第219話 どエルフさんと困った客

【前回のあらすじ】


 キレる最近のエルフたち。


 風呂に入ることができない。

 たったそれだけの理由で、なぜ彼らはキレるのか。


「あぁん!? エルフにとって風呂ってのはなぁ、安らぎであり、癒しであり、そして救いなんだよ――わかるか、ヒューマン!?」


 私たちの取材に対して断崖絶壁貧乳どエルフは、「!?」マシマシで答えた。

 文化の違いか、言っていることはさっぱりわからなかった。

 だが、とにかくその凄い気合だけは伝わってきた。


 エルフと人間、双方が歩み寄れる日は来るのだろうか。

 これからも社会派ファンタジー作品として、私はこれからも、に密着していこうと思います。


◇ ◇ ◇ ◇


 モーラの打撃魔法によって吹きとばされた黒服男。

 泡を吹いて倒れる彼を囲んで、『ヤミ』と名乗る者の従者がざわめく。


 かかってこいやとメンチを切る女エルフ。


 しかしなんといっても多勢に無勢だ。

 広場に集まっている黒服全員でかかれば、勝負についてはわからない。

 しかし、彼らはいっこうに、女エルフに襲い掛かろうとしなかった。


「あぁん、なんだお前らァ!! かかってこいって言ってんだよ、はよかかって来いやァ!!」


 もう臨戦態勢ばっちりの女エルフ。


 来ないのならこちらからいくぞ。

 そんな自分から食ってかかる感じに、女エルフが歩みだそうとしたところを、女修道士シスターが後ろから羽交い絞めにしてとめた。


 どうどうまずは落ち着いて、と、頭に血が上っている女エルフをなだめつつ、後ろに下げる。それと入れ替わりに、男戦士が黒服たちの前へと歩み出た。


「急に殴ったのはこちらにも非がある、そこについては謝ろう。しかし、ここの大浴場は宿泊客の共有物のはずだ。貴殿らに占有されるいわれはない――俺の仲間が言っていることは間違っていないと思うが、いかがか」


「むぅ、それは――」


「だぞだぞ!! その通りなんだぞ!!」


「旅客である私たちも、対等にそこに入る権利があるはずです!!」


 男戦士たちの主張は至極まっとうであった。

 

 しかし、黒服たちはざわざわと擬音を発するばかりで何もして来ようとはしない。

 どうやら、女エルフの見せた力に、すっかりと怖気づいてしまった様子である。


「どうする、あのエルフ、強いぞ」


「代わりに出てきた男も、相当な使い手だと見た」


「ヤミさまだ。ヤミさまをお呼びするのだ」


「ヤミさまの大法力だいほうりきなら、きっとどうにかしてくれる」


 ヤミさま、ヤミさま、と、黒服たちが声を上げる。

 それは彼らが封鎖していた浴場の方――赤いのれんが揺れている、女湯に向かってなげかけられていた。


 どうやらヤミというのは女性らしい。


 はて、と、首をかしげたのは女修道士だ。


大法力だいほうりきのヤミ。どこかで名前を聞いたような」


「知っているのか、シコりん!!」


 男戦士の問いかけに、はっと女修道士が目が覚めたような顔をした。


「――思い出しました!! そう、大法力だいほうりきのヤミ!! 教会が奇跡認定をした、聖人です!! その法力により、どんなものでも曲げてしまうという、すごい力を持った人物ですよ!!」


 いつものパターンなら、しょうもないエロ知識が飛び出してくる。

 なのに、まともな回答が返ってきたことに――驚く男戦士一同。

 聞いておいてなんだが逆にパーティは困惑した。


「あれ? みなさんどうしました?」


「いや、あんたもたまにはまともなことを言うんだなって」


「だぞ」


「なんですかそれは!! まるで人のことを、口を開けば淫靡な言葉しか出てこない、変態みたい言わないでください!!」


 そこまでは言ってないがな。

 と、女エルフたちは思ったが――実際近いことは思っている訳で。

 女修道士をフォローの言葉はそれ以上でてこなかった。


 こほん、と、咳払いして、女修道士が続ける。

 

「とにかく、彼女はその大法力の奇跡により、多くの信者を抱えていると聞きます」


「すると、こいつらがその信者ってわけ?」


 厄介な奴らに喧嘩をふっかけてしまったのではないか。

 興奮冷めやらぬ女エルフをよそに、男戦士は冷静に状況を分析して苦い顔をした。


 宗教だとかアイドル、あるいはカリスマ性や実績のある冒険。

 その手の輩に関わるのは――というより、その手の取り巻きに関わるのは面倒だ。なにせ彼らは、盲目的にその対象を崇拝しており、何をしでかすか分かったものではなないのだから。


