 と、そんな場面で、男戦士が腕を組んでいるのに今更気がついた。


 知力こそ低いが、冒険については何かと頼りになる勘を持っている男戦士。

 彼のそんな表情を見て、女エルフの足は思わず止まった。


「何か心配事でもあるの、ティト?」


「――いや、コウメイの罠と聞いて、つい臆病風に吹かれてしまってな」


「なに? 昔、ひどいトラップに引っかかったことがあるとか?」


 男戦士が臆病風に吹かれるなどそうそうないことである。

 先ほど魔性少年に相手にされなかったからだろうか、ここぞとばかりに女エルフが意地悪な顔で男戦士の話に乗って来た。


 いつもの意趣返しとばかり。

 その顔はエルフの清楚さを微塵も感じさせない、邪な感じのものだった。


「なになに、なにがあったの? 言ってみそ、お姉さんエルフに相談してみそ」


「モーラさん」


「だぞ。なんだかすごい、楽しそうなんだぞ」


 そりゃそうだろう。

 何かにつけて普段は弄られる側の彼女である。それが今回は、自分が弄る側だ。

 これでテンションが上がらない訳がない。


 いや、その、と、嫌そうにする男戦士に強引に詰め寄る女エルフ。

 分かったよと観念したように声を上げると、男戦士は遠い眼をして話をし始めた。


「冒険者ギルドに所属し始めだった頃の話だ――ダンジョンに潜る仲間を募っていた俺は、ギルドの受付嬢におっぱいが大きくてバブみのある、いい感じの熟女エルフがいないかと」


「あ、うん、そういうの、いいから」


 自分から聞いておいてそれはないのではなかろうか。

 女エルフはこれから先の話を予測して、やんわりと会話を打ち切った。


「何枚か提示された写真の中に、実にいい感じにバブみを感じさせた、熟女エルフが居てだな。さっそくパーティの打診をしてくれないかと」


「だから、その話はいいって言ってんでしょ!! よい子が見てるかもしれない小説なんだから、そういう危ない話は禁止!!」


写真加工魔法フォト○ョップとは、怖いものですね。実際にお会いした時、思わずコウメイの罠だと叫びそうに」


「やめい!!」


◇ ◇ ◇ ◇


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 ノベゼロコン参加作品になります。


 ヨシヲ好きな方は良ければお読みください。


 https://kakuyomu.jp/works/1177354054884321155

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