第三章 〇んごくし~軍神ミッテル伝説~

第218話 どエルフさんと高級宿

【前回のあらすじ】


 北の大エルフの魔法により、軍神ミッテルを祀るショーク国はバビブの塔へと飛ばされた男戦士たち。


 天を衝く青い巨塔と、その下にできあがったにぎやかな街を眺めながら、ダンジョン攻略を前にして英気を養うべく、今日は贅沢をするぞと彼らは声をあげた。


 一方、そんなバビブの塔を目指して進む、もう二つの影があった。

 男戦士たちと同じく、バビブの塔の十階を攻略せんとする彼ら。

 はたしてその目的とは――。


 ところで、さすがにこれ、わかりますよね?


◇ ◇ ◇ ◇


「ようこそ、高級旅館『あばれ天堂』へ」


「「「ようこそぉ!!」」」


 一番高い宿を教えてくれと、街の住人に尋ねた男戦士たち。

 すると、バビブの塔の入り口にほど近い、異国情緒あふれる宿を紹介された。

 塔とは対照的に朱色の柱やら、碧色の鮮やかな衝立やらがおかれたそこは、まさしく高級宿――いや、高級旅館だった。


 宿といったら、狭い部屋にすし詰め。

 ベッドがあればまだいい方。

 とまぁ、そんな経験しかない男戦士たちだ。


 もちろん彼らは観光目的ではない冒険者。なので、財布の中身と相談すれば、安宿に泊まるのは仕方のないことなのだが――その普段とのあまりの落差に、少しの間ではあったが言葉を失った。


「まさかダンジョンのすぐ下に、こんな高級宿があるなんて」


「だぞ」


「すごいですね。おもてなしもそうですが、内装も」


「うむ。俺もちょっと、入ったことを後悔している――」


 財布の中身が心配になった男戦士。

 背嚢の中から財布を取り出そうとしたが、大丈夫よ、と、女エルフがそれを制した。いざとなったら、自分のへそくりがあるから、そう言って男戦士を安心させようとした彼女だったが――いかんせん、その声はがっちがっちに震えていた。


 極寒の地の寒さがまだ抜けきっていないのかもしれないな。

 そんなことを思う冒険者たちをほほほと笑い飛ばして、宿を取り仕切っていると思しき女が口元を隠して笑った。


「そんな緊張されなくても大丈夫ですよ。最近、宿の改修をしてこんな風になっただけで、そこまでお高い宿ではございませんから」


「――本当かい? あとで、ぼったくり酒場みたいに、桁が一つ違う請求がきたり」


「やめましょうティト。そんなの気にしてたら、養う英気も養えないわ」


「そうなんだぞ」


「そうですよティトさん。私もへそくりありますし。まぁ、持ち寄れば、きっとなんとかなるでしょう」


 そうだよな、うん、そうだな、と、歯切れ悪く言う男戦士。


 貧乏冒険者根性、ここに極まれり。

 そんな彼をまた笑って、店の女将はささどうぞと、彼らを店の中へと引きいれた。


「あの、できれば一番安い部屋で」


「大丈夫ですよ。うちはどの部屋も、最上級の部屋ですから」


 全然大丈夫じゃない。

 逃げ出そうとする男戦士の手をがっちりと握りしめたのは女将だ。

 ここまで来ておいて、泊まらず帰るというのは、さすがにないだろう。能面のような笑顔の中にそんな感情が見て取れた。


 戦場にあっては、誰にも気後れしない男戦士が、冷や汗を流して硬直する。

 こうして、有無を言わさぬ迫力で男戦士を引っ張ると、女将は彼らを宿の部屋へと案内したのだった。


◇ ◇ ◇ ◇


「だぞっ!! これは東方の島国の伝統的な家具、タターミなんだぞ!!」


 部屋に通されて開口一番、叫んだのはワンコ教授である。


 タターミ。

 い草を編んで作られたそれは、彼女が説明した通り、東方の島国で使われている伝統的な家具で、カーペットの代わりに使われているものだ。

 柔らかく、尻の下に敷くにはほどよい弾力を持ったそれは、一度でもその座りごこちを知ると、それでなくてはダメにしてしまうと、大陸には伝わっている。


 交易品としてもなかなか値の張るインテリアだ。

 タターミどころか、カーペットが敷かれた宿にも泊まったことのない男戦士が、また、青い顔をした。


「ここからは靴と鎧は脱いであがってくださいな。それと、宿の中での移動には別に用意した着替えと、そこのサンダルをお使いください」


「待ってくれ、やはり、今からでも違う宿に――!!」


「部屋にお風呂もありますけど、せっかくですから大浴場に入ってみてください。ダンジョンから排出される温泉をかけ流しで使った、自慢の露天風呂ですのよ。旅の疲れによく効くって、評判いいんです」


