第220話 どエルフさんと超能力少女さま

【前回のあらすじ】


 金髪少女超能力者のヤミさまが現れた!!


「くははは、どうじゃ、わらわの大法力を見たか!!」


「このように、スプーンがほれ、くにゃりと曲がってしまったぞ!!」


「すごいであろう、凄まじいであろう!! わらわを恐れるがよいぞ!!」


 残念、ヤミさまは自称超能力者だった!!

 そして男戦士たちは、そんな残念金髪少女から逃げるのに失敗した――。


◇ ◇ ◇ ◇


「バビブの塔の頂上にあるお宝?」


「そうじゃ!! この世を統べる王たる者が持つに相応しい、絶対なる力を与えるアイテム――ということしか分からんが、とにかくそれを求めておるのじゃろう!?」


 求めていない、と、女エルフとしては返事をしたかったが、よいぞよいぞわかるぞと、間髪入れずに頷いてくる金髪少女に、話が通じる感じがしなかった。


 どうしようか、と、男戦士たちは顔を見合わせる。


「なんだか厄介な娘につかまっちゃったみたいね」


「喧嘩をふっかけたのはモーラさんじゃないですか。そんな、他人事みたいに」


「だぞ。けど、ちょっとそのお宝について気になるんだぞ」


「北の大エルフからは、最上階の一つ手前にある九階――そこにある割符をとって来いとだけしか言われていないが」


 ここですぐ、損得で考えられるのが、彼らのよい所である。

 すなわち、男戦士も女エルフも、さきほどまでのいざこざはとっくに水に流し、次のことを考えていた。


 自分たちにそのような声をかけてくるということは、彼女もまた、塔へと挑もうとしている冒険者である証拠。しかも、男戦士たちと同じように、頂上付近まで向かおうとしているのは間違いない。


 正直、ダンジョンを攻略するのに、人数が多いに越したことはない。


 協力できる人間がいるのなら。

 そして、お互いにその目的が違っているのなら。

 そこは協力するというのもやぶさかではないのではないか。


 しかしこの際、問題なのは――。


「あんなのと組んで、はたしてメリットがあるのかってところよね」


「それだ、スプーン曲げではな……」


「スプーン曲げの大法力だいほうりきではねぇ……」


「スプーン曲げじゃ、ちょっとなんだぞ……」


 ちらりと横目で金髪少女の様子を伺う女エルフ。

 周囲の人間に煽てられ、蝶よ花よと育てられた感じの、苦労知らずの女の子。


 大法力だいほうりきなんてものを吹聴しているが、そんなものがないのはあきらか。どころか、彼女が冒険において役立たずなのもまたあきらかだ。

 組むメリットが限りなくない――そう判断しようと思ったとき。


「ちなみに、わらわたちはつい先日、塔の六階に到達することに成功した」


「――なに?」


「ふっふっふ、まぁ、諸事情でこうして戻ってきたが、お主たちのような初心者では、せいぜい三階がいいところであろう」


 こんなのが塔の半分まで登りつめたという情報に、素直に男戦士たちは驚いた。

 大法力はホラとして、何か別の、特殊な能力を持っているのだろうか。


 あるいは、塔がそれほどたいしたことないのか――。


「その諸事情っていうのは、雇った冒険者パーティが全滅したから。それ以上進めなくなった君は、半べそをかきながらこうして戻ってきて、次の頼りになる冒険者を探している。そういうことだろう?」


 びょん、と、ヤミの肩が吊り上がる。


 図星という感じのその反応に、あぁ、なるほどと男戦士たちパーティが納得する。


 しかし、それをわざわざそんな自分たちにとって不利になることを口にしたのはいったい誰なのか。金髪少女と黒服たちの間に動揺が走る――が、彼らの中にその声を発したものはいなかった。


「だ、だれじゃ!! 本当の――いや、そのようなデタラメをいうのは!!」


 それを指摘した声は、浴場前の広間にはいない人物。


 青色の暖簾が揺れて中から人影が現れる。

 黒いこの世界になじみのない詰襟の服を着た少年。彼は広間に出ると、さっぱりとした顔をして金髪少女にその端正な紅顔を向けた。


 まるで暮れ時の太陽のような、爛々とした赤い髪。

 そよりと風が吹けば、汗とは違う何かがその毛先から辺りに舞った。


 なんともいえないその色香の漂う素振りに、金髪少女も、女エルフも、ワンコ教授も、思わずほうと心を奪われる。

 魔性少年はそうして、追い打ちをかけるように白い歯を見せた。


「バビブの塔第五階層の到達率はだいたい二割。多くの冒険者が、バビブの塔にはモンスター素材の収集を目的として訪れてきており、収集効率が悪く、また、強敵の多い五階以上の階層に挑むことはそれほどしない。そのため、この二割という数字には、あえて挑戦しなかったという意味も含まれている」