 ここは面子を潰すことにはなるが、あえて退くのも一つの手か。

 そう思った時である。


「――なんじゃ、騒がしいのう。風呂上がりの、ふりゅーつぎゅーにゅーくらい、ゆっくりと飲ませぬか」


 暖簾の奥から女の声がした。

 いや、の。


「ヤミさま!!」


 大音声を受けて、赤いのれんをくぐって表れたのは――予想外、小柄な少女。

 金色のふわふわとした髪を肩くらいまで伸ばし、碧眼をらんらんと輝かせたかわいらしい少女であった。


 ワンコ教授と同じく、子供用のユカータを着ていることから――年齢についてはご察しである。


 あれが聖人ですか、と、女修道士に疑念の目が向けられる。


 聖人認定に年齢は特に関係ありませんから、と、弁解する女修道士。

 しかし、それを言いながら、その目は少し泳いでいた。


「ヤミさま!! お聞きください、ヤミさまの至福の入浴タイムを邪魔する不届き者が現れまして!!」


「仲間の一人がやられました!! あの――後ろに隠れているあのエルフが、何もしていない彼を、いきなり魔法で吹き飛ばしたのです!!」


「――なんじゃと?」


 ぎろり、と、金髪少女の視線が男戦士たちに向かう。

 その大法力の力の一端は垣間見ていないが、さすがにこれだけの大人数の男たちを率いているだけはある。その眼からは、妙なカリスマ性のようなものが感じられた。


 年端もいかない少女に、ひと睨みされただけだというのに、男戦士たちの肩がおもわずすくんだ。

 喧嘩を買った、女エルフも、だ。


 この少女、只者ではない。


 手にしていて牛乳瓶を黒服の男に渡す。

 ほかほかと湯気たつ体のまま、ヤミは男戦士のほうへと近づいた。


わらわの大切な部下に、ひどいことをしてくれたようだのう。わらわが聖人と知っての狼藉かえ?」


「――もとはといえば、君が公共の大浴場を、勝手に貸し切りにしていたのがことの発端だろう。たしかに乱暴なところがあったことについては認める。だが、非はそちらにあるのではないか?」


「くくく、言うではないか。しかし、わらわの大法力を見ても、そんな大口が叩けるかのう――」


 ぎろりと怪しくその碧眼が輝いた。

 これはまずい、と、丸腰でこの場に来たことを男戦士が後悔した――その時。


 金髪少女は、ユカータに包まれた、その薄い胸もとに手を入れると、ひょいと中から銀色の物体を取り出した。


 そう、それは、冒険者なら知っている――というより、冒険者でなくても誰でも知っている、アイテム。


 スプーンであった。


「くふふふっ、わらわの大法力の恐ろしさ、とくとみて戦慄するがよい!!」


「なっ、まさか!!」


「――ぐ、ぐぬぬぬ、ぐぬぬぬ、ぐぬぬぬあぁあぁあぁ!!」


 親指を、そっとスプーンの付け根の部分にあてて、唸る金髪少女。

 ぷるりぷるりと震えるスプーン。


 やがて――その先端がちょこっとだけ、ほんの数ミリ程度曲がった――ような気がした。と、共に、ヤミのうめき声が止まる。


「見たか!! これがわらわの大法力じゃ!! すごいであろう!!」


 沈黙が、場を支配する。

 その沈黙の名――正体を、男戦士たちは示し合わせるまでもなく、共有した。


 スプーン曲げじゃないか。


 男戦士、女エルフ、女修道士、そして、この手のことでピュアピュアな性格から騙されやすいワンコ教授さえも、金髪少女が示してみせたを前に、死んだ魚の目をしていた。


 こんな、古典的で使い古された単純なマジック。

 というより、誰がどう見てもいんちきとわかる、強引な力技を見せられて、どうしろというのだろう。


 絶句。


 絶句であった。


「くはははっ!! どうじゃ、わらわの力の恐ろしさに、声の一つも出ぬか!!」


「さすがですヤミさま!!」


「お見事ですヤミさま!!」


「湯上りの姿にちょっと勃ってた私のそれも曲がりましたヤミさま!!」


 そして、そんな考えうる限りの最低の奇跡を称賛しまくる取り巻き立ち。

 なんとなく、彼らがどういう集団なのか、男戦士たちは察した気がした。


 関わり合いになるべきではない。


「もうちょっとしてから出直そう」


「「「そうしましょう」」」


 そう言って、感情のない瞳のまま四人が踵を返す。

 しかし、それを金髪少女は許さなかった。


「待つがよい!! お主ら、見かけぬ顔だな!! さては、このバビブの塔の頂上に眠る、宝を求めてやって来た冒険者であろう!! 違うか!!」


【男戦士たちは逃げ出した。しかし、気づかれた】


 戦闘妖精のせつないアナウンスが男戦士たちの耳に木霊した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る