 それでは、と、男戦士たちを部屋に残して女将は去っていった。

 いよいよ顔から赤みすらなくなった男戦士の横で、女エルフが溜息を吐く。


「高級宿に泊まろうっていいだしたのはあんたじゃないのよ。なのに、今更なにをそんなにあわてふためいてるのよ」


「そうですよティトさん。男らしくないですよ。男なら、自分の言ったことはちゃんとやりとげないと」


「だぞ。そうなんだぞティト。そもそも、タターミの上で寝られるなんて、なかなか経験できることではないんだぞ」


「いや、しかし」


「――おぉっ!? これは、もしかして、東方の伝統的な衣服ユカータでは!?」


「え? どれどれ?」


「なんとまぁ、ざっくりと胸の前がはだけて――」


 男戦士と違って、もはや完全に女エルフたちは居直っていた。


 言い出しっぺだけに、後ろめたさがあるのだろうか。

 それとも単純に貧乏症が酷すぎるのか。


 いやしかし、と、それでもままだ納得のいかない調子の男戦士。

 そんな彼を放っておいて、女エルフたちは、女将にいわれた通り装備を脱ぐと、引き戸を閉めてユカータに着替え始めた。


「あら、これ、なかなか涼しくていいわね」


「私はちょっと胸元がきつくて」


「だぞ、僕にはちょっと丈が長すぎるんだぞ。女将さんに言って、ちょうど良いサイズのを持ってきてもらうんだぞ」


「――みんな、なんでそんな簡単に順応できるんだ!!」


 きゃっきゃうふふと聞こえてくる戸の向こうの声。

 女性陣が着替えている手前、部屋に入ることもできず。

 かと言って宿から逃げ出すこともできず。


 男戦士はうなだれて、その場にうずくまった。


 目の前、縦に板が張られている窓。

 そこから、砂漠には不釣り合いな、苔むした見事な庭が見える。

 どこかうら寂しいそんな庭先を眺めながら、男戦士はどこか遠い目をして、肩を落とすののであった。


◇ ◇ ◇ ◇


「だぞ。サイズが合うのがお子様サイズしかないなんて、屈辱なんだぞ。SSSサイズを用意しておくべきなんだぞ」


「まぁまぁ、怒ってもしかたないじゃないですか」


「そうよそうよ。それより、早く温泉行きましょう」


「――ハァ」


「だからぁ、お金のことは後で考えましょうって言ったじゃないのよ!! せっかくの旅館なんだから、楽しまないと損でしょう!!」


 浴衣に着替えた男戦士たち一行。

 向かうは女将から勧められた大浴場である。


 ダンジョンから排出される温泉というのが、なんとも得体のしれない感じもする。

 だが、今を楽しむと腹をくくった女エルフたちには関係ない。


 未だにうじうじとしている男戦士を引っ張って歩くことしばらく。

 天井から吊り下げてある看板を頼りに、たどりついたそこは、赤絨毯がしきつめらられている、ちょっとした広間になっていた。


 だが――。


「なんでしょうか、あの人だかりは」


「だぞ。屈強な男たちがいっぱいなんだぞ」


「しかも浴衣じゃなくって黒い服着てるし。なにあれ、こんなところでダンスパーティでもしようっての? 勘弁してよね、浴場の前じゃないのよ」


 文句を言いつつ、臆することもなく、屈強な黒服の一団に近づく男戦士たち。

 そんな彼らを、広間に散会していた男の一人が見とがめるや、すかさず駆け寄りその足を止めた。


 黒い眼鏡をかけたそいつは、その奥に鋭い眼光を光らせて男戦士たちを睨む。


「控えよ。今はヤミさまが入浴中であらせられる」


「ヤミさま?」


 はて、と、首をかしげる男戦士たち。

 そんな彼らに問答無用という感じで、黒服の男が踏み込んで迫ってきた。


 さっさと出て行けと言わんばかりのその対応が――。


「なんだァお前?」


 エルフ娘の勘に障ったらしい。


 すぐさま、彼女は打撃魔法で男を吹き飛ばす。

 黒服男たちの海の中へと弾き飛ばせば、ナイスショット。ストライク。

 ばたりばたりと、彼らの何人かが倒れた。


 その唐突なキレっぷりに、男戦士から女修道士シスターまでもが蒼い顔をする。


「人が大浴場を楽しみにして来てみれば、貸し切り中だから入るなだァ。ふざけたこと言ってんじゃねえぞ、ここはてめえのうちじゃねえ、旅館だろうがァ」


「も、モーラさん、落ち着いて」


「いいかよく聞けヒューマンのひよっこども!! エルフには、決して譲れぬものが三つある!! 森の平和と、精霊の安寧、そして――風呂に入りたいと思ったときに入る権利だ!! オメーらはエルフの矜持に今触れた!!」


 いつになくぶちギレるモーラさん。

 どうやら、淫乱ピンクの熊モードで、相当おたまりだったようです。


 今回ばかりは男戦士、そして女修道士シスターも、流石だなどエルフさん、さすがだという声が少しばかり小さかった。


「おらぁっ!! 文句があるならかかってこいや!! 全員まとめてふっとばしてやらァッ!!」

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