第202話 どエルフさんと沈まぬ太陽

 男戦士たちが目指す【北限の谷】とは、人類未踏の地として知られている秘境である。地平線の果てまで谷が続き、その先に海も大陸もなにも見えない大空洞だ。

 ここより先に進んだ人類がいないことから、世界の果てとも言われており、そこまでの道程が氷河や永久凍土により過酷を極めていることもあって、その谷の全容は未だに解明されていない。


 過去に何度か、各国から探検団が送り込まれたことがあるが、そのことごとくが、谷に到着する前に帰って来たという。


 ただ唯一の例外として、【救世の大英雄スコティ】とそのパーティが、北限の谷へと向かいその谷の底にて、隠棲する北の大エルフと会見したという。


「その外にも、北の大陸の街などで、北の大エルフと遭遇したという逸話はあるが。まずはここを目指すのが一番確実だろう」


「けど、人類未踏の地なんでしょう」


「救世の大英雄スコティの話も、かれこれ二百年も前の話ですからね」


「だぞ!! けど、ここであきらめたら駄目なんだぞ!! ちっちゃなエルフの女の子たちのためにも、頑張るんだぞ!!」


 女エルフと女修道士シスターが忌憚ない不安を述べる中、一人意気込むワンコ教授。

 当然、それは彼女の大学の博士という立場――そこから来る知的好奇心によるものである。人類未踏の地の探索など、血が騒がない訳がない。


「だぞ!! 北限の谷の底には、超古代文明の遺跡があるとも言われているんだぞ!! 文明の遺物を持ち帰れば人類の歴史を紐解く新たな材料に――」


「はいはい興奮しないのケティ」


「これが興奮せずにいられるかなんだぞ!!」


 流石は犬の特徴を持つ狗族の娘である。雪降るこの地で、テンションは振り切れんばかりというところだろう。そんな彼女にあきれた顔をしつつも、女エルフはこの通り、熊の着ぐるみ状態である。当然、そんなあきれが伝わるわけもない。


 ふんすふんすと鼻を鳴らして先へと進もうとするワンコ教授。

 その時、びゅうと一つ冷たい風が大地に吹き付けた。


 風に煽られて、大地に降り注いでまだ間もない新雪が、はらりはらりと飛び散る。全身をピンク色の着ぐるみで包んでいいる女エルフ、そこそこの重装備な男戦士、そして保温性に優れたインナーを着ている女修道士。しかし、それだけの重装備をしていても、吹き付けるその冷風に、ぞくりと体を震わせた。


 まだ、港町を出て一日も経っていないのにこれである。

 はたしてこの先の旅、どうなることやらと、三人は視線を交わす。


 そんな彼らの横で、早く行くんだぞ、と、ワンコ教授は、いつもの黒インナーの上から白衣という姿で手を振っていた。先ほどの風など、まったくどうでもないという風である。


「獣人というのはすごいな。まさかケティにこんな特技があったとは」


「特技と言っていいのかわからないけれど、すごいわよね」


「あれなら一人でこの雪原を超えてしまいそうですね。いっそ、ケティさんに一人で頑張ってもらいましょうか」


「聖職者がなに非人道的なことを言ってるのよ」


 ぽかりと女修道士の頭を叩く女エルフ。


 姿は熊だがやりとりはいつものものである。

 二人のしょうもないじゃれあいに、あっはっはと、寒空の下に笑いが満ちた。


「しかし北限の谷に向かうことになるとはな」


「ここまでの大冒険は初めてよね、ティト」


「あぁ、かつての大英雄が歩んだ道を、いま、自分も歩んでいると思うと、感慨深いものがある」


 大勇者スコティ。

 暗黒大陸より軍勢を率いて攻め寄せてきた、魔神と大魔女ぺぺロペを倒した勇者である。その戦士技能と魔法技能レベルは揃って10だったとも言われ、魔王を倒した後はパーティを解散し、どこともなく消え去ったという。


 人間も、エルフも、その英雄の偉業について知らない者はいない。

 眉唾だが、神との謁見も果たし、魔神を封印するための装備を授かったのだという。


「俺も若いころは、スコティのような立派な男になるのだと思ったのものだよ」


「へぇ、ティトにもそういう憧れの人っているのね」


「当り前さ。そういうモーラさんは、いないのかいそういう人は」


 うぅん、と、唸った女エルフ。

 その表情はまたしてもピンクの熊の着ぐるみで阻まれて読めない。


 私にはいないかな、と、少し申し訳なさそうにつぶやいた彼女。そうかいと男戦士は引き下がったが、どうにもその声色に何かを感じたらしかった。


「さぁ、天気もいいし、今のうちに行けるところまで行っちゃいましょう」


「そんなに心配しなくても、北限の地は日照時間が長いことで有名ですから」


「日も沈まぬ大陸とも呼ばれているな」


「なにそれ、困るわね――」


 はっ、と、女エルフが顔をこわばらせた。

 ここ最近、シリアス展開ばかりですっかりと忘れていたが、そう、男戦士と女修道士が、いつもの突っ込み顔をしていたからだ。


 なんだ、今度は何だ、自分の何がいけなかったんだ。それを自らに問う前に、怒涛の質問ラッシュが飛ぶ。


「夜にならないといったい何が困るというんだモーラさん!!」


「夜でなければできないような、そんなことがあるとでもいうのですかモーラさん!!」


「あぁもう、そっちか、ほんともう――普通に眠れなくって困るでしょうが!!」


「みんなが寝静まった後に、何かしている――そういうことなのか、モーラさん!!」


「暗い所なら堂々とできることだなんて、そんな、まさか、ストーリーエルフ!!」


「誰がストーリーエルフだ!! しないわよそんなこと!!」


 こんな格好、こんな場所でも、この感じ。

 本当にどうしようもないわね、と、女エルフは着ぐるみの中でため息を吐いた。


「くっ、こんな凍り付くほど寒いような場所でも、日課のそれを欠かさないなんて。なんという信念、意志の強さ、そして実行力。流石だなどエルフさん、さすがだ」


「船の上で半裸であんたも似たようなことしてたでしょうがよ」

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