「な、なにが言いたいのじゃ!!」


「雇う相手を間違えないようにって、忠告してあげてるのさ。第六階層に入ってすぐに瞬殺されるようじゃ、お金を積んで雇うような相手じゃないよ。君の取り巻きに毛が生えた程度だ。それくらい、大法力の持ち主なら見抜けるでしょう?」


 紅顔の少年の瞳が青く光った。

 うぐ、と、後ろに下がったのは、彼の言ったことが的をえていたからだろう。


 ふふっ、と、また、魔性少年が笑う。

 彼は金髪少女から少しだけ曲がったスプーンを、まるで自然なそぶりで奪うと、ひょいと手の中で転がした。


 それから――。


「ふぅん、本当に、種も仕掛けもないんだね。大した大法力だ」


「と、当然なのじゃ」


「けど、このままじゃ、ちょっと、ご飯を食べるときに不便そうだね」


 よいしょ。そんな掛け声とともに、魔性少年がスプーンの先に人差し指を添えた。


 どうだろう。

 まるで蛇でも操っているかのように、彼の指先に合わせて、ぐねりぐねりとスプーンが――捻じれる、折れる、曲がる。


 その金属にはありえない躍動感に、思わず、のじゃぁ、と、金髪少女は感嘆にも聞こえる声を漏らした。


 一通りスプーンをこねくり回した魔性少年。

 彼はそれを綺麗に元の形に戻して、金髪少女へと返す。


「はい、これで戻す手間が省けたよ。ヤミちゃん」


「なっ、なっ、なぁっ!?」


「適当な冒険者を捕まえて、明日もダンジョンに潜るんだろう。だったら、そろそろ部屋に戻って作戦会議でもした方がいいんじゃないかな。僕なら、きっとそうするだろうけれどね」


 不敵にそう言ってから、今度は魔性少年の視線が男戦士たちのほうに向く。

 すると矢継ぎ早、まるでピンチを救ってあげたよとでもいいたげな、恩着せがましいウィンクが飛んできた。


 くらり、と、体勢を崩したのは女エルフとワンコ教授だ。


「だ、だぞ、格好いいんだぞ」


「なにあの子。まるで小説の中に出てくるヒーローみたい」


「ちょっとお二人とも、なにをあんな少年の色気にあてられているんですか!!」


「そうだぞモーラさん!! 俺というものがありながら!!」


 すっかりと紅顔の少年の魔性にやられた仲間を叱責する女修道士シスターと男戦士。


 流石は女修道士。

 はちゃめちゃな性格こそしているが、そのあたりの忍耐力は本物らしい。

 ともすれば、男でもときめきそうな――事実、ときめいていそうな黒服がちらほらと――その魔性少年の動作に、見事耐えてみせた。


「シコりんを見習え!! あんな小童の一挙手一投足に惑わされない、強い精神を持たずして、冒険者が務まると思うのか!!」


「そうですよ!! あんなちんちくりんで、強くも逞しくも太くもなさそうな男性に、魅力を感じるなんてどうかしてます!!」


「――いやシコりん、具体的な話は」


 と、その時、ゆらりとまた青色の暖簾が揺れる。


「おい、コウイチ、どうしたんだ。何か揉め事か?」


 筋骨隆々。

 緑色の服の中に、はち切れんばかりの筋肉を蓄えたその男。

 金色のもみあげと角刈りの頭、そして、高い鼻を魔性少年に向けて彼は言った。


 その人物の登場を受けて――ぽう、と、女修道士の顔が紅く染まる。

 聖職者――神にその身を捧げたはずの彼女の、そんな顔を見て、男戦士の表情が絶望に染まった。


「そんな、シコりん、まさか君まで!!」


「なっ、なんて――」


「落ち着け、落ち着くんだシコりん!! いや、コーネリアさん!! まずは深呼吸だ、それから、筋力だったら俺だって――!!」


「なんて神の愛を注入し甲斐がありそうなお尻でしょう!!」


 しいたけお目目を久しぶりに光らせてほざいた女修道士シスター


 人のときめく部分というのは、分からないものである。

 と、男戦士はその場に盛大にずっこけたